日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第四章 風の通り道 3

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第四章 風の通り道 3

「これだけの計画ならば、阿川も天皇も、それに中国の李首相もみな天国に行けるでしょう」

「天国だと、あいつらは地獄に落ちるだけだろ。それにふさわしい死に方を選んでやらなきゃならんだろ。」

 陳の言葉に、松原隆志が噛み付いた。死ぬという意味で天国と言ったつもりであったが、松原にとっては「死ぬ」だけでは飽き足らず、地獄に落とすまでしなければならないと思っているようであった。ある意味で唯物史観の彼らが死後の世界を信じているというものなかなか面白いものだ。北朝鮮の金日浩や陳文敏は、自分たちの理想とする共産主義とは少し異なるという違和感を感じながらでも、ここが日本であるというような認識をして、その違和感を飲み込んだ。

 特に「死に方」までこだわらなければならないという、日本人の情緒的なところがなんとなく気にしなければならない。何しろ「死に方」を選んでいる間に、助けが来てしまう可能性もあるのだから、その分「討ち漏らす」恐れがあるのだ。共産主義・唯物史観的に考えれば、どんな死に方であろうと、死んでしまえば終わりである。しかし日本人はそのように考えない。その情緒的な所に何か他の感情が入り、そして敵に反撃の隙を与えてしまうのである。それが日本人の最も弱い所であることもよくわかっている。

「いや、松原は甘いよ」

「何だと、大津さん」

「まあいいじゃないですか」

 何か言おうとした金を陳が収めた。大津伊佐治は、古くから左翼活動をしているだけではなく、学生時代に共産主義の理念をしっかり学んでいる。ある意味で、学生運動をしていた時代の「共産党の闘士」は、改革開放をしたのちに中国の共産党員よりもはるかに原始共産主義の理念に精通していた。多くの学生の闘士は、その理念や理想を捨てて、会社に勤め現実の世界に戻されていった。しかし、大津伊佐治をはじめ数人の革命の闘士は、相変わらず革命を目指し、そして共産主義こそ理想であると思い続けていた。そして経済的に発展している日本を「堕落している」と思っていたのである。そして、その大津から見れば、松原のような新しい闘士も、また、資本主義(彼らは資本帝国主義というが)に毒されてしまい、唯物史観などの理念を勉強していないまだ一人前ではない闘士でしかない。

 その「一人前ではない」という部分が、「死に方」を選ぶということで出てきてしまっているのであるのではないかというように思っていたのである。陳や金が許しても大津にとってはあまり許せる話ではなかった。いや、そこが最も大きな問題と思っていたのではないか。

「お父さん止めて。大事の前に、仲間割れするようなことをしても意味ないでしょ」

 大津伊佐治を止められるのは、娘の山崎瞳しかいない。緊迫した空気が、山崎瞳の一言で急に止まった。

「あ、ああ、まあ、そうだな」

 大津の顔から、急激に怒気が抜けていった。やはり、その辺は親バカである。

「ま、まあまあ、そろそろ前祝としましょう」

 ずっと様子を見ていた大沢三郎が、そういうと手を二回たたいた。

「はーい」

 ふすまの外で控えていた芸者が入ってくる。芸者を入れてしまえば、それ以上話は出てこない。そこが大沢の狙いだ。既に作戦の内容は確認されている。その内容を後は実行すればよい。実際に大沢三郎が聞いていても、ほぼ確実な内容であろう。また、現段階でその内容に気付いている者はほとんどいない。そのように考えれば、邪魔はほとんど入らない。不意打ちで物事をしとめることが最も成功率が高いことをよくわかっている。それこそが最大の良さなのである。

 一方で、松原と大津、そして陳や金と言った中国や北朝鮮の対立の芽が存在していることになる。その内容をうまくいった後に、どのように収めてゆくのか、そのことが大沢の頭をよぎった。まさにその後のかじ取りが最も大きなところである。

「さあ、先生、どうぞ」

 そんな大沢の所に芸者が回ってきた。

「おお、君はなんていう名前かな。」

「はい、千代菊です」

「多い良い名だ。」

 ふと大沢は視線を感じだ。大友である。大友は芸者も遠ざけて一人で飲んでいた。そのように考えれば、大友はこの中で実行犯の最も先駆けである。最も大事にしなければならない。初めに爆発を仕掛けるのは松原、その次は大津が仕掛けた後、舞台の上に攻めに行くのが大津である。これ以上は言えない。大沢と陳は、京都市内で待っているだけだ。このほかにも金日浩や近藤正仁などがそれに加わる。

 大沢は、立って大友の所に向かった。

「大友さん、今回はご苦労様です」

「いえ。何かあるときは本当は一人で飲みたいんで」

「そうですか」

「色々考えなければならないところがありますから」

「大友さんくらい、様々な所で実行していてもそうなんですね」

「この前の、福岡の仕事、そこにいる金さんのやったような仕事は、私にはできないが、それでも襲撃には専門があるってもんですよ。組織でやれば、人が多いからほころびが出る。福岡の仕事も、皆さんは事故で処理されたということになっているが、昔、自分の部下であった樋口という元の自衛官が見に来ていた。」

「元自衛官」

 大沢は意外そうな顔をした。そのような報告は全く受けていない。

「ああ、それも俺の反乱をアフリカで食い止めた副官だ。なかなか優秀だし、多分あの現場を見てすぐにテロだと気づいているはずだろう。それにもかかわらず、事故で処理された。何か後ろに大きな力を感じる」

 大友は、少し顔を曇らせた。大沢にしてみれば初めての話だ。青木優子が既に菊池綾子などとこの計画について話をしているが、そのことは大沢の耳には全く伝わっていなかった。青木も菊池も、うまくやっていたし太田寅正がうまく仕切っていたのに違いない。

「大友さん、考えすぎではないでしょうか。その樋口さんというのは、今何をしているのでしょうか。今も自衛隊でしょうか」

「今は自衛隊を体感していると聞いたことがあるが、今何をしているかはよくわからない。政府の犬にはなっていないと思うが、全くその消息は聞かない。まあ、日本を裏切った俺に、そのような話をしてくれる友人もいないがな」

 大友は自嘲的に言った。

「まあ、そんなに気にすることもないと思いますよ。私も国会にいますが、そのような変な動きは全く見えていません。何か情報があれば、行政調査でしっかりと見えてくるはずですが、ほとんど見えてこないのです。福岡の事故も、初めは事故とテロ両面で調べていたようですが、全くテロの可能性を示す証拠がないということで、事故で処理されたみたいですから。そんなに心配することはないと思いますよ。」

「それならいいが」

 大友は、また黙ってしまった。

「大沢さん、大友は一人の方がいいみたいだから、こっちにきて飲まねえか」

 松原は相変わらず言葉遣いがわるかった。

「はいはい」

 大沢は、松原の所に向かった。

 その頃青木優子は、京都の別なところで会合に出ていた。

宇田川源流

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