日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 14

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第三章 月夜の足跡 14

 京都の古代建物研究会の会場に来る人は、全て殺しても構わないというのが、大沢三郎の意思のようだ。さすがに青木優子にはたまらないものであった。

「大沢先生、さすがにすべて殺してしまうというのはいかがなものでしょうか」

「なぜ」

 大沢は、このようなことに疑問を持つこと自体が不思議というような顔で、優子を見た。人を殺す。本当はかなり大きなことである。しかし、今の彼には、夏に蚊取り線香を点けるのが当然というような感じでしかない。

「だって、来るのは普通の人も多いのですよ」

「ああ、そうだね」

「普通の人々を殺すということですか」

 少しヒステリックに、青木優子はいった。

「おねえちゃん、怒った顔もかわいいねえ」

 松原隆志は、いやらしい目で、青木の方を見た。本当に優子にとっては、生理的に受け付けないものでしかない。優子は、その目を振り払うようににらみつけると、大沢の方に視線を戻した。

「ああ、どうせ、天皇の所に集まるような日本人は、我々とは相いれないということでしかないよ。だから、この日は事故が起きるかもしれないということで、我々はわざと東京で後援会やパーティーをやっていればよい。」

「支持者じゃなければ、殺してもいいということでしょうか」

「そうはいっていない。巻き込まれたら気の毒だとは思うが、そこは仕方がないということじゃないのかな。だって、陳さんの話を聞けば、中国の代表も来るということだ。つまり、その中国の代表も、巻き込まれてしまう。そんな事故を起こした阿川首相と、そんな国にした天皇の責任じゃないのかな」

 要するに、自分の支持者たちは、東京でパーティーをやるから、巻き込まれるはずがない。自分が殺しを仕掛けているのに、そのことはおくびにも出さず、その責任は政府と天皇にあるということなのだ。そのうえ、中国の要人も同じ場所で殺し、政治的な問題にさせるという。

 優子にはさすがについて行ける話ではない。何か言おうと、口が半分開いたが、その無力さを感じて、その半分開いた口からため息が漏れた。

「何をため息ついているんだ。これで民自党の支持者が減れば、当然に我々の仲間が多く当選できるようになり、我々の夢の実現が近くなるじゃないか。青木君も、我々の理想の日本にすることを望んでいたではないか。違うのかね」

「でも、多くの人が死ぬのですよ」

「大きな目標のためには、多少の犠牲は必要なんだよ。それも、その目標が大きければ大きいほど、犠牲というのは大きくなってくる。日本も軍隊を無くし、世界平和に寄与するということを決め、平和憲法を推戴する様になったのは、太平洋戦争で多くの犠牲を払ったからに他ならない。では、あの犠牲が無くて、君は日本が今のように軍を持たないで70年以上平和を維持できる世界の理想の国家になったと思っているのかね」

 大沢三郎は、理屈のような、全く理屈になっていないような、そんなことを言った。

 しかし、この言い回しは、大沢が何かを説得し、そしてその相手に何かを犠牲にしたり、何かを捨てさせる時の常套句でもある。既に青木優子は何度もそのことを聞いていた。そういえば、大沢三郎に初めて抱かれたときも、同じことを言われたような気がする。ないか遠い昔の事であったかのような気もするが、なぜか、今になって考えれば、大沢に抱かれたことそのものが自分の恥ずかしい黒歴史であるかのような気がするようになっていた。自分の心が大沢から離れている証拠でもある。

「青木先生は、中国人の犠牲についてもそのように思うのですか」

 陳文敏が、いきなり口を挟んできた。

「中国の方ですか」

「はい、中国の人も、また、今回この会の主催者も犠牲になる可能性が少なくありません」

 そういえば、そうだ。古代京都環境研究会発起委員会の石田清教授をはじめ、山崎瞳や徐虎光、吉川学などの、陳文敏に好意的に働いている大学教授ですら、皆犠牲になるのである。狙撃であるならば、一人一人狙うということになるが、爆破するということになれば、舞台の上にいる人が全て犠牲になる可能性もあるのだ。そのうえ中国人の要人だけではなく、その警備や随行の人々、中国の大学の教授なども、すべて犠牲になる。

「それだけ多くの犠牲が見込まれています」

「そんなに殺して、罪悪感はないのですか」

「死ぬとは限ってないよ、ねえちゃん」

 松原が、なれなれしく青木の肩に手をまわした。そのまま手が胸の方に降りてくるのを、青木は、右手で振り払った。

「松原さんは女心がわかって無いねえ」

「そうかなあ」

 陳文敏は、笑う。

「松原さん、工事の方は順調なのかな」

 大沢が、いつまでも青木の相手はしていられないと、急に話を元に戻した。

「金日浩のグループが多く、工事業者の中に入っているからね」

「おお、福岡の地下鉄の」

 陳文敏は、感動したように言った。工事作業員に紛れて爆弾などを仕掛けるプロだ。そこまで説明がなくても青木優子は当然にそのことがわかっていた。つまり、福岡の地下鉄爆破事件、世間では事故になっているが、その爆破を請け負った人々が京都の仕掛けを行うということのようなのだ。

「それに、こっちからも、爆弾屋がたくさん言っているから。何しろ、陳さんから京都銃を全て爆破できそうなくらいの爆弾を預かったら、ちゃんと使わないとね」

 既にトン単位の爆弾が松原の所に行っている。それが全て使われるという分けで会ないだろう。しかし、建物すべてが粉々になるということは容易に想像がつく。

「いやいや、そこまで確実にやってもらえなければ意味がないのですよ」

「まあ、周辺の奴もみな死んでしまうかもしれないがな」

「山が無くなっていいのではないか」

「それどころか、大きな穴が開くよ」

 この男たちは、そんな馬鹿話をしている。青木優子は、そっと携帯電話を切った。

 携帯電話の向こうには、岩田智也が聞いてた。本来であれば菊池綾子に繋いでおくというのが良いのかもしれない。しかし、青木優子は、そのように直接的に菊池綾子に繋がっている姿を大沢三郎にばれてしまうことは避けなければならないとも考えていた。そこで、今回の打ち合わせの内容を岩田智也に利かせ、その岩田が大騒ぎすることを期待したのである。菊池綾子には、他の機会にしっかりと言えばよい。爆弾も明日ではない。岩田に聞かれていると思えばこそ、しっかりと反論し、なおかつ大沢の本音を出させる必要があったのだ。

 そして、この手段は菊池綾子が教えたものであった。そして、青木優子は、誘われるままに松原について店を出た。そうすることで、相手の警戒心を解くのである。必要なことであることは間違いがない。大事をなすためには犠牲が必要という大沢の言葉の通りなのである。

「どうすればよいんだ」

 岩田智也は、議員宿舎で青木優子の決死の情報電話を録音したものの、これをどのようにすればよいか全く見当がつかなかった。まさか、自分が信奉していた大沢三郎が中国人や極左暴力集団と組んで、日本国民の多くを巻き込んでの天皇陛下の殺害計画を立てているとは思わなかった。それも、中国の要人も一緒に始末して、現在の中国の派閥争いを解消し、そして日中間の政治問題を作り出すということなのだ。そんなことが許されてよいはずがない。

 しかし、岩田には何をしたらよいか全くわからない。マスコミに持ち込んだところで、「冗談」と思われてしまい、保守系の人々が大騒ぎするだけで、後は何も起きないことが考えられる。そもそも大沢が、自分の声とは認めない可能性があるのだ。そのうえ、情報が出れば青木優子が良くない立場に追い込まれてしまう。

「ああ」

 岩田は、取り敢えず録音をしたUSBメモリを複製した。

宇田川源流

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