日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第二章 日の陰り 13

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第二章 日の陰り 13


「あの今田陽子はなにか、わかっているのではないかしら」

 京都市内でも駅の近く、しかしあまり人が寄り付かない八条の辺りにあるバー「紅花」に山崎瞳が飲みに来ていた。

「わかっている所ではないぞ。まあ、うまくいまだに近付いたものだ。そこは誉めてやろう」

 中でも年長であろうと思われる白髪の男が、山崎瞳に対してかなり偉そうに言った。しかし、山崎瞳は全く不快そうな顔はせずに、誉められてうれしいというような表情で、そこにあるウイスキーを口に運んだ。

「それにしてもお嬢は良くやりますね」

 若い方の男が、少しおだてるように言った

「ああ、この風体で、普段はあまり目立たないからな。中に入り込むのはなかなかうまいし、また大学に入ってくれたから、国の情報を取ってくることも非常にうまい。まあ、我々が入り込むのに大学というのは学問の自由とか言論の自由とか訳の分からない自由で、アホな政府が守ってくれるからやりやすいよ」

 年長の男は、山崎瞳が誉められることに満足をしているような感じである。それでも山崎はそれが全て「当然」であるかのような感じで黙って酒を飲んでいる。

「ところで今田は天皇を連れてきそうなのか」

 この質問にも、山崎は黙って頷くだけだ。しかし、それだけでしっかりと意思の疎通ができているということになる。

「大津さん、東京の松原さんが花火打ち上げ多様にこっちもやるべきじゃないですか」

 若い男がそのようなことを言う。

 バーテンダーをやっている「紅花」のオーナー金日浩は、グラスを磨いていた手を止めて三人の方を見た。

 金日浩、日本名は岩村浩一という在日北朝鮮人2世である。京都における過激派のたまり場になっているだけではなく、在日北朝鮮人の団体の幹部でもある金日浩の所であるので、様々な危ない話がここに持ち込まれる。当然に金日浩は、東京で起きた皇居前の爆破事件が松原隆志が仕掛けたことであることも聞いている。

「花火はいいですね。京都も盛り上がらないと」

 金日浩は、目の前にいる三人の客をんアニカを確認するように見たのちに、独り言のようにそういった。いつの間にかグラスを磨く手が動き始めている。そして男も、そして山崎瞳も、そんなマスターを見て全く何も感じ何か、表情を一つ変えるわけでもない。

「マスター、もう一杯くれるか」

 しばらく沈黙が続いた後、年長の男がグラスを差し出した。

「はい」

 マスターはそのグラスを受け取ると、後ろから新しいグラスを取り出し、そして水割りをもう一杯作った。特に何の仕掛けもない。山崎瞳も、それにならって何も言わずにグラスを差し出sと、マスターはまるで巻き戻して同じ映像を見るかのように、全く同じ動きを繰り返した。

「次に、何か要人がくるのは誰だ」

「しばらく京都には要人が来ません」

「仕方ない、地元の議員でもやるか」

 若い男の答えに、苦虫を?み潰したような表情で、年長の男は吐き捨てるように言った。

「やめなよ、お父さん」

 山崎瞳が、あまり強い口調ではないが、それでもすべての動きを制するような言葉で言った。その言葉には何か力があった。

 「お父さん」という言葉でわかるように、この年長の男は大津伊佐治である。松原隆志が日本紅旗革命団の代表といわれる存在であれば、この大津勲治はそれより古参の極左集団のトップであった。

 大津は、学生時代に左翼思想にかぶれ、左翼運動を行いながら大学を中退し、そのまま左翼活動に身を投じている「闘士」である。学生運動というのは、ある意味で、若い力があるから成立している。世の中の不満や自分が生きている内容と、現実の乖離が純粋な学生にとっては許せないということがあるのかもしれない。そして「あるべき姿」という、学生の経験において存在する理想論に身を投じ、現実的な妥協を許さないことによって起きることが多い。実際に、学生運動に身を投じながらも、現実社会に入って、左翼思想を捨てて、社会を構成している人は少なくない。思想をすべて捨てるわけではなく、徐々に自分が妥協してゆくというような感じになり「休日左翼運動参加者」に落ちてしまうということになるのではないか。

 しかし、人間である以上「理想と現実のはざま」というのは、思想の部分ではないところにも出てくる。大体の場合学生運動というのは、性的な関係や恋愛関係などにおいて「現実的妥協」が出てきてしまう。ある意味で「男女関係」がいつの間にか「現実社会への抵抗のはけ口」になってしまうことも少なくなかったのかもしれない。大津伊佐治もそのような中の一人である。運動中に、アジトの中で一人の女性と関係を持ち、そして子供ができた。運動を続けたい女性は、堕胎することを望んだが、大津はそれを許さずに、女性を実家に帰し子供を産ませたのである。

 そのようにして生まれた子供が、山崎瞳である。山崎と大津、というように姓が異なるのは、そのような事情であった。しかし、その山崎の母も思想を捨てたわけではなかったので、子供が育つに応じて、徐々に山崎瞳と大津伊佐治の「親子」関係が復活し、そして、山崎瞳の思想が感化されてゆくに任せていたのだ。

 山崎瞳は、ある意味で「現実社会と学生運動思想のハイブリッド」というような感じになって育った。そして今は、片方で「保守」と言われている石田清教授の弟子として大学に入り込みながら、このように大津などに情報を持ってきているのである。もちろん、今回の若い方の男、大津伊佐治と同じ集団にいて、先日も今田陽子を尾行していた近藤正仁が「お嬢」と呼んだのは、大津のお嬢様という意味に他ならない。

「なぜ花火を上げてはいけないんだ」

「お父さん、あのね、これから天皇を呼んで殺すんでしょ。それならば今何かして警戒させるようなことをしてはだめなのよ。もしやるんなら、他の候補地でテロを起こして、安全なのは京都しかない、京都ならば安心して天皇を呼ぶことができるというようにしなきゃダメでしょ。お父さんたちって、以外と頭がいいなあと思うときもあるけど、何か行動を起こすときって、本当に単純で、全く計画性もないし、相手の気持ちも読まないで動くから困るのよ。こっちが何のために猫の皮被って入り込んでると思っているの。変なことはしないでちょうだい」

 大津伊佐治は、少し驚いたような表情をしながら、なんとなく満足そうな顔をした。

「まあ、瞳がそう言うならば、福岡辺りでテロをやろうか」

「何で福岡よ」

「古代の中国からの文化の流入は、大宰府を通って京都に入る。つまり、街並みは京都の方が残っているが文化ということになれば、福岡だろう。それならば、政府の阿保どもが、福岡も候補地などといわないように、福岡を破壊しておくことが必要だろう」

 山崎瞳は、何も言わずに頷いた。何か声を出すのではなく、頷くだけで意思の疎通ができているのがこの親子なのであろう。

「その福岡の件、うちで引き受けましょうか」

 金日浩が、バーカウンターの向こう側から声を変えた。

「金さん、あんたの方が地の利があるか」

「はい、あの辺は半島人が多くいますから」

「南が多いのではないのですか」

「いや、半島には南も北もありませんから」

 金日浩はそういうとにっこり笑った・

宇田川源流

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