「宇田川源流」【大河ドラマ 鎌倉殿の13人】 源平合戦のクライマックス壇ノ浦が織りなす人の心の歪を書いた名作
「宇田川源流」【大河ドラマ 鎌倉殿の13人】 源平合戦のクライマックス壇ノ浦が織りなす人の心の歪を書いた名作
毎週水曜日は大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にについて好きなことをお話しさせていただいている。先週は、ゴールデンウィークということで一回親染みしてしまい、源義高の死について十分に書く機会が無くなった。この源義高、木曽義仲の子供で、源頼朝の娘の大姫と許嫁の関係でありながら、木曽義仲の滅亡とともに疑惑の目を向けられ殺されてしまう「悲劇」の人である。もちろん、今となっては本人に頼朝を殺す意思があったかどうかは不明で、ドラマでは殺す意思はなかったというように描かれているが、少なくとも、父を合戦で失い臥薪嘗胆で頑張ってきた頼朝にとって、自分を重ね合わせれば、義高が怖い存在であったということであろう。逆にいえば、源義高は、それだけ優秀な人物であったということであり、場合によっては自分を超える人物であると頼朝には見えたのであろう。
この源義高、実は江戸時代になって大人気となる。特に歌舞伎で「清水冠者」として出てきてからは、様々なところで浮世絵が販売され、出身が信濃であることから、特に江戸から甲州街道にかけての「川魚料理店」において看板として使用されている。基本的には美形な偉丈夫として書かれており、また運命に翻弄される悲劇の人として、さながら現代で言う「新撰組の沖田総司」のような人気を誇っていたようである。
今回ドラマでは市川染五郎さんがその役を見事に演じたが、実に美しい源義高を演じきっていて非常に話題になった。上総広常・木曽義仲と二人がいなくなり、そしてその木曽義仲の息子である源義高の死は、史実であるとはいえ、なかなかドラマの信仰としては衝撃的な内容ではないかったかと思うのである。また、その源義高の死罪を命じられて苦悩しる北条義時そして北条政子というような「人の心を描く」ところは、なかなかの良い脚本ではないかというような気がするのである。
「鎌倉殿の13人」神回更新?「壇ノ浦の戦い」舞台裏 異例の紀行なし&本編丸々45分!大河最大級VFX
俳優の小栗旬(39)が主演を務めるNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(日曜後8・00)は8日、源平合戦の最終決戦「壇ノ浦の戦い」(1185年、元暦2年)が描かれる。前半のクライマックスを迎えるとあり、番組の最後に流れる「紀行」の2分を本編に組み込む異例の措置。大海戦を描くVFX(Visual Effects=視覚効果)も大河最大級の規模となった。第18話「壇ノ浦で舞った男」の舞台裏を探る。
<※以下、ネタバレ有>
稀代の喜劇作家・三谷幸喜氏が脚本を手掛ける大河ドラマ61作目。タイトルの「鎌倉殿」とは、鎌倉幕府将軍のこと。主人公は鎌倉幕府2代執権・北条義時。鎌倉幕府初代将軍・源頼朝にすべてを学び、武士の世を盤石にした男。野心とは無縁だった若者は、いかにして武士の頂点に上り詰めたのか。新都・鎌倉を舞台に、頼朝の13人の家臣団が激しいパワーゲームを繰り広げる。三谷氏は2004年「新選組!」、16年「真田丸」に続く6年ぶり3作目の大河脚本。小栗は8作目にして大河初主演に挑む。
第18話は紀行なし。紀行の2分を本編に回し、放送時間は通常の43分から丸々45分に拡大。制作統括の清水拓哉チーフ・プロデューサー(CP)は「源平合戦のクライマックスをたっぷりお楽しみいただくため」と狙いを語った。
ただ紀行もファンが多いため、取りやめることはなく“予習”として5月2、4、6日と3回にわたって異例の先行オンエア。安徳天皇を祀る赤間神宮(山口県下関市)などを紹介した。先行放送は8日午前8時55分からが最後となる。
第18話は「壇ノ浦で舞った男」。苛烈さを増す源平合戦。必死に抵抗する平宗盛(小泉孝太郎)率いる平家軍に対し、源頼朝(大泉洋)は義経(菅田将暉)を四国、範頼(迫田孝也)を九州に送り、逃げ道をふさぎにかかる。しかし、範頼軍は周防で足止めを食らい、北条義時(小栗)三浦義村(山本耕史)らが状況の打開に奔走。一方の義経軍も、後白河法皇(西田敏行)の命により摂津から動けずにいた。そんな中、梶原景時(中村獅童)の献策を一蹴した義経が…という展開。
昨年のうちに静岡・伊豆ロケも行ったが、大海戦を描くにあたり、CGも使用。VFXチームが総力を結集し、オンエア直前まで作業。清水CPは「例年と比べても、相当な規模のVFXのシークエンスになっています」と映像の迫力に手応えを示した。義経が舟から舟へ飛び移った伝説「八艘飛び」も登場。「やっぱり壇ノ浦の戦いを描く上で不可欠な重要なピース。是非、期待していただければと思います」と呼び掛けた。
菅田については「こちらの心をわしづかみにする『オレを見ろ』というようなお芝居を見事にされる方」と絶賛し「三谷さんの描く義経と菅田さんが本当に素晴らしい出会い方をしたと思います。それは幸運なこと」と感謝。第8話(2月27日)、至近距離から野武士に矢を放つ残忍さと富士の山に寄り道する無邪気さが同居した義経の初登場に「やっぱり三谷さんは凄いことを考えますよね。自分の欲求や衝動に一直線に突き進む推進力を持っているのは、また新しい義経像なんじゃないかなと思います」と驚いた。
第16話(4月24日)に「(義経は)引き絞られた矢が放たれたかのようじゃ」(土肥実平:阿南健治)の台詞があったが「まさにその通り。(壇ノ浦の戦いは)義経がためにためてきたエネルギーが一気に放出されますが、ここまで矢を引き絞ってきた三谷脚本の妙ですよね。同時に、単純に義経が活躍したという物語にはならない描き方になっていると思いますので、そこにも是非、注目していただければ。源平合戦という歴史ロマンに心を揺さぶられたり、やっぱり義経は英雄なんだとしみじみ分かったり、試写で何度も嗚咽しました」という力作に仕上がった。
小栗は菅田と6度目の共演だが、今回は役柄上、菅田の方が年上の設定。「大河じゃないとあり得ない設定だと思うんですけど、初めて菅田の方が僕より年上というのが、まず大きいです。義経を演じている姿を見ると、今まで見てきた自分の中の菅田将暉とは、また違う存在感。本当に底の知れない人。あまり現場で悩んでいるような素振りもないですし、いつどのタイミングでお芝居のことを考えているのかなと思うことは多いですね」と新鮮さと驚きを明かした。
「もともと壇ノ浦の戦いを目標に動いてきた物語なので、これを経た後に一体何が残っているのか、注目して見ていただきたいです。自分たちの目指した平家滅亡が、こういう形で果たして正解だったのか、義時は悩んでいます。初めて義経に対して意見をするような瞬間があって、そこは印象に残っています」
上総広常(佐藤浩市)が非業の死を遂げた第15話「足固めの儀式」(4月17日)、源義高(市川染五郎)の命運が尽きた第17話「助命と宿命」(5月1日)をしのぐ“神回”となるか。
2022年5月8日 5時0分 スポニチアネックス
https://news.livedoor.com/article/detail/22125920/
さて今回は壇ノ浦であった。壇ノ浦の合戦といえば平家の滅亡とともに、さんしゅのじんぎが一度海に沈んだとされる場所だ。実はその散種の神器のうち、草彅のつる具はいまだに見つかっていないとされており、その後新たなものが作られて現在は熱田神宮に奉納されている。実際に、令和になって今上天皇の即位式の時も三種の神器がどうなのかということはかなりいろいろと思うところがあるが、そういうことは言ってはいけないことになっている。
さて、今回の内容は「源平合戦」がメインではなく、その時の北条義時が主人公である。そのように考えれば実際にドラマとしては源義経も平家滅亡も「傍流」でしかない。特に義時そのものが大活躍したわけではないので、そのような大きな現象に対して、北条義時をめぐる多くの人々がどのように心が変わっていったのかということが、最も大きな内容になってくるということになる。
そのように考えるのは、まずは「屋島の合戦」がほとんどナレーションで終わったということである。那須与一などは配役がなく、たぶん栃木の那須与一の里は悲しんでいることであろう。平家が座興で行った扇を吹き飛ばすシーンはなかったのである。そのうえで、壇ノ浦であっても、実際には開始20分で終わってしまった。まあ、源平合戦をメインに見ている人にとっては物足りないところがあったかもしれないが、一応「義経八艘飛び」も「禁じ手の漕ぎ手撃ち」も書かれていたし、また、それよりも圧巻であったのは、三種の神器と安徳天皇の入水シーンは、なかなかすごかった。特に、水中にカメラ多い手の描写は、かなり工夫した映像であり、人の死をあれだけ悲しくなおかつ美しく描いたのは、さすがはNHKというような感じがする。
さて、人間という存在は、「大きな目標」が無くなってしまうと、次に何をすべきかということが無くなってしまう。源義経の「次は何と戦ったらよいのか」というセリフにすべてが詰まっているが、まさに、この時の源氏型がすべて同じ思いであったようであろう。大願成就というのは、その時に次に何をするかが大きな問題になり、また、大願成就のために様々な矛盾に目をつぶっていた事実に対して、目が向けられてしまうということになる。梶原景時を演じる中村獅童さんの演技が秀逸なのは、その時に「自分の居場所」を作り、なおかつ自分の中の嫉妬などをすべてその場に出して大きく物事を動かい下という演技をうまくやっている。表情などを見て、すべてがしっかりと嵌っているというような演技にはさすがに「中村獅童の演技力」をうまく出している。
また、菅田将暉さんも、その梶原景時に妬まれ、なおかつ無邪気に「変人」を演じている。当時たぶん、源義経を殺さなければならない、そして奥州藤原氏とともに滅ぼさなければならないということを考えた武士は少なくないのであろうが、そこへの「無理のない筋書」がきっちりと書かれているのである。
大河ドラマは次の段階に入った。平家がいなくなった鎌倉に何が起きるのか。それこそこれからは「演技力」と「脚本」のすばらしさが見えてくる心の動きを見せてくれるのだろう。
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