日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 17

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第一章 朝焼け 17

 会議を尾張にしても、そのままそこに皆座っていた。その時に、嵯峨朝彦のデスクの上の電話がけたたましく音を立てた。

「誰だ、ここの電話なんて、誰も知らんだろう」

 不機嫌そうに言いながら机の所で受話器を取った。

「ごきげんよう。朝彦、私だ」

「信さん」

 電話の相手は東御堂信仁であった。

「少し体調が悪くてね、そっちに行けていないけど、元気にやっているかな」

「全く女はいないが、それでもいや、ちゃんとやっているよ」

 嵯峨朝彦は近くにあった水割りをぐいと飲みながら言った。

「所で京都の平木から電話があったのだが」

「ほう」

「先日樋口君が、左翼の松原を直撃したらしいじゃないか」

「ああ、そうだが」

 さすがに旧宮家同士の会話である。お互いを殿下というような敬称を使いもせず、普通の会話である。東御堂は、嵯峨に任せたというようなことを言いながらも気になって様々なことを聞いているらしい。それも京都の平木からすべて聞いているという。逆に言えば、東御堂と平木は様々な意味でしっかりといろいろな内容を見ているのではないか。

「松原が下品にも足を揺らして連絡を取っていたとか」

「ああそうだ。平木が気づいてくれたからよかった」

「その時に樋口君の正体がばれていたというんだ」

 東御堂は、ちょっと深刻なような言葉で言った。

「どういう意味だ」

 嵯峨も不満そうだ。

「要するに、元自衛隊の人が来ていて、何か調査に来ている。出てくるなということを言っていたということなんだ」

「あるほど、樋口君が元自衛官であるということを知っている人がいるということだな」

「そうなんですよ」

 東御堂は、なんとなくそんな話をしたのちに、また言葉を繋いだ。かなり体調が悪いのか、あまり言葉が口を突いて出てこないようだ。

「ついでに言うと、荒川君のことはまったく相手がわかっていない。この時に疑うのは、二つ。荒川君が二重スパイということと、樋口君の過去を知っている人が松原の部下にいるということであろう。でも、荒川君が二重スパイならば、わざわざそのことを知らせるような盗聴をする必要はない。つまり、樋口君の過去を知っている人がいるということだ」

「そうなりますな。信仁」

「そこで、西早稲田の防犯カメラを全て調べてもらいたいのだ」

 嵯峨は渋い顔をした。たった今大沢三郎を調べようということを決めたのに、その前に一つ作業が出てきたことになったのだ。しかし、よく考えれば、敵の状態を調べなければならない。

「それだけでなく、盗聴器の会話も聞いてみましょう」

「そうだな」

 東御堂はなんとなく満足そうであった。

「信仁もたまにはきたらどうか」

「今度は京都で一緒にするよ」

 そう言うと東御堂は電話を切った。

「今、樋口さんに見てもらっています」

 すぐに青田は作業にかかっていた。西早稲田一帯の防犯カメラの画像がつながり、通行人の顔認証が始まっていた。それにしても、さすがに過激派といわれれる極左暴力集団にしていつぁれている団体本部の近所である。かなりの数のカメラがあるだけでなく、カメラの性能もよい。あまり認識ソフトを使わなくても、だいたい普通の通行人の顔がわかるようになっている。顔を隠している人であっても、その骨格などは見えるようになっている。

 それにしても、この西早稲田の辺りは、なかなか面白い。松原と関係するような極左集団の人々は、だいたいマスクやサングラスで顔を隠している。逆にそれだから目立つという感じである。それだけ位見分けるのは簡単なのである。

「止めて下さい」

 しかし、その画面を見ていた樋口は、全く顔を隠していない人物の所でカメラを止めた。

「はい」

 青田はすぐに止めた。そのままその人物をアップにしたのである。

「こいつは」

 樋口は絶句している。

「誰だ」

 嵯峨は、ずっとその作業を見ながら、声をかけた。東御堂から言われているだけに、なんとなく気になっているのである。

「いや、信じられない」

 そのように嵯峨が声をかけても、まだ樋口は信じられないという目でその男の顔を見つめるだけであった。

「樋口さん、大友佳彦という人物に覚えはありますか」

 横でヘッドフォンを付けてずっと盗聴音声を聞いていた荒川が声を上げた。

「知っているも何も、元の上官です。」

「上官、つまり大友も自衛官だったということでしょうか」

 荒川は、そのように聞いた。ヘッドフォンで聞いていたので、盗聴の音声がどんな内容かわからないが、しかし、その内容は、樋口が元自衛官であるということを言うのが、あまりにも意外そうであった。

「どういうことだ」

「はい、実は、私が北アフリカの広域国連軍において、PKOに言っていた時の上官です。大友佳彦三佐です。」

「自衛官、それも将校ではないか」

「はい。北アフリカは、その頃広域テロリストのベルモフタールなどが入っていたために、PKOといってもほとんどが戦争状態でした。モフタールと地元の国家の軍隊そしてフランスの外国人部隊の三つ巴の戦いは、我々が感がてえいるような者とは全く異なり、地元の国民たちはテロリストといわれていたベルモフタールの方がピースメーカーといわれ、各国の軍の方が悪役だったのです。まあ、あの辺の国の政治は金持ちのための政治であって、国民からは搾取し化していないから、仕方がないのですが」

 樋口はぽつぽつと話し始めた。嵯峨も、荒川も、青田も、ずっとその話を聞いている。

「それで、PKOの中にも意見が異なってきて、大友三佐は、国民の見方になってベルモフタールを支援するべきというようなことを言い始めたのです。私は軍陣ですので、それが理不尽なものであったとしても上官の命令に従うべきであるというように言ったのですが、大友さん里意見が完全に別れることになったのです。当然に、日本から行っているPKOも意見が二つに分かれてしまったのです。そしてあの日、そう、ベルモフタールの軍がチュニジアの街中でテロ行為を行ったときです。」

「ああ、日本人も犠牲になったあの事件ですね」

 荒川は、昔を思い出したようにスマホで当時のニュースを検索した。

「日本の報道では、どうも、日本人の犠牲者が出た美術館の事件ばかりがクローズアップされたみたいなんですが、実は、町中の美術館よりも、その日本人観光客が多く搭乗していた観光客船の港の方が大きな戦いがあったのです。実際に、ベルモフタールは美術館などに囮の軍を差し向け、そちらで陽動作戦をして、その後本隊を港に差し向けたのです。国軍は、美術館や市内の警備に行ってしまい、外国船ばかりの港には結局我々PKOの警備隊しかいないという事態になり、そこで、戦闘になったのです。」

「なるほど」

「しかし、その中で最も問題であったのは、大友三佐の部隊は我らから分離し、我らPKOの支援に駆け付けたフランス外国人部隊を攻撃し始めたのです」

「大友は、日本や国連を裏切ってテロリストの味方をしたということか」

 荒川は驚いたように声を上げた。

「はい、そうなんです。そして、何と自衛隊同士の戦争が始まったのです」

 そこにいる人々は息をのんだ。そんなことは日本では全く報道されていない。しかし、青田が現地のサイトを検索すると、その内容が出てきていた。しかし、その中にも自衛隊が分離して一部がベルモフタールのテロリストに味方したなどということは書いていないのである。

「それでどうなった」

「はい、大友三佐以下12名は、そのまま除隊となり、別に15名の予備隊がソマリアから入って来ることになりました。ゴラン高原に行くはずであった部隊がこちらに向けられたのです。大友三佐との間には、その後も何度も戦闘があり、ベルモフタールとの間の戦闘で、何人かはフランス外国人部隊に殺されたと聞いています。」

「大友自身は」

「除隊になっているのでその後の内容はよくわからないです。私はその後、経歴通りです。」

「あまり思い出したくないことを。

 嵯峨は、そう言うと、缶酎ハイを樋口に差し出した。

宇田川源流

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