日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 16
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第一章 朝焼け 16
荒川の電話が突然にけたたましい音を立てた。それほど多くない喫茶店の客が一瞬皆荒川の方に目を向けた。平日とはいえ、午後のゆっくりした時間が、切り裂かれたような雰囲気になってしまった。荒川は、少将ばつが悪そうに、電話をもって、店の外に立った。もちろん荷物などはそのままである。
「ああ、荒川さんですか。京都の平木です」
「ああ、ヒラマスさん」
京都のバー「右府」のマスター平木である。ずっと東御堂信仁の情報機関を仕切ってきた男だ。「いや、私の範囲ではないのかもしれませんが、青田さんから送られてきたので、ずっと音声を聞いていたのですが。ああ、いや、しゃれたBGM代わりですがね」
そもそもバーが、昼間からやっているはずはないし、また、焼き鳥屋「赤鳥居」の盗聴音声がしゃれたBGMのはずがない。まあ、ヒラマス特有の言い回しということの方がよいかもしれない。もしかしたら京都の人はそのような性質があるのであろうか。
「はい、それで」
「いや、樋口さんは御無事かと思いまして」
「なぜ」
「あの音声の中の足の音、品の悪い音でしたが、あれはモールス信号でしたね。」
荒川は全く気が付かなかったが、確かにそういわれれば、何か足で伝えているといってもおかしな状況ではない。
「どんなないようでした」
「そんな、まあ、私が聞き取れたのは『監視されているから今は出てくるな。監視している者の正体を暴け』でしたね」
「なるほど」
「荒川さんは樋口さんとは」
「この後会う予定はありませんが」
「なるほど。では、私の方からつけられている可能性があると伝えておきましょう」
そういうと平木はすぐに電話を切った。
「ここも危ないな」
荒川は、そういうと荷物をまとめ、その後喫茶店のトイレを借りた。トイレの中の目立たないコンセントの場所に、器用にねじを外スト、その中の電線を工作し、そのうえで中に盗聴器の電波発信機を仕掛けた。これで、この喫茶店でなくても盗聴を聞くことができる。そのまま荒川はそのまま荷物をまとめて、外に出た。
一方の樋口は、焼き鳥屋赤鳥居を出てから、ずっと自分がつけられていることをわかっていた。東御堂が樋口を選んで情報チームの中に入れた意味がこのあたりでわかる。その時に、電話が鳴った。
「平木です」
「ああ、京都の」
「ちゃんと松原の部下につけられていますか」
まさか、京都にいる平木から、松原の部下に尾行されていることを指摘されるとは思わなかった。もちろん、自分が仕掛けた盗聴器を何らかの方法で聞いていたのであろう。平木ならばあり得ない話ではない。そんなに長い付き合いではないが、しかし、ただバーのマスターをやっているだけではないことは、すぐにわかる。そんな人物だ。
「どうしたらよいですか」
「ネットの検索ですから何とも言えませんが、しかし、もうすこしして右に行くと大通りに出ます。そこにラーメン店がありますから、まずはそのラーメン屋あたりに入っていただけますか。」
「知り合いか何かで」
「まあまあ。そのラーメン屋で餃子とビール位を頼んでおいてください」
平木はそういうとまた電話を切った。
樋口は何のことかわからず、そのまま話の通りに中華料理店に入った。店内のテーブルが赤い、昔ながらの町中華である。
「とりあえず餃子とビール」
樋口はそういうと、一番奥の席に座った。すぐにビールが運ばれてきた。ビール瓶にコップが一つ。かなり乱暴におかれたために、瓶のなかで少し泡が立っている。そのビールをコップに入れていると、入り口に二人の男が入ってきた。
「オヤジ、ビール二本とザーサイ」
先ほどから尾行してきた男二人だ。樋口は、スマホを見た。そこには平木からのSNSが入っている。
「外にも二人いるようです。ずいぶんと警戒されましたね。しばらくそこにいてください」
樋口は何事もなかったかのようにビールを飲んでいた。
「おい、お前ら」
そこに私服警官と思われる二人が入ってきて、内ポケットから警察手帳を出した。
「なんだ」
「少し話を聞かせてもらおうか」
警官は、有無を言わさずビールを飲んでいる男の隣の席に座った。
「何もやってないだろう」
ビールを飲んでいた男がすぐに警官に手を挙げた。警官はその手をすぐに避けると、その手をねじり上げた。
「何をする」
「公務執行妨害だな」
もう一人の警察官が手錠を出してそのねじり上げた手に手錠を掛けた。
「なんだよ」
「お前も来いよ」
もう一人の警察官は、すぐに電話で連絡をする。すぐに近くの制服の警察官とパトカーが中華料理店に集まった。
樋口はそのままビールを飲んでいた。外にいる二人もすぐに退散したようである。
樋口は、その騒ぎが治まった後、店を出た。
「とりあえず、盗聴器は仕掛けました。」
四谷のマンションの事務所に、荒川と樋口、そして青田が集まった。もちろん嵯峨もいる。
「今でもその会話は聞けます。その分析をすると、あの赤鳥居という焼き鳥屋の裏に地下につながる階段があり、地下に別なアジトがあるようです。中には、毒ガスや武器などがあるようですが、かなり巧妙に隠されているようですね。」
青田は、その赤鳥居の建物の不動産登記簿謄本などを全て出した。
「要するに、野村はまだ抜けてないということか」
「そうですね。まだまだ抜けていないようです。抜けた形にしてサポートをしているということのようですね。あの建物を建てたのは、地元の工務店のようすが、もともと地下一階、地上二階の建物で、二階には3つの部屋があります。そのうちの一つは野村が休憩所として使っているようですが、残り二つは、一応、焼き鳥店の「宴会場」といいつつ、ここ数年宴会場として使われたことなく、実質的には、日本紅旗革命団の集まる場所のようです。」
青田は、次々と資料を出して説明した。
「要するに、実質的には焼き鳥屋が日本紅旗革命団の本部か」
嵯峨は、渋い顔で言った。
「私が、西早稲田の教会に入ったところ、やはり何もなく、本部のような感じなはなったですね」
実際に本部の中に入っていった荒川は、そのように言った。荒川自身、本部の中に入ったものの、あまり問題なく受け入れられて拍子抜けしたばかりか、中には近所の主婦が集まって茶話会をやっているような状況である。これでは過激派の本部というようなことは全くないのではないか。
「そうか」
「では私が潜入・・・・・・」
「止めておけ」
樋口が再度潜入するという話を、嵯峨が遮った。
「平木のおかげで何とかなったが、四人に尾行されたくらいだ。次に行けば、もっと警戒される。せいぜい焼き鳥屋までにしておかなければなるまい」
樋口は何も言わなかった。特にまずかったところはなかったはずである。しかし、なぜか樋口が調査で入っていることがばれてしまっていた。それは何故なのであろうか。
「西早稲田は警察にしばらく任せるようにしよう。さて、次はもう一度大沢を探ろう」
「大沢三郎ですか」
「ああ、先日愛人の店で松原と会っていたようだ」
「なるほど」
「今田陽子には連絡をしておいた。」
嵯峨は、そのようにして、その日の会議を終えた。
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