日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 10

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第一章 朝焼け 10


「絶対に信じられないですよ」

 東京赤坂の中華料理店「霞町飯店」では、岩田智也が、目の前に紹興酒の瓶を二本くらい倒していた。一緒にいる女性は青山優子である。お互いの秘書もいるが、同じ個室の中でもあえてテーブルを変えている。立憲新生党では、政治家が複数いてそこで話をする場合、秘書が近くにいて何か口を出すことはしない。その代わり資料や何か助言を求める場合には、すぐに対応できるように、常に近くに控えていると異様な形が普通である。同じ円卓で秘書も政治かも一緒に同席するというような文化がないのである。ある意味で「議員」「秘書」というように、身分で参加資格が異なるかのような感じである。

「岩田君そんなことを言っても」

 青山優子は、そう言うと、岩田のグラスの中に水を入れた。少し酔いを醒まさないと、冷静な話ができない。青山はそう感じていたし、また、秘書も心配そうに見ていた。

「だって、まさか天皇陛下を殺すとか言っているんですよ。もちろん、何かがあって冗談や極端な言い方をして、誰かを殺すとか、あんな奴は知らないとかいうことはありますよ。しかし、そもそも天皇ってそんなことを言う相手ではないじゃないですか」

 岩田はかなり大きな声で言った。この霞町飯店の咳が個室でなければ、他の人の客の目を気にしなければならないような状態である。霞町飯店は、立憲新生党の本部がすぐ近くにあることから、立憲新生党の議員や職員がよく使う。はっきり言ってしまえば、この中華料理店そのものが、立憲新生党で持っているというような部分もあるのではないか。それだけに、青山と岩田の個室は、他の客に声が聞かれないように、少し離れた壁の厚い個室を準備してくれたのである。それでも、これだけ酔って大きな声で話されてしまうと、誰もいないのに、なんとなく周辺が気になってしまうものだ。

 青山優子も同じで、岩田の言葉の後、周囲を見回してしまった。そして自分たち以外にいないことを確認すると、改めて、水を注いだ。

「まさか大沢先生が、中国人やあんな極左の人に言われて、笑顔でそんな大それたことを言うなんて、全く信じられないですよ」

「岩田君、大沢先生にはちゃんと考えがあるのよ」

「青山先生は、そんなことを言いますが・・・・・・ならその考えは何なのですか」

 かなり酔っている。もしかしたら、ここで適当なことを言ったとしても、岩田は明日の朝になって、今日のこの言葉は全く覚えていないかもしれない。それならば適当なことを言ってしまえばよいのである。しかし、その為には同じ個室の中にいる岩田の秘書が邪魔だ。この立憲新生党の制度は、一つには、人間を身分制のように扱うと言こともあるが、もう一つには、話に夢中になって変なことを言った場合、その秘書が監視役になっているというような仕組みになっている。青山優子は、今頃になってこの会食システムの厄介さを身にしみて感じていた。つまり、適当のことを言って、この場を逃れるということをしても、岩田の秘書が後に噛み付いて来るということになるのである。

「私はまだ、その話を聞いていませんけど・・・・・・」

 結局、正直に青山はそのように言わなければならなかった」

「知らないならば青山先生も何も言えないじゃないですか」

「でもきっと、大沢先生には深いお考えがあるはずです」

「その深いお考えで、天皇陛下を極左暴力集団と組んで殺すということなんですか」

「いや」

 青山は声を詰まらせた。岩田の言う通り、天皇を殺す理由などはない。静的である阿川総理を害するということならばまだわかる。しかし、そうであったとしても「殺す」というのは政治的に殺すことであって、物理的に命を取ることではないはずだ。そのような犯罪を犯すことなどは、さすがに日本では許されない。ましてや天皇陛下のように、政治的には全く関係がない人を害するなどということは、政治的には何の意味もないのである。

 では、何故「天皇を殺す」などという会話をしたのであろうか。当然に、大沢三郎という政治家の性格上、そのように相手の話に合わせて話をし、相手を取り込むということをする。ある意味で、中国の華僑である陳文敏を味方につけて取り込むということであれば、中国共産党からの豊富な資金を得ることができるばかりではなく、中国企業に勤める日本人や中国を好きな日本人の票を得ることができる。当然に、そのことは政治的に大きな意味のあることだ。また、中国とこれから取引をしようとしている企業なども十分に立憲新生党の支持層に連なることになるのであろう。

 しかし、陳文敏は既に立憲新生党、特に大沢三郎という政治家の後援会の幹部である。今更「天皇を殺す」などといって、取り込む必要はない。ということはもう一つ利の松原隆志、つまり、日本紅旗革命団を味方につけたいということになるのであろうか。しかし、松原は、極左集団であって選挙などに強い人間ではない。そもそも、彼が選挙に言っているのか、どこの選挙区なのかもわからないのである。もちろん彼の部下も、同じであり、いくらかは警察に目を付けられているし、公安警察なども破壊活動防止法に基づいて警戒している相手である。立憲新生党としては、思想的に同じであったとしても、彼らと組んでいるということがマスコミに知れてしまえば、「犯罪者と組んでいる」などと報道されてマイナスになってしまう可能性が高い。つまり、松原と組みたいというようなこともあまり考える必要はない。

 ということは、大沢三郎は何故「天皇を殺す」などという会話に答えていたのであろうか。そのことは何の意味もないだけではなく、日本人の多くを敵に回してしまう可能性がある発言にしかならないのである。日本の場合、何故だかわからないが「皇室に対する敬意」ということは少なくないし、また、天皇に従うという人は80%を超える数字になる。その影響力は絶大ではあるものの、政治的には天皇は一切介入しないということになっていて、イギリスやスペインなどとは全く異なる状況になっているのである。

「青山先生、先生は大沢先生のお気に入りなんだから、その辺聞いてきてくださいよ。俺は、一応まだ新人議員かもしれませんが、それでも、選挙区の人々の支持を受けているんですよ。この日本のためになることならば何でもしますが、天皇陛下を害することは、どうしても日本国のためになることとは思えないのです」

 岩田はまだ酔っていた。しかし、やはり政治家なのである。このようにまじめに話すときはどんなに酒に飲まれていても、背筋を伸ばしてシャキッとして話している。しかし、話し終わった瞬間に、岩田はそのまま机に突っ伏してしまった。

「岩田先生、じゃあ、私が聞いてきたら、そうしたら納得できるんですか。」

「はい」

 青山は席を立った。秘書に会計をするように言うと、岩田の秘書に岩田を議員宿舎まで連れて帰るように指示した。もしも、宿舎まで枯れることができないようであれば、党本部の応接室に寝かせるように指示したのである。そして青山は秘書をおいて、一人でタクシーに乗った。

 麹町の雑居ビルの二階の奥に、「時の里」という小料理屋にはいった。

「あら、いらっしゃいませ。」

 客が一人もいないカウンターの奥には、きっちりと和服を着ている女性が立っている。和服は大島紬、かなり値が張るものだろう。しかし、真新しい衣装のような感じではなく、かなりしっかりと着こなしていることが、この女性のステータスを示している。

「ママ、大沢先生は」

「青山さん、まずは落ち着いて座ったら」

 カウンターを越えて、そのまま座敷に上がろうとした青山優子を、ママと呼ばれたこの店のオーナーであり、大沢三郎と少なからず噂が流れている佐原歩美はたしなめた。この店に入ってママに言われたことには従わなければならない。青山は、取り敢えず荷物を下ろし、カウンターの椅子に座るしかなかった。

 何も言わず、佐原は、青山に水を一杯差し出した。

宇田川源流

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