日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 7

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第一章 朝焼け 7


 それにしても学会というのは本当に退屈なものである。今田陽子にしてみれば、目の前に書いてある資料の言葉を、一字一句そのまま読み上げるだけの会議などは退屈で仕方がない。そんなものは数分時間をもらって自分で読めばよいのであって、その後議論をすればよい。音読することをゆっくりと待っているほど、暇な時間はないのである。アカデミックな場所というのは、論文が全てであるということになるのであるが、しかし、その論文をすべて読み上げる必要はないはずだ。

 時間的にいらいらすると、無意識に様々な癖が出る。今田の場合は「浪人回し」といわれるペンを指の上で起用に回す仕草であった。今田の手の上では、赤いボールペンがくるくると器用に回っている。徐虎光の中国語訛りのもって回ったような長い言い回しが、今田をよりイライラさせるのか、ボールペンの回る速さが徐々に早くなっている。

「それで、今回の内容といたしましては・・・・・・。」

 やっと本題の入るのか、今田はそう思った。はっきり言って言葉などは全く頭の中に入ってこない。東御堂信仁の以来であるからといって、なぜ自分がこんなところで時間を無駄にしなければならないのかと思う気持ちが強くなっていた。しかし、高学歴で今までも何度も長時間つまらない講義や会議に付き合ってきた今田は、ボールペン以外その気持ちは全く表に出なかった。

「さて、ということで……」

 まだ徐が話している言葉をさえぎって、石田が話し始めた。石田も徐の口調をあまり歓迎していなかったようだ。

「石田先生、私まだ話をしています」

「徐先生、紙に書いてあることは読めばわかりますから。」

 石田の言葉に、今田はなんとなく笑ってしまった。目の前で町田も石田が話をし始めたところで、慌ててあくびをかみ殺していた。

「石田先生、これから話すところですよ」

「会議の時間も限られていますから、この辺で私が引き取りましょう。さて、古代京都環境研究会発起委員会としては、昨今の京都の開発を憂い、そして本来古代にあるべき京都の内容の意味を深堀して、その開発を止めるのではなく、うまく伝統や古代の残された意味を共存させることを企画し、その開発に意見書などを提言することを考えようということなのです。」

 石田は、少し枚数のある資料の内容を簡単にまとめてしまった。

「しかし、そんな古代の京都に何か意味があるのですか」

 共産主義者で建築学者の吉川学は、少々ヒステリックにそのような話をした。建築学から考えれば、制限なしに開発をできた方が良いに決まっている。

「吉川先生からすれば、制限なしに開発ができた方が良いのは理解できますが京都府とすれば、あまり伝統を無視して開発してしまうと、やはり住民や様々な人々からの反対が多くて、役所の電話が鳴りやまなくなるんですよ」

 地方官僚である町田は、そのように現状を説明した。彼には政治的な姿勢ではなく、単純に役所の事情を話すだけしかない。それにしてもさすがに官僚と思えるのは、先ほどの徐教授が話している間は半分以上寝ていたはずなのに、しっかりと会話の中に入り、自分の立場を話していることである。根ながら聞いていたのであろうか。

「何を言っているんです。沖縄などはいくら住民が反対しても米軍基地を作ることはやめ何のに、京都は少ない反対でそこまで神経質になるのですか」

「いや、そうはいっても、景観条例などもありますし」

「景観条例などは関係ないでしょう。そもそも古代の話などは、科学的根拠は全くない。沖縄の吉は生態系などもすべて破壊して・・・・・・」

「吉川先生、ここは沖縄の話をする場所ではありませんので、お控えください」

 石田がそういう。

「吉川先生、それに、科学的根拠は全くないといいますが、現在でも中国は風水や四柱推命で会議の日程や場所を決めています。科学的根拠がないことが効果がないという主張自体が科学的根拠はないと思いますよ。科学的根拠がないとはいえ、そのことで心理的な効果があるのであれば、それは十分に考慮する必要があると思いますが」

 徐も総意って石田の後押しをする。ずっと黙ってみているいまだにしてみれば、日籍華人連盟と共産革命連合関西支部が必ずしも一枚岩ではないというところが興味深い。今田の手の上からはいつの間にかボールペンが回らなくなっていた。

「では、その内容を考えて建築業界に私が広めろと、そういうことですか」

「歴史や伝統は、日本では単純に見えない内容を重んじているということだけではなく、現代に生きる人々お心理的な影響力も維持していると考えるべきでしょう。現在でも、家を建築するときに、鬼門に水回りを作らないとか、そういうことがあるじゃないですか。それに科学的に証明できていない事故物件なんて言うものもありますし。」

「それは、そうですが、しかし、心理学というのはしっかりと科学になっているのです。伝統や文化は非合理的なものが少なくない」

 吉川はなおも食い下がっている。

「まあ、ここは準備委員会なので、そういう意見もあるということで」

 町田は、そういって、なんとなくまとめようとしている。地方官僚の事なかれ主義の代表的な存在であるといえる。そもそも、学者がこれだけ集まって立場が全く異なるということは非常に少ない状況である。それも観光産業課の官僚であるから、建築学のことなどを言われても全くわからないに違いない。

 しかし、このような雰囲気が次の徐の言葉で一変するのである。

「伝統に従った開発を行えば、天皇陛下は京都に戻ってくるのでしょうね」

「ああ、そうあるとありがたいですね。今田さん、どうでしょうか」

 今田は突然自分に話が振られた。

「あ、ああ。天皇ですか。勿論あり得ない話ではないと思います。国会議員の中には、東京の一極集中による不均衡を避けるために、首都機能の移転を主張する先生もいらっしゃいます。また政府も文化庁などは徳島県に移転するということがありますので、首都機能の一部を京都に移転するということも十分にありうるかと思います」

「いや、首都機能ではなく、天皇陛下です」

「首都というのは、日本の場合、国民の象徴である天皇が存在する場所という意味もあります。もちろん、立法・司法・行政の三権が存在する場所ということが首都の要件ですが、そのほかに天皇ということも言えるのではないかと思います。そのような意味があれば、その一部、つまり天皇陛下、または皇太子殿下のご家族、またはその他の宮家の遷居ということは十分に考慮できることと思います。もちろん、その内容を全てこの場で確約できるものではないと思いますが、京都の場合は、既に御所がございますので、その皇宮御所の警備や設備に問題がなく、なおかつ京都の皆さんが受け入れられる状況であれば、問題はないかと思います」

 政府の人間である今田が、まさか宮内庁の事を語るというのは、ある意味で管轄外である。しかし、この場では国の政府から来ているのは今田しかいないので、その話はせざるを得ない。

「天皇が京都に来るということは、その、完全に移転する前にも少し様子を見に来られることもありうるということなんでしょうね」

 石田教授は、そのように言った。

「天皇がくるというならば、建築の方も考えないといけませんね」

 今田は、その言葉に最も早く反応した。吉川はそういうと徐の方を見た。徐はその吉川の言葉に呼応して頷いている。この二人の間に何かがある。今田は直感的にそのことを思った。唯物史観を持ち、天皇制反対を訴えいている吉川が、天皇が京都に来るということで急に妥協したのである。しかし、ここでその話をするわけにはいかない。

「では、天皇陛下が京都に来ることを要望するという前提で、古代の京都を現代の開発に融合するということでよろしいですね」

「まあ、仕方がないですね」

 吉川は、今田の視線を感じたのか、急に不機嫌そうな表情に変えて、渋々納得した体になった。石田の横にいる山崎瞳が、その内容を全て記録していた。

宇田川源流

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