「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 9
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第二章 9
「こんなにいるのかよ。こりゃなかなか骨が折れるな」
鼠の国を出て、一つ目のマンホールを曲がったところで、時田たちは立ち止まるしかなかった。マンホールの中には、工事用の電球がいくつかあるくらいで、遠くまで見渡すことはできない。しかし、それしか見えなくても、そこにゾンビが山ほどいることは見ることができた。
「一度戻って作戦を作り直さなければならないかもしれないな」
次郎吉は、頷いた。間違いなく、今のままではマンホールの中で全滅して終わってしまう。それでは話にならないのだ。
「一度戻るか」
時田は小さな声で言った。間違いなく、自分たちが見えれば、目の前のゾンビたちは襲ってくるに違いない。映画に出てくるゾンビではなく、そこにいるのは紛れもなく人間であるが、しかし、その能の中には、戦中に情報部の天才といわれた東山将軍の企画した「人食い寄生虫」が入っていて、まさにすでに死んでいるというか、生きたまま寄生虫に食べられているのである。ゾンビ映画のように既に死体になったものが生きて出てきているのではない。まだ生きているか死んでいるかわからない生き物が、前にいるのである。それだけに、見た目は普通の人間と同じだ。それだけにゾンビ映画のそれとは異なり、なにか本物の人間を見ているようである。
「作戦を立て直さなければならないみたいだな」
時田は何も言わず、手を挙げると、皆に元に戻るように合図を出した。
「あっ、あれは」
五右衛門が指をさした。
「青大将」
モリゾーも声を上げた。
「だめだ、あいつは似ているけれども、青大将じゃない」
時田は声を出した。ゾンビたちが一斉にこちらを見た。
「マサ、二人を連れてこい」
「へい」
マサといわれた大男は、モリゾーと五右衛門の襟首をつかむとそのまま二人を担ぎ上げた。
「スネーク、頭を狙え」
次郎吉の言葉に、スネークは頭を狙った。
ズドン・・・・・・・
スネークの銃弾は、正確に青大将の眉間を貫いた。スネークは、この道でもかなりのベテランの殺し屋である。以前には中東の傭兵部隊に所属したこともある。さすがにスネークは、感情を殺して引き金を引くだけでなく、その腕も正確だ。
「青大将」
肩に担がれたモリゾーは驚愕の声を上げた。
そのモリゾーの目の前で、青大将は倒れて、ピクピクと動くと、そのまま血を流して倒れた。ゾンビ映画で見たような、血も流さずに物が壊れるようになるのではなく、普通に人が死ぬようにして青大将は動かなくなった。
「青大将を殺したのか」
「もう死んでいたんだ」
時田は言ったが、モリゾーの抵抗は激しかった。
「マサ、そのまま中に入れ」
「へい」
スネークとランボーが銃を撃ちながら中に入った。
「キリがねえや」
スネークは爆弾を投げると、そのまま中に入った。
「時田さん、青大将は生きていましたよ」
「いや、死んでいたんだ」
何重にもなっている扉をしめ、バリケードをすると、時田はモリゾーの肩に手をかけた。
「どうしましたか」
サブローが、また口ひげをいじりながら出てきた。
「そこまでゾンビが来ていたがった」
「それも、たくさんな」
一番後ろからついてきていた戸田は、一番最初に鼠の国に戻り、ぶるぶると震えていた。そういえば、戸田は皆が戦っているときにはいなかった。
「戸田さん、申し訳ないがモリゾーを慰めてやってくれませんか」
「は、はい」
「それも立派なお役目ですから」
時田は、戸田を使えないと判断したようだ。そのまま鼠の国に置いていた。
「力士を呼べ」
「はい」
人並み大きな男がその場に来た。
「力士、君にこのバリケードを任せる。いいか、誰も入れるな。」
「誰もですか」
「ああ、そして頭を狙わせろ。頭の中に寄生虫がいる。その寄生虫を殺すというか、頭の中から出さなければ、次にまた寄生虫が広がるんだ」
「わかりました」
時田は、戸田とモリゾーをその場に置くと、サブローに、何人かの銃を撃てる者を力士の下につけるように言った。
「ところで我々はどうします」
次郎吉はいった。このままこの出入口を封鎖してしまったら、どこから出るというのであろうか。次郎吉は、今まで何回も来ていながら、この鼠の国出入口はここ一つしか知らなかった。また、ここしかなかったから、今まで誰からも知られずにここにこれだけの施設を作れたのである。しかし、その出入り口が無くなってしまえば、ここに閉じ込められてしまうではないか。
「次郎吉さんは知らなかったかな。ここ鼠の国は、出入口がいくつもあるんだよ」
時田はにこにこ笑うと、出る前にいた会議室のあるところの横にあるマンホールを開けた。
「マンホールの下にマンホール」
そこにいたスネークやランボーなども皆驚いた顔をしていた。
「サブロー、後は閉めておいてくれ」
「はい」
そういうと時田はにこにこ笑いながら、そこに降りて行った。
「ここは」
「次郎吉さんには話しておこうか。というか、ここまで来たら隠すこともできないからね。実は、この町のマンホールは何層にもなっている。我々が使っているのは、第一層と第二層なんですよ。ところがこの町は、太平洋戦争でアメリカ軍に負けたときに、一億層特攻という不思議な掛け声とともに、日本人が全て本土でアメリカ軍を迎え撃って戦うというようなコンセプトがあったんだ」
時田は、梯子を降り切ったところにあるスイッチを入れた。そこには水も流れていない全くの空洞があった。マンホールというよりは、何か地下道とか、抜け道というようなところではないか。
「ちょうど、小さめの城を真っ逆さまにした感じで、様々な仕掛けがあるんだ。」
「これは時田さんが作ったのですか」
「まさか」
次郎吉の問いかけに、時田は笑って答えた。
「では」
「東山だよ。戦中の東山将軍が作った。当時は軍隊が何人も入って作ったそうだよ。」
「なるほど」
「それどころか、昔はこの近隣に鉄道を走らせる計画もあったそうだ」
時田は、皆が梯子を降りたのちに、歩き始めた。全てのマンホールの地図が頭の中に入っているようである。
「ここにはゾンビがいないみたいですが」
「本当だ」
五右衛門が、なんとなく辺りを見回した。長く続いている暗い穴の中に、自分たちの足音以外は何も音がしない。静寂が続いているのだ。
「ここは」
「旧日本軍の『武者走り』というか、まあ、移動するための通路なんだが、さっきみたいにマンホールで開かないと入ることができない。後は、大きな扉を開かなければならないのだが、まあ、そのカギがないと開かないからな」
「カギ。当時からのカギが残っているのですか」
「いや、そうだな、何かパズルを解かなければならないのだが、まあ、脳を寄生虫に食われている奴らには開けられないだろうな」
時田は笑った。次郎吉などは、感心するしかなかった。
「ではここに作んだよ」
暫く歩くと、時田が扉を開いた。そこには、なんと八幡神社があった。
「ここは」
「次郎吉さん。八幡山の山頂だよ」
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