「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 8


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第二章 8


「次郎吉は少し休め」

 時田は、善之助たちが皆で気を遣っている次郎吉の肩を叩いていった。

「しかし、次郎吉以上の盗みのテクニックがある人はいませんぜ」

 サブローは口ひげをいじりながら言った。この男はシリアスな物言いをしていても、なぜか嫌味でアイロニストな感じを漂わせてしまう。まじめな会話が成立しないのが残念な男だ。

「それでも、今の次郎吉に行かせるわけにはいかないだろう」

「いや、大丈夫ですよ」

 次郎吉は立ち上がった。

「次郎吉さん大丈夫かな」

 善之助は、心配そうに言った。ゾンビの中に行って、そのうえ敵である郷田の本拠に行くのである。

「サブロー、お前がフォローしろ」

「時田さんは」

「俺はパトカーを指揮する」

 時田は言った。

「時田さん、世話になってばかりいられないから、私も行きますよ。」

 以外にも戸田がそんなことを言い出した。戸田は、このゾンビ騒ぎで最も恐れていた気の小さい男であったはずだ。しかし、その戸田が、今回のパトカーの一件は自分が行くと言い出したのである。

「大丈夫かい」

「まあ、商社時代のパトカーを警察に納品した時の知識が役に立つこともあるでしょう。車の運転免許もありますし」

 確かに、戸田が現場にいた方がよい。しかし、外はゾンビ、というか、寄生虫に脳を犯された「元人間」ばかりなのである。そのようなところに言って大丈夫なのであろうか。

「戸田さん」

「次郎吉さんにばかり頼っていられないだろう」

 戸田は、少しひきつった笑顔を作ったが、それは、誰の目から見てもかなり緊張していることが明らかであった。

「次郎吉、どうする」

「まあ、行きましょう」

「段取りは」

 その場で、時田が地図を広げて説明を始めた。

 何しろ、ここ「鼠の国」はマンホールで街の中全てにつながっている。下水がある場所ならば、何処にでもつながっているのである。時田は、そのマンホールと下水道の地図を出したのである。

「こんなになっているのか」

 戸田はその地図を見て驚いた。

「この地図がないところは不動産が立たないし売れないんですよ」

 小林は、そういうとこの図を知っているかのように近くの椅子に腰かけた。

「なるほどな、不動産は確かに下水と浄水がないところにはできないな。電気は電線で何とかなるけど」

「そうなんですよ。何もないところに家を建ててしまうと、マンホールをつなぐだけで大変なんです。凄く工事費がかかりますしね」

「そういうのはどうするんですか」

「そういうのは・・・・・・」

 商社勤務であった戸田と不動産屋の小林は、妙に不動産商売のことで盛り上がったが、周りを見回せばそんな雰囲気ではない。小林は、急に言葉を止めた。あたりにシーンと静まり返った空気が流れた。

 善之助は、その重い空気を切り裂くように、わざと笑った。

「爺さん何が楽しい」

 次郎吉が善之助の方に向いた。

「いいじゃないか。商売の話。こういう時にそう言った普段の話ができるんだから、ありがたい話だよ。多分、警察署の近くの壁の中の人々なんかはそんな余裕はないはずだからな」

「確かに、ここに来たおかげでありがたいことですよ」

 小林もそういった。

「その、警察署の近くだ」

 時田は言った。

「ああ、青大将が死んだのもその辺のはずだ。つまり、町の近くのマンホールにはゾンビがいるってことになる。ということはなるべくそこを通らないでバス会社に行かなければならない。いや、バスだけではなく、パトカーの駐車場もそうだ」

「たしかに」

 急に戸田の顔から血の気が引いていった。

「それだけじゃない。それは青大将が襲われた場所がそこだというだけで、どれ以上広がっている可能性もあるわけだ。もしかしたら、ここを出たすぐのところにすでにゾンビがうじゃうじゃいるかもしれない」

「たしかに」

「それだけじゃない。犬とか、カラスとか、今まで見ていても人間だけじゃないんだ。そういう奴らもすべて注意しなきゃなんない。まさに、このマンホールの中じゃ鼠が多いが、その鼠だって感染していないとは限らないからな」

 戸田は、すでに気を失いそうな状況になっていた。

「時田さん、あまり脅しても仕方ないのでは」

「いや、それだけ覚悟が必要ということですよ。そんな状況なのに、こっちには防護服一つない。まあ、ネズミぐらいならば、包帯をたくさん巻いておけばいいのだが、人間となると、そもそも噛まれたこともないからどうやって防御していいかよくわからん」

 時田の言うとおりである。

 出ていかなければならない人間にとっては未知なる危険があるばかりである。しかし、そのことを何とか克服しなければ、このままゾンビに街ごとの見込まれてしまうのだ。

「戸田さん、どうする」

「いや、行くよ」

 何か声が震えているが、戸田は行くという決断をしたのであった。

「サブロー」

「私はここで」

 時田は笑った。サブローは言いたいだけいろいろ言って結局ここから一歩も出ないのである。サブローとはそういう男だ。

「お前じゃない。護衛は誰かいるのか」

「バス会社の方には次郎吉さんに、護衛は通称スネークとモリゾー、カメラ設置の補助は五右衛門。全部で四人です」

「警察の方は」

「はい、時田さんに戸田さん、それにこっちは腕っぷしが強くて大丈夫な奴ですから、力士と・・・・・・」

「サブロー、力士はやめておけ。あいつは家族がいる。確かこの前子供が生まれたところだろう」

「はいわかりました」

「では、ランボーとマサで」

「そうな」

 善之助はまた笑いだした」

「いや、強そうな名前ばかりだな。五右衛門にランボーか」

 時田は笑って返した。

「名前くらいは自分で好きな名前を付けるんですよ。何しろここ鼠の国は、日本国だけど日本じゃないんだ。だから自分の名前も自由。そういったところですよ」

「なるほどな」

 これから死地に向かう人々は、それ以上会話が弾まなかった。

「次郎吉は、こいつらを連れて、バス会社の裏側で待機。パトカーでこっちが何とか注意を引いている間に行動開始だ」

「わかりました。それでもすぐにばれてしまうのでは」

「だからチャンスは一瞬だ」

「わかりました」

「無線とかもないから、次郎吉にタイミングは任せるしかない。あとは、ちゃんと生きて帰ってくる。それだけだ」

「わかった。」

「ならば行くか」

 男たちは、マンホールの中に出ていった。

宇田川源流

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