「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 2


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第二章 2


「どう思う」

 応接室に善之助などを案内した後、時田と次郎吉は二人で時田の部屋に入って渋い顔をした。

「時田さん、どうといわれても」

 時田の部屋は、何も多いがなく町中の監視カメラの映像が壁一面に出されていた。窓などはない。何しろ地下の宮殿なのであるから、窓を建物に作っても何の意味もない。その代わりにこのようなテレビカメラがあり、中に街の風景が映し出されていた。

 普段であればのどかな街の雰囲気であったはずが、昨日からの「ゾンビ」はネズミ算的に増えているようで、警察もかなりさまざまな手を打っているようである。

「自衛隊が出てくるそうだ」

「自衛隊」

「ああ、とりあえず装甲車だそうだ。そして何か壁を作ってゾンビが出るところを封鎖するとか言っていた」

 時田は、自分の机の上のコンピューターの画面を見ながらそんなことを言った。よほどすごい情報網があるのか、コンピューターは次々と様々なところからの情報が入ってきており、常に何かの文字が出されている。次郎吉もそこまでITの世界に詳しいわけではないので、流石にどのようになっているのかは全くわからない。

「まあ、これではうまくゆかないかもしれないな」

 時田は、目の前の画面を顎で示した。機動隊と思われる人々がジェラルミンの盾で何とか防ごうとしていたが、それでも圧倒的数が多いゾンビたちにひるんでしまう人もいれば、数時間前まで人間であったと思われる人々に向けて、対処するということができない機動隊は、その盾がいつの間にか崩れて押し切られてしまうような感じなのである。

「このままでは町全体がゾンビになってしまう」

「いや、世界全体といってもおかしくはない。昔の東山って将軍はよほどすごい人だったらしくて、アメリカ軍がここまで上陸してきたら、平気でこの兵器を使ってアメリカ軍同士を戦わせるつもりだったということになる。」

 時田は、しばらく黙った。

「爺さんに聞いてみよう」

「善之助さんかい」

「時田さん、あの人は目が見えない。だからこの部屋に連れてきても問題ないのじゃないかな」

 時田はにやりと笑った。次郎吉の言うとおりである。時田と次郎吉、まさに鼠の国の住人では全く分からない「表の世界の論理」が必要なのであるが、しかし、おいそれと鼠の国に入れるわけにはいかない。その時に目の見えない爺さんは、非常に好都合なのである。

「よし、爺さんだけ連れてこよう」

 すぐに、善之助だけが連れてこられた。

「なんだ、あの部屋は居心地がよかったのだから、他の部屋にしてくれなくてもよいのに」

「爺さん、そんなことじゃないのだ」

「ああ、そのゾンビとかいう」

「今町中がそのゾンビに襲われてしまっています」

 時田は丁寧に言った。時田の部下は、基本的には呼ばないと来ない。隣の部屋には、これだけのシステムを扱っているシステム室があり、その中には何人もの技師が入っている。また反対側の部屋には、秘書室のようなものがあり、何人かの護衛と女性秘書が数名入っている。今は、その護衛と秘書は地上から来た人々の対応で必死であるが、それでも時田が呼べばすぐにそろうような状態である。

「前に次郎吉さんに聞いたのだが、東山将軍の武器なのか」

「ええ、多分」

「それならば簡単だ」

「簡単・・・・・・ってどうして」

 善之助は、頷きながら言った。何か特別な確信があるのに違いない。

「ああ、当然に東山将軍が武器にしているということは、圧倒的に不利な状況において、それを逆転する秘策があるということに違いない。」

 そういうと、時田の部屋の応接セットに出されたお茶を飲もうとして手を伸ばした。しかし、いつもと感覚が異なるのか、そのまま手が引っかかって湯飲みを倒してしまった。

 時田はそんな善之助を見て、すぐに秘書を呼ぶと、新しいお茶を持ってこさせ、そして、すぐに応接セットをきれいに掃除していった。かなり訓練されているのか、その動きはかなり機敏だ。この人々はここの鼠の国に来る前は何をしていたのであろうか。隣のシステムセンターはハッカーか何かであったということは容易に想像がつくが、ここまで訓練された若い女性秘書が何人もいるというのは、その前書きになる。

「すみません。続けてください」

「はいはい。いやいや、目が見えないと申し訳ないね。そのまま続けさせてもらうよ」

 善之助は、お茶を一口すすると、また話し始めた。

「つまり、戦争中の日本の将軍は一部の被害は仕方がないとしても、国そのものを壊すことは絶対にしない。つまり、ゾンビだかなんだかわからんが、アメリカ人の軍隊を狂わせて、そのうえ、その軍隊を分裂させ、そして弱体化させることが目的になる。アメリカ軍が大きければ大きいほど、分裂した場合、そしてお互いが戦った場合の被害は大きくなる。そのように弱体化した時であれば、当然に、日本軍が勝つ確立が高くなるということになる」

「確かにそうですが、それと今回のこととは・・・・・・」

 次郎吉はそういうと、善之助は途中で言葉を遮った。

「いや関係があるんだよ。次郎吉さん。つまり日本を壊さないということは、当然に生き残ったアメリカ兵や、その兵器の効果を消す。何らかの仕掛けがあるはずだし、また、アメリカ軍同士が戦っている間に、東山将軍の指揮している軍人や日本人が感染しては意味がない。つまり、感染を防止する方策があるということになるはずだ」

 次郎吉は、善之助の読み通りであると思った。確かにそうだ。自暴自棄で自殺するというのであれば、なるべく多くのアメリカ軍を道連れにするということが考えられる。しかし、戦争中の東山将軍は、最後の最後まで戦ってなおかつ日本を復活させるということを考えていた。だから資金も、そして武器も山の中に隠していたのではないか。もちろん今回の武器は、その山の中に隠されていた武器の中の一つであろう。だからすでに自暴自棄になっていた時の武器であるというような解釈もできる。

 しかし、それだけに、山の中まで追い詰められた。つまり街の中はすべて敵だらけになっている状態で、死中に活路を見つけ出し、そして、逆転して敵を退散させ、当時の日本を戻すということを考えていたのである。そのように自暴自棄になって自殺をするような策を立てるであろうか。そしてそのようなものを、武器庫にしまっておくであろうか。

「なるほど、善之助さんの言う通りですね」

 時田は腕を組みながら頷いた。次郎吉と同じ感覚を持っているのであろう。

「では、我々はその東山将軍の隠した、生き残りの方法を探らなければならないということですね」

「そうなります。でも、それも一部はたぶん郷田が持っている書類の中に何か書かれているのではないかと思います」

 すでに、ここに避難してくるまでに郷田の話は善之助にはしてある。次郎吉はその辺の事情を説明したうえで、多くの人をここに避難させたのである。

「それまでに、警察や自衛隊などには何をしたらよいでしょうか」

「何か連絡してあげないとならないな。私も元警察官だったから、守らなきゃならないという使命感は強くても、何をしていいかわからない、敵がなんだかわからないということでは、恐怖だけになってしまって、力が出し切れないでしょう。そうなると警察にも被害が大きくなります。何とか助けてあげてください」

 時田がいるから、そして、ここは時田のいる鼠の国であり、自分たちは助けられているという自覚があるからか、いつものような善之助とは異なり、しっかりと丁寧な言葉づかいで依頼している。

「わかりました。私の方で手を尽くしましょう」

宇田川源流

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