「日曜小説」 マンホールの中で 4 第一章 1


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第一章 1



 いつも同じ毎日であった。目が見えない善之助にとって、障碍者年金をもらいながら、老人会の世話役をやり、なおかつもと警察官であるということから、街の「困りごと相談コーナー」の相談員として活躍していた。しかし、やはり次郎吉と様々なことをしていた時の刺激に比べれば、他人の相談事などはあまり素晴らしいものではない。もちろん、他人の相談事を「素晴らしい」とか、自分の「刺激」とかで考えてはいけないのであるが、しかし、人間というものは「いけない」と思っていてもどうしても比べてしまうものである。

それにしても、面白かった。

そもそも次郎吉との出会いは、あの大火災の時であった。交通事故から、たまたまそこを通っていたガソリンを運んでいた車に引火し、その後ガソリンスタンドにまで引火して町中火の海になった事件であった。その交通事故に巻き込まれて、なぜかたまたま開いていたマンホールの中に落ちたとき、善之助の下敷きになってしまったのが次郎吉であった。真っ暗なマンホールの中で救助がくるまでの時間二人で語り合った時間は、善之助にとって、それまで生きてきた価値観が全く異なるほど大きなものではなかったか。

 その時の話から意気投合し、善之助の困りごとを治郎吉が何かと助けるような状況になっていた。その時に起きたのが、老人会の小林さんが幽霊に襲われた事件、そして、その次に起きたのが、戦時中の東山将軍による「東山資金」の捜索であった。実際に、伝説のように伝わっていた東山資金が、本当に存在しているとは思えなかったが、治郎吉と共に様々なことをやっている間に、東山資金を見つけることができたのである。

 もちろん、その間に様々な事件があった。次郎吉そのものが、表の世界に出るわけにはいかない。しかし、泥棒であるはずの次郎吉の方が、郷田や正木などに比べたらはるかに良い人であった。

 ただ、今までの話は別な話である。

 そのようなことがあって、治郎吉は普段の生活を取り戻した。ある意味で「ほっとしている」としながらも、一方で「面白くない」「退屈」というようなことになってしまっているのである。

「誰か、何か刺激がないかな」

 善之助は、何気なくつぶやいた。相談員の仕事といっても「猫がいなくなった」「夫婦喧嘩」など、他愛もない「事件」ばかりであった。もちろん初めの小林さんの幽霊事件は、老人会の何気ない話から始まったのである。それだけに老人会も相談員も辞めるわけにはいかないし、そこに刺激のタネが紛れているはずである。しかし、なかなかそのような話にならないのである。

「それにしても斎藤さんと戸田さんはすごいですね」

「そりゃ、あの都市伝説の東山資金を見つけたんですから」

「あの東山資金は、国家予算くらいのものがあるらしいよ」

 そのようなうわさが様々なところで言われていた。体育館のような大広間に並べられた金銀財宝の数々は、あの扉を開けたときに、誰もが圧倒されるものであった。

「そういえば、あの財宝の中から治郎吉は少し持って行ったんだったよな」

 少し持って行ったとしても、それくらいでは誰も気が付かないほどの量の金塊であった。それだけではない、当時の武器や貴重な歴史資料など、朝日岳の「御殿」といわれる神々が降りる場所と伝わる山上の平地の裏の洞窟において、様々なものが見つかった。爆弾や大砲の玉、当時の銃、小型の戦車までその数はすごいものであった。すでに数カ月たつが、それでもすべて把握できていない。東山将軍は、間違いなく、この町の旭岳を拠点に、アメリカ軍を食い止めるつもりであったのではないか。いや、そこまでしないでも「日本人の誇りをかけて戦うつもり」であったはずだ。それだけの武器と食料と、そして、そこで敗戦しても子供たちが無事に育つように、その資金をためていたということになるのである。

 実際に、国や県から来た歴史家学者などは、彼らの知識からしても全く理解できないようなものも少なくなかった。もちろん、当時の日本の精神的なことなどは、当時の社会などのこともわかっていなければならないので、その表なこともわかるが、しかし、当時の軍備や武器に関しても、自衛隊の化学学校が研究しても全くわからない武器が少なくなかったのである。

「爺さん、暇かい」

 善之助は、「関所」といわれる川につながるマンホールの出口にある事務所に来ていた。この「関所」といわれる使われていない事務所の扉とのことに、赤い紙を貼っておくと、翌日治郎吉が現れることになる。実際、目の見えない善之助には赤い紙かどうかはわからない。あった時に次郎吉に何枚か渡されるのであり、その紙を張るだけの事である。

「ああ、退屈だ」

「あの、斎藤とか戸田とか、あいつらは何か忙しそうだが」

 二人が見つけたことになっているので、テレビや雑誌の取材はすべて二人が行っていた。数カ月たった今になっては、都市伝説やサブカルチャーの人々のヒーローになっている。本人たちは何も知らないし、それまでの苦労などは全くわかっていないのであるが、なんとなく回りがストーリーを作ってくれているのであまりぼろが出ないで済んでいるようだ。そもそも、関係者である善之助と小林のばあさんが言わなければ何も起きるはずがない。鼠の国のトップである時田は、また地下にもぐってしまって出てこないし、もう一人の関係者である郷田は、元々郷田連合の組長であったが今や街の裁判所爆破犯であり、その後警察と銃撃戦を演じた指名手配犯である。要するに、知っている人が誰も出てこないので、好き勝手に創作話をしても全く問題はないのである。

「あの二人は、確かに忙しそうだね」

「まあどうでもいいけど」

「ところで次郎吉さんは、いくらくらい持って行ったんだ」

「ああ、金の延べ棒を少し戴いたよ」

「それくらいでも誰も気づかないだろう」

「ああ、全部で数トンの金塊があり、その他の財宝もあるんだから、そりゃ少しくらい無くなってもだれもわかりゃしないよ。それに、もともとはなかったものだからね。」

「確かにそうだ。金が足りなくなったら仮に来るよ」

「ああ、そうしてくれ。爺さんはその権利があるからね」

 泥棒なのに、全く嫌がりもしないで金の話をする。まあ、そんな関係になったということなのかもしれない。

「ところで、赤い紙が貼ってあったが爺さん何か用事はねえのか」

「いや、たまには会っておこうと思って。それと、そろそろ朝日岳も終わるから、郷田も顔を出すだろうし」

「ああ、そうだな」

 次郎吉は渋い顔をした。確かに郷田がそろそろ出てきてもおかしくはない。

 二人の顔は、急に引き締まった。

「だいたい、郷田の部下たちの顔をすべて把握しているわけではないからね。何か起きてもおかしくはないと思うよ」

「十分に警戒しないとならないな」

 しばらく、二人は何も言わなかった。ここの事務所は、もともとは洪水の時に、水を排出するためのものである。そのスイッチなどがここにはついているが、なかなか使わないので、何とも言いようがない。マンホールの弁を動かすのは、ここではなく、街の水道事務所である。そのために、ここは現場事務所でしかなく、普段は使う必要のないところである。

「でも、何か嫌な予感がするな」

 次郎吉は言った。その時に、マンホールの方から真っ赤な水が流れていたが、二人ともそれには気が付かなかった。

宇田川源流

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