「日曜小説」 マンホールの中で 3 第四章 10(最終回)
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第四章 10(最終回)
あの日から一週間経った。
途中様々な道を通った。その間に時田も次郎吉もみな地下迷宮とも思われる地下の通路の中でいなくなり、結局斎藤、戸田、そして小林親子と善之助だけが朝日岳からは遠くの山のふもとに出てきた。どうも石切山の昔の鉱山の中の一つの出口ではないかと思われる場所であった
「あいつらはどうした」
善之助はそういったが、必死で逃げてきた斎藤も戸田も、誰も他の人々のことには気を遣うことはできなかったのである。
「まあ、あの人たちは生きているでしょう」
小林のばあさんの方は、そういって、もう一度探しに行こうとした斎藤と戸田を引き留めた。
「でも」
「この洞窟は昔の石切場ですから、不案内で入ると迷って出てこれなくなってしまいますよ」
小林は強い口調で言った。山登りのプロであっても、この町のプロでも何でもない。歴史を知っている小林や善之助にしてみれば、斎藤と戸田はすでに足手まといになってきていた。
「そうですか」
「あの人たちは大丈夫です。多分、表に出るよりも、地下にいた方が似合っていますから」
小林は、特に何も聞いていないにもかかわらず、何かを感じていたのであろう。そういうと、自信を持って歩きだした。
あれから一週間である。警察や市役所の人々が、大掛かりに朝日岳を捜索した。一つは郷田や川上を捜索するということである。なんといっても裁判所爆破犯であり、そして川上の家で警察と銃撃戦をし、多くの警察官を負傷させた凶悪犯である。その目撃情報が朝日岳の御殿の横に洞窟なのである。当然に警察は300人体制で現場に行き、そして周辺の山々も捜索をし始めていた。
一方、市役所は多くの研究家や歴史家、そして洞窟であることから土木建築の関係者を連れて朝日岳に上り、都市伝説となていた「東山資金」が見つかったということで色めいていた。洞窟の入り口までは斎藤と戸田が案内し、そして様々な取材を受けていた。小林も善之助もあまり前に出たくないということで、この二人が初めて役に立った形だ。大掛かりな土木作業が始まり、その一部から中に入った市の職員が感嘆の声を上げた。幾分かの資金は持ち出されていたが、しかし、武器も食料も歴史に資料にもそして資金としても、重要な内容であった。ただし、当時の軍票や紙幣は、歴史的な価値以外は何もなかった。当時の金銭価値としてはかなり重要であったかもしれないが、しかし、現在ではさすがに何もできるようなものではなかった。
金塊の一部と宝石などは、郷田の仲間が持ち去ったようだ。しかし、大半はまだ残っていたのである。それと武器の一部も持ち去られたようであるが、何があったのか全く分からなかった。
「東山資金の謎解き、老人会お手柄」
「歴史の証人あつまる」
新聞の見出しは、すべて書かれていたが、老人会の一部の人々が出ているだけで、あとは、斎藤と戸田が取材は引き受けていた。
「あの斎藤という人と戸田という人はずいぶん有名になったじゃねーか、じいさん」
一週間ぶりに、善之助の家に次郎吉が入ってきた。
「おう、無事だったのか。心配したぞ」
「何言ってんだ。だいたい、鼠の国の住人なんだから、穴の中の方が安全なんだよ。」
次郎吉は笑った。
「ところで、結局市役所に寄付か」
「ああ、我々はそんなに長く生きることもないからな」
善之助の答えに次郎吉は笑った。
「一応、小林の宝石は返しておいたよ。小林のばあさんの庭の祠の屋根のとこにおいてきた。」
「そうか」
「それに、他の宝石、川上と郷田の物はちょっとこっちでいただいておいた。まあ、今回の報酬だな。それと、あの東山資金から足がつかなそうな宝石とかは、少し先にいただいたよ」
「まあ、それもいいだろう」
もともとは警察官だったはずであったが、そのようなことをとがめる気はなかった。
「ところで、郷田と川上はどうした」
「さあ、こっちもわからない。多分、鼠の国みたいな地下の迷宮を別に自分たちで作っているんだと思う。そこで何か企んでいるに違いない」
「なるほどな。まあ、あいつらが見つかって逮捕されるまで、我々老人会は前には出ないようにしているんだが」
「それで斎藤と戸田が出てきたわけか」
「彼らも、何かいいことがないとね」
善之助は笑った。
「まあ、猫の置物から、かなり様々な話になったが、今回も一応一件落着だな」
「ああ、でも、一度鼠の国に行ってみたいなあ」
善之助は、なんとなく口にした。
「なんとなく予感なんだが、そう遠くないうちに、じいさんたちは鼠の国に来る気がするよ」
「なるほど。まあ、期待して待っておくことにしよう」
善之助はそういうと、しばらく黙った。
「まあ、じいさん。一応解決だが郷田と川上が出てくるまではもう少し色々しなきゃならないかもしれないな」
「ああ、次郎吉の言うとおりだ。」
次郎吉はいつもの缶コーヒーを飲みほした。
「まあ、じいさん、とりあえずコーヒーもなくなったから、また何かあったら来るよ」
そういうと、次郎吉は音もたてずに消えていった。
机の上には、問題の猫の置物が三つ、並んでいた。
(了)
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