「日曜小説」 マンホールの中で 3 第四章 8

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第四章 8


「こんな山の上に上ったのは何年ぶりかな」

 善之助は、小林さんと、小林さんの息子、それに老人会の数名の仲間であり、老人会の中でも若いまだ60代後半の斎藤さんと戸田さんに一緒に来てもらって、朝日岳を登山した。斎藤と戸田は、老人会の中でも登山が好きで、朝日岳にも何回も登ったことがあるので、一緒に来てもらったのである。

「まさか、目が見えない善之助さんと一緒に山に登るとはね」

 もともと商社マンで世界の様々な国に赴任し、その土地の山を登っていた斎藤は、少し皮肉を言った。もちろん、世界の最高峰といわれる山をいくつも登っている斎藤にしてみれば、朝日岳など何ともない。簡単な散歩に近い話である。しかし、そこに山登りなどはしたことがない小林親子と、目の見えない善之助が一緒にいるとは全く思っていなかった。

「そんなことを言うもんじゃありませんよ。目が見えない人だって、山に登る権利はあるし、山は、どんな人でも受け入れるものです。特に、ここ朝日岳の御殿は、神が宿る場所。少し険しい山になっているのは、神の試練であるといわれているんです。当然、その試練を超えれば神の恵みがくるのです。だからここには目が見えない人だけではない、余命三カ月といわれた人もみな神の恵みを求めて登るんですよ」

 戸田は、朝日岳や剣岳など、この町の山岳ガイドを長く続けていた。その前は山岳救助隊もやっていた人物である。もっと前は数年間ではあるが自衛隊にいたということだ。そのために、介護が必要な人や子供、赤ちゃんを連れた妊婦まで、様々な人をこの山の御殿に連れてきていた。斎藤も戸田も、老人会というには、あまりにも体力がありすぎるという体力の持ち主である。

「そうなのか、ならば小林さんのようなひとも、ここに来るのかね」

 斎藤は小林のばあさんを見た。なんと、小林さんは山登りをするというのに、なんと正装で来ていたのである。

「当り前ですわ。何しろ神様の御殿に行くんですから」

「小林さん、そのような方もいらっしゃいます。何しろ、20年に一度八幡様の奥の院の遷宮の時は、衣冠束帯をつけた神主が何人も朝日岳の御殿に入って、儀式をしなきゃならないんですよ。でもこんな山の中ですから我々もキャンプをしなきゃならなくて山に登るんですよ。だから全く問題ありませんよ」

 戸田は、そういうとにっこり笑った。斎藤はその横で、少しうんざりした顔をしながら、善之助に肩を貸していた。手を引いたりするのではなく、目の見えない人をリードするのは、肩を貸して本人のペースで登ってもらうのがふつうだ。戸田からそのように指導を受けた斎藤は、仕方なく善之助に肩を貸していた。もともと健常者、それも山登りをするために鍛えている人ばかりと山を登っていた斎藤は、少しうんざりしていた。

「そろそろつきますよ」

「いやいや、大変でしたね」

 善之助は全く他人事のように、そんなことを言った。まあ、それしか言いようがないし、また斎藤が苦い顔をしているのは彼には見えないのである。

「まあ、いいけど、ここに誰かいるのですか」

 小林は、御殿の端にある祠に向かって手を合わせた後、振り返ってそのようなことを言った。

「皆さんお待ちしておりましたよ」

「あなたは」

「時田といいます」

「時田さん・・・・・・ですか」

 時田は、深く頭を下げた。

「時田先輩ですよね」

 小林の息子が声を上げた。

「小林君か。ああ、第一高校の時田だよ」

「久しぶりです」

「あなた知っているのですか」

 小林のばあさんの方は、そういうと息子の方を見た。

「ああ、時田先輩と一緒に学校にいたことはないくらいのずっと先輩だけど、よく学校の行事には来ていたんだ」

「ああ、俺のじいさんは戦前は校長先生だったからね」

「そうだったんですか」

「ああ、時田さん。校長先生の時田さんですか」

 善之助は次郎吉との会話を思い出した。東山将軍は、小林、郷田、そして時田の三人にカギを預けたのだ。そしてその時田のことを探したが、どこを探してもいなかった。その時田が目の前にいる。もちろん、善之助にはその顔は見えないが、しかし、確実に自分の前に探していた時田の血をひくものがいるのだ。

「あなたが善之助さんですか。お世話になっております」

「いや、まあ……」

 何の世話をしているのかはわからない。しかし、斎藤や戸田がいるところで次郎吉の名前を出すわけにもいかないのだ。

「皆さん、実はこの奥に東山将軍の隠した財宝の扉があります」

「財宝か」

「どんなものなんですか」

「さあ、それが何なのかは全くわかりません」

 時田も実際には何も知らないのである。

「では」

 皆は、そのまま御殿を抜けて裏の藪の中に入っていった。時田の部下であろうか、数人の人々が低木の茂みをきれいに切って道を作っていた。実際に、根が深くまで入る樹木と、そうではなく根が浅く抜きやすい樹木が二種類あり、その種類をうまくやると、きれいな道ができた。東山将軍はそのようなところまで細かくやっていたのである。

「すごいな」

「では」

 岩陰に分厚い鉄の扉があり、その扉の前に次郎吉がいた。次郎吉は、懐の中からカギを出して、扉を開けた。扉は意外なほど簡単に開いた。

「これは」

 扉を開けると、中に通路があり、そして右側に四つの扉が並んでいる。何かの倉庫のように、ちょうど小学校の体育館の扉のような両開きのものだ。

「どうなっているのかな」

「中に廊下があって……」

 小林さんは、善之助に細かく状況を説明していた。

「一つ目の扉を開けます」

 一つ目の扉を開けると、そこには様々な食料品が入っている。東山将軍が考えたのであろう。干した米や缶詰、それに、保存食と思われる干した魚など、それが地位棚体育館ほどのところに所狭しと積み重なっていた。そして入口のすぐ右には井戸が掘られており、きれいな水がその下には入っていた。

「すごい、まずは食料品というのは籠城戦のセオリーだからな」

「ああ、これならば、当時の町の人が全員一カ月は食べていけるだけの量だよ」

 あれだけ文句を言っていた斎藤が感嘆の声を上げた。戸田も、驚かざるを得なかった。

「では次」

 次に部屋には、武器が入っていた。何しろ終戦時のものであるから機関銃などもあったが、それだけではなく大砲や対空砲もある。大型の武器は、すべて下に車輪がついていて外に動かせるようになっている。

「何から何まであるんだな」

「ああ」

「では次に」

 次の部屋には金の延べ棒に財宝、美術品などである。奥の方には昭和天皇のご真影や日本の国のすばらしさや正当性を書いた書面も残っていた。

ここまで来ると誰も何も言わなかった。さすがに天文学的な価値のある財宝や金の延べ棒があっても、誰もないも声が出なかった。もちろん、それに手を付けるものもいなかったのである。

「最後」

「これは、」

 最後の部屋は、ちょうど、少し広めの会議室くらいであろうか。そこの奥に鉄でできた机があり、そしてその前には木でできた会議テーブルがあった。

「指揮官室、いや東山将軍の部屋か」

「ああ」

 時田もため息がでた。

「これが、東山将軍の財宝か」

「ああ」

 ずっとカギを開けていたのは次郎吉である。その次郎吉が声を上げた」

「そこまでだ」

 皆が感嘆しているところに後ろから声がした。

「時田、ご苦労さん」

「お前は、郷田」

「時田のおかげでえらい目にあったわ。ここにあるものはもらっていくよ。お礼もしなければならないしな」

 そういうと、郷田は、銃を構えて、東山のデスクと思えるところに向かった。

宇田川源流

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