「日曜小説」 マンホールの中で 3 第四章 7
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第四章 7
郷田と川上の居場所の情報を得てほしいといわれたが、善之助には全くわからなかった。一応関係者である小林の婆さんや自分の元の職場出る警察の後輩に聞いても、誰もわからなかった。
だいたい、裁判所の爆破に川上の家の前の銃撃戦を考えれば、居場所がいれば今度は特殊部隊を率いても、日本の警察の威信をかけて逮捕を死に向かったに違いない。
しかし、そのように動けなかったのは、間違いなく居場所がわからなかったからに他ならない。
それは郷田連合の組員にとっても同じようであった。宝石店も組事務所も、また郷田連合の経営してた風俗店も、通常通りそのまま経営していて、警察がその前を張り込んでいたが、それでも何の連絡もない状態であった。
どのような仕組みになっているのかわからないが、組の幹部のほとんどは二回の事件で逮捕されているか病院に入院しているのであるが、その人々も何も知らないのである。携帯電話などもすべて監視しているがその痕跡もない。
一方の「鼠の国」であっても何の情報もなかった。次郎吉も足しげく鼠の国に通ったが、郷田も川上も、煙のように消えたきりどこにもいなかったのである。
「次郎吉さん、何かわかったかい」
いつものように、深夜の善之助の居間に次郎吉は来ていた。
「ああ、やっぱりあの朝日岳御殿にお宝の入り口があったよ」
「そんなところにあって、翌70年もの間見つからなかったなあ」
「ああ、みつからないようになっていた。」
朝日岳御殿は、山頂近くの平らな開けたところがある。その開けたところが、なぜか丸く木が生えていない場所があるのだ。そこまでは鬱蒼とした森の中の山水戸を登らなければならない朝日岳に、山頂近くなると突然に、急に開けた場所があり、木洩れ日ではなく丸く日の光が空から柱になって立っているかのように降り注いでいるのである。
まさに昔の人ならば態様に神がここに降りてきたというような感じではないか。未来の空中に飛ぶエレベーターの筒のような感じでそこに存在しているのである。
一応、科学的に言えば、そこだけは何か地質が違って、あまり大きな木が根付かないということのようである。土の栄養がないのか、あるいは岩盤が硬くて植物の根が張らないのか、いずれにせよその部分が丸く植物が生えない場所があるのだ。
当然に、その丸い場所以外は木が生えており、またそこよりも少し高くなっている場所がある。御殿の上に「日見台」といわれる、その後店よりも高い場所があるのだ。朝日岳御殿から見て、その「日見台」のちょうど裏側、誰もがあまり近づかないところに、低木の藪があり、その藪の向こう側に岩に隠れた入り口がある。入り口といっても何か少し穴が開いているかのような状況になっていて、その奥、表からは見えない場所に、鉄の扉があるのだ。
多くの観光客は、そもそもこの朝日岳には来ないし、この朝日岳に来ても御殿と日見台の上に登って、山頂を極めたということになる。もしもこのうえでキャンプを張るようなことがあっても、水なども登山道の横にあり、なかなか日見台の裏に回ることはないのである。もし回っても登山道自体が、その藪を通らないようになっているので、基本的にはその場所に行くような人はいなかったのであろう。70年の間、全く誰も見ない場所がそこにあったのである。
もちろん、次郎吉は何も言わなかったが、そこに行ったのは時田が一緒にいた。
「なるほど、そんな風になっていたのか」
「まあ、俺の説明が下手だから、うまく伝わってるかわからないが、爺さんのイメージであっても大体はわかると思うよ」
「なるほどな。まあ、70年見つからなかったということはなんとなくわかるよ。いやその低木の藪も、東山将軍が作ったものかもしれないな。そうであるならば、藪も上手く入りやすいような仕掛けがあるのかもしえれない。何しろ東山将軍の上の方の人、華族とかそういう人が来てしまったら、藪を切らなければならないからな」
確かにそうである。中にある財宝などをすべて移動させなければならない。いつまでも穴の中にいても意味がないのである。そのことを考えれば、低木の藪はすぐに伐採できてそこから街に運び出せるようになっているはずなのである。
「そういうことは爺さんに聞いた方が早いな」
「年を取っていると昔のことを知っているからね」
確かにそうなのである。
「問題は、財宝を出す時に、郷田と川上が襲撃してくるのではないかということなんだよ。爺さんの調べでもどこにいるかわからないのだろ」
「ああ、そうなんだ。警察も八方手を尽くして調べていたが、全くわからないのだ」
善之助はため息交じりに言った。
「あの川上の家の銃撃戦の時に、すべてが囮だったみたいなんだ。ああ、いや、鼠の国が調べたんだが」
「まあ、その辺はわからないでもない。だいたいあんなに派手に銃を撃つなんていうのは、間違いなく陽動作戦に違いない。そのうえ車で脱走したのも、陽動作戦をさらにわからないようにしたのであろう。つまり、車の走った方向とは全く異なる方向に、郷田も川上もいるはずなんだ」
善之助という爺さんは、目が見えないだけでもともとはかなり優秀な人物ではなかったのか。今の政治家というのは、わざと自分のことを低く見せて、有権者とは全然違わないというようなポーズをとる。
しかし、そのようなポーズとは裏腹に、本当はそれらをすべて演じ、相手に気づかれないような演技力を持っている。当然に、警察官から議員になったというこの善之助という爺さんも、かなりしたたかな人間であったのに違いない。
「反対方向に逃げた」
「ああ、警察にはそうアドバイスしたんだ。車は八幡山の方に逃げた。ということは反対側の方に違いない」
「爺さん、たぶんそれは違うな」
「違う」
「ああ、そうではなく、そう思わせてたぶん八幡山の方に逃げたに違いない。いや、そうか」
「どうした」
「五つの山、それも石切山の洞窟の中に対ったのであれば、だれも見ることはできないのじゃないか」
「でも、どうやってそっちに逃げる。車も、ヘリコプターもあるんだ」
「マンホールだよ」
「マンホール」
「地下の通路を使えば、当然に逃げ切れる。まさか地下の迷宮を通って石切山までいくとは思えないではないか。違うか、爺さん。石切山の手前で車がわざと捕まれば、警察はそこより奥にはいかないではないか。その間に、郷田と川上は、石切山まで行くことができるのではないか」
「なるほど。確かにそれが最も確実だな」
善之助は感心した。そして、車が逃げた先にあるのは確かに石切山なのである。あの石切山は江戸時代に石を切り出していて、中に大きな洞窟がある。また、その中には水もあるのだ。もともと何かをするために備えていた可能性もある。
「警察を呼ぶか」
「ああ、そしてそのまま小林の婆さんと朝日岳の御殿に来てくれ」
「宝を開けるんだな」
「ああ。今週の末くらいに」
「そうしよう」
次郎吉は缶コーヒーを飲み干すとそのまま消えていった。
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