「日曜小説」 マンホールの中で 3 第四章 3

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第四章 3


 警察は血眼になって脱走した郷田雅和を探していた。同時に、裁判所爆破事件の捜査本部が置かれ、捜査を行っていた。裁判所の爆発物を仕掛けることは、拘置所にいた郷田本人には不可能なのである。当然に、郷田連合の人々が疑われることになったが、しかし、どんなに調べても、郷田連合の組員たちが裁判所に出入りした形跡がないのである。そもそも爆発物をどこからどうやって運び込んだのか、警察に撮ったは謎だらけの事件であった。

連日、テレビや雑誌ではガラスがすべてなくなってしまった裁判所が写され、また、逃走中の郷田雅和の居場所を突き止めるために、郷田の自宅や組の本部などがテレビ画面に映し出されていた。

「逃げているのに自宅に帰ってくると思っているのかな」

 老人会でテレビを見ていた善之助は、小林さんに映っている画面の説明を受けながらそういった。

「そうですね。警察もマスコミも待っているってわかっているところには、帰ってくるはずがないですね」

 小林もそのように言って応対した。小林にしてみれば、自分の家に伝わる宝石が裁判の証拠として持ち込まれていたはずなのに、それが郷田と一緒に消えてしまっているのである。確かなことはわからないが、郷田が持って行ったのではないかとマスコミは連日、宝石の行方も含めて報道していた。

「しかしどこに逃げたんだろうね」

「そりゃ、あれだけの組織を持っているんですから、逃げる場所とか、知られていない隠れ家なんかあるんじゃないでしょうかね。それとも、何か他の仲間がいて、その人がかくまっているのかもしれません」

 小林の意見は意外と的を得ていた。マスコミは、このような時に郷田が逃げたというところで象徴的なところ、例えば郷田という表札の書かている自宅や郷田連合のマークのある事務所しか映すことはしない。しかし、例えば宝石屋のように全く関係がないように見せながら、郷田連合が関係している場所などはたくさんある。そのようなところは、マスコミは報道しないのである。

「それにしても何の動きもないね。誰もいないみたいに静まり返っている」

「そう見えるのか」

「はい、善之助さん。何も動かないんですよ」

 善之助は、この裁判所爆破事件の前から会っていない次郎吉に無償に会いたくなった。きっと次郎吉ならば何かを知っているに違いない。爆発事件も何も、何かがおかしいのである。

「いや、ここまで何もいなくなるとは思わなかったな」

 そのころ次郎吉は、郷田の家の中に忍び込んでいた。

「それにしてもめぼしいものはみな持って行ってしまっているようだな」

 裁判所が爆発したときに、何らかの連絡があったのであろう。警察官などがここに到着する前に、めぼしいものをもって、夜逃げした感じである。それ以降数日しかたっていないが、誰も中に入っていないのではないか。

多分、郷田自身は川上の家か、あるいはその周辺の隠れ家にいるに違いない。問題はこの郷田の自宅に宝石に関する資料が残されているかどうかだ。以前忍び込んだ時の記憶を頼りに、郷田雅和の寝室に忍び込んだ。ベッドの周辺、いや、確かベッドの下に隠し金庫があって、そこに宝石があったはずだ。ということは、その金庫の中に何らかの資料が隠されている可能性もあるのだ。ベッドが動いていないところを見ると、どうやら郷田雅和の身辺の人間は、この宝石の使い方に関してはわかっていなかったようである。他の金庫のふたは空いているが、ベッドの下の金庫は全く開けた形跡がない。

「さてさて、これを開けるのは大変だな」

 そんなに大きな金庫ではない。次郎吉は、周辺を丁寧に壊して金庫ごと持って出てしまった。


「久しぶりだな」

 ほんの数日しかたっていない。しかし、善之助にとっても次郎吉にとっても、何カ月もあっていないように長く感じていた。この日、善之助は小林たちと別れ、久しぶりに川下のマンホールの中の部屋に入ってきたのである。

「爺さん、久しぶりだな」

「それにしてもすごい事件だったな」

「ああ、まさか裁判所後と吹っ飛ばすとは思っていなかったよ」

「テレビによると、死傷者は百人を超えたというぞ」

「そうだろうね。あれだけの爆発だ」

「その爆発の中から逃げたのだから、よほど良いタイミングであったのに違いない」

 誰にでもそう見えるな。次郎吉はそう思った。まさか時田が裏で糸を引いているとはだれも思わない。

「次郎吉さんが裁判所にはいくなと教えてくれたから、命拾いをしたよ。何しろあの爆発の中で目の見えない年寄りがいたら、絶対に死んでいるだろうからね」

「確かにそうだな。いや、生きててよかったよ」

「小林の婆さんも、老人会の人は誰も言っていなかったから助かったよ」

「関係の人ではみんな大丈夫だったのかい」

「後輩の警察官が数名、でも直接知っている人ではないし。それに死んだわけではない。ニュースによると、爆発は給湯器の近辺と裁判所事務官の部屋、そして、入り口のあたりが中心ではないかといっていた。給湯器は、ガスだから爆発しても不思議はないが、事務官の部屋というのは、爆弾を仕掛けるのは大変だろう。もちろん、次郎吉さんのように忍び込める人は別だが」

 善之助は、打ちっぱなしのコンクリートの中で響くような大声でそういった。まあ誰も聞いていないからいいが、町中で話されたら、慌てて口をふさがなければならないようなことだ。

「爺さん、まあ、俺はあの時裁判所に入っていないし、爆弾を仕掛けるようなことはしていないから安心してよ。だいたい、本物の宝石はここにあるんだから、あそこで、爆破をする必要はないということさ」

「そうだ。つまりは郷田を助けたあっちの仲間にも、裁判所の事務官室に入って爆発物を仕掛けられるような人物がいるということだな」

「そうなるな。まあ、あれだけカメラがある建物ならば、当然に、どこかに映っているだろうよ。何しろ、泥棒の俺だって中に入るのははばかられたくらいだから」

 郷田や川上の周辺にも泥棒がいる。これは、以前川上の家に忍び込んだ時にマンホールの中で追いかけられた記憶がよみがえる一言だった。そういえば、郷田の周辺のことは何もわかっていない。そういえば、裁判所の爆発から、なぜすぐに郷田の家からものを持ち去って、家の中に人がいないということができるのであろうか。考えてみれば、時田が仕掛けた爆発物を郷田側が知っていたということにもなりうる話だ。お互いに相手のスパイがいる。そう考えた方が正しいのではないか。

「ところで、次郎吉さんは何をしていたのかな」

「八幡山に上って八幡様にお参りしていたよ」

「調べに行っていたのか。何か見つかったかい」

「いや、何も」

 次郎吉は八幡山で時田と会ったことなどは何も言わなかった。時田から口止めされているからではなく、なんとなく言ってはいけない気がした。

「ところで爺さん。猫は、三つ。△・マル・ヨンだ。でも、本営に書いてあったのは、五か所の子供に宝石を持たせとある。つまり、東山資金のカギとなる宝石は五つあることになる。つまり、そのカギをどこかから取り出さなければならないということになるんだが、何かわかるかな」

「つまり、三つの宝石で、五つのカギが出てくる。それを合わせると試算が出てくるということであろう」

「そうだ」

「その五つは、避難場所であった八幡山・城山・平岳山・眉山・石切山ということになる。しかし、三つの宝石で出したカギがなければ、そこにある資金は出てこないということになるということだろ。」

 先日の時田と同じ話である。

「そこで、郷田の家に行って金庫を開けてみてきたが、その中にあったのがこの資料だ。まあ爺さんは読めないから読むと、五つのカギを使って御所の箱を開けよ、と書いてあったんだ」

「御所、東京か、あるいは長野県の松代か」

「そんなところなら、東山将軍といえども簡単に資金を隠せないだろう」

「そうだな、ということはこの奥にある御所岳だな。若い人は知らないが、県境にある朝日岳のことを、昔は、御所岳と呼んでいたんだ。なんだか知らないが、私が現職の景観だった時に、あそこで殺人事件があって、『御所で殺人』と大きく報じられたので、御所岳という名称は使わないようにしたんだよ。何しろ、あの山は山頂が平らでちょうど御所が立っていたかのような感じだったんでな。天上界から神が下りてきたときの御所だといっていたんだよ」

 さすがに善之助はこの町のことをよく知っている。なるほど、そういうことか。朝日岳の隣の山が八幡宮の奥の院だ。それならば納得できる。

「爺さん、それはいい情報だよ。あとは五つのカギだな」

 次郎吉は、また一歩近づいた感じがした。

宇田川源流

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