「日曜小説」 マンホールの中で 3 第三章 9
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第三章 9
「ということなんだよ爺さん」
ずいぶんと久しぶりに家の中に入ってきた次郎吉は、かなり興奮していた。
「まあまあ、これでも飲みなさい」
善之助はいつものように、手探りで茶箪笥を開けると、中から缶コーヒーを取り出して、次郎吉の声のする方に置いた。明るさはわかるが、このように夜になり電気もつけていないと完全に目が見えないので、声のする方にコーヒー缶を置くしかできなかった。
それにしても次郎吉が言ったことはにわかには信じられない話である。そもそも途絶えたと思った「時田校長」の子孫が残っていて、それが鼠の国のボスであったということだ。
ということは、今までのことは、すべて時田の画策した企画の中で動かされているものであるかのような気がする。いや、よくよく考えれば、猫の置物が隣町の質屋の倉庫にあったことも、実は時田がやったことなのかもしれない。いや、そもそも猫の置物を盗んだことも、時田と郷田の対立から出てきたのではないか。そのように思えるのである。
つまり、郷田が川上と組んで反乱を起こし、そして、東山資金を独り占めしようとした。しかし、その内容に対して時田が動いて阻止しようとしたところ、もう一人の当事者である小林と、その小林の横で動いている善之助と次郎吉が出てきたということになるのである。偶然にしてはできすぎている話だ。
しかし、何かそれに反論する材料があるるわけではない。また小林さんに聞いたところで、小林さんも嫁であり竹から来た人だから、そのようなことがわかるはずもないのである。
「そもそも、鼠の国というのはいったい何なのだ」
今まで善之助が聞いていた「鼠の国」というものは、ただ単に犯罪者のオアシスであった。もともとお天道様の下をまともに歩けない人々が、マンホールの中で鼠のように肩を寄せ合って暮らしている。そんなイメージの場所ではなかったか。その意味で「鼠」ということを言っていたはずである。
しかし、その王国の王様が時田校長の一族であるということになれば、少し意味合いは変わってくるのではないか。
「爺さん、どういうことだ」
「いや、別に変な意味ではないのだが、時田の子孫が鼠の国をやっていて、そのうえ郷田と川上が組んで東山の資産を狙っているというのは何か意味があるのかなと思って」
「確かに、そのうえ、東山の息子が作った像は猫だったな。爺さん」
「鼠の天敵ということか」
「そうなんだ。そうやって考えると何かありそうな気がするんだ。時田はすべて知っていた。よくよく考えればもともとが東山少々の子孫が作った猫の置物があって、そして、その東山の腹心として街を守ろうとしたのが、時田と郷田と小林。時田は途中でいなくなってその腹心の川上に地位を譲ったということになる。そして、郷田はその川上と組んで時田を脅し、宝石を取り上げた。小林は何も動いていない。その中で時田が郷田・川上グループと敵対しているということ。まあ、人間関係としておかしなところはない。70年前の家の対立がそのまま残っているとしか言いようがないが」
「でも、次郎吉さんよ。そもそも時田はなぜそんなに力あるんだ。それも地下に要塞のような街をそのまま作って、鼠の国をつった財力はいったいどこから来たのだ。」
そうだ、時田はいつからそんなに権力を持ち、そしていつから今のようなことをやっているのであろうか。そして、その権力の源は何なのか。
「それに次郎吉さん。そもそもの根源である東山はなぜ没落してしまったのだ」
確かにそうだ。今登場している名前で、普通にサラリーマンをやっているのは、東山一人である。暴力団に、不動産、そして広大な農家、どれもなかなかの家柄である。いや、今動いている人々が、何か陰でこの町を支配しているような感じになっているのではないか。
「爺さん、確かにいろいろ疑問はあるし、さまざまな考えが出てくるが、しかし、いまはそんな謎の解明は後回しにして、東山資金を考えないといけないのかもしれない。だいたい、東山の息子が猫の置物をどうして作ったのか、それは本人が洪水で死んでしまったんだからもう調べようがないからな。」
その通りである。次郎吉の言う通り、とりあえず今は東山資金、いや、その前に裁判所にある宝石をどうやって盗むかということに資かならないのである。
「ところで、盗むまではしなくてよいが、今裁判所にある宝石を見ることはできないかな」
善之助は突然思い出したように言った。
「なぜ」
「いや、昔警察官であったころ、変な詐欺師がいてな。そいつも宝石を盗むのが専門だったが、事前にその宝石を視察して巧妙に細工してガラスとかアクリルで全く同じものを作っているんだ。そして盗んだ後、それを置いてくるような奴だったんだ。ちょっと気になって宝石箱を開けたくらいではわからないことの方が多いくらいに、精巧に作ってあるやつでな。そりゃ鑑定士が見ればすぐに偽物と見破るかもしれないが、そういったことができれば楽に盗めるのではないかと思って。」
「爺さん、その泥棒どうしてる」
「いや、半年前位に出てきて、挨拶に来たよ。こっちが目が見えなくなっていること言驚いていたがね。模型とか作るときは声かけてくれって連絡よこしてくれたんだ。次郎吉さんが来ない間に、ふとそんなことを思い出してな」
善之助は、なんとなくそんなことを言い始めた。
「爺さん、それが本当ならば、かなり役立つことになる」
「というのは」
「いや、10日に裁判に出たときには、川上や郷田の奴も狙っているはずだ。ということは、宝石をとるのはその前後、郷田がとって行った後か、裁判に出る前に出さなきゃならないんだ。しかし、そんなに精巧な模型ならば、今のうちに盗むことができる。もっと早く思いだしてくれればいいのに」
次郎吉は、笑いながら言った。もちろん悪意などはない。何か次郎吉が頭の中でひらめいた証拠である。
「何を考えたのだ」
「要するに、郷田の仲間が宝石を取りに来た時は、その宝石はすでにないという状態にすればよいのだろ。ということは精巧な模型を作って、なおかつ、それを郷田に盗ませればよい。」
「そんなにうまくゆくか」
「郷田と川上は、当然にそれが本物であると思って盗みに来る。なぜならば裁判所にカメラを仕掛けていて、それを見て安心しているからだよ。だから小林の婆さんのところで使った電波の装置を使って、そのうえで映像をそのまま固定し、そして宝石を盗めば、奴らは本物ということで誤解するに違いない」
「なるほどな」
次郎吉はその足で裁判所に忍び込んだ。まずは、裁判所の中のカメラをすべてハッキングして、そのうえで、事務官室の金庫の中の宝石をすべて写真に撮って戻ってきたのである。
「爺さんには見えないかもしれないが、そいつにこれを作るように言ってくれないか」
「わかった」
善之助は、すぐにその泥棒に連絡をすると、模型を作りらせた。その出来栄えは、次郎吉が見ても驚くほど本物に近いものであった。
「どうかな」
「いやすごい。しかし、泥棒の業界ではあまり知られていない人間だが」
「そうだろう。もともとは泥棒ではなかったんだ。どうも模型を作る職人であったらしい。それは生活に困ってな。それで盗みをはたらくようになった。次郎吉さんの言葉を借りれば、理念も哲学もない単なるコソ泥だから、あまり泥棒の業界では有名ではなかったみたいだ。」
「なるほどね。で、今はそいつは何をしているんだ」
「老人会で世話をして、老人施設の中で老人にモノづくりの技術を教える職員をしながら、建築現場でガラス細工とかそんなことをやらせている。老人会が面倒みているから、一番安心できるんだ」
なるほど、善之助の言う老人会というのはそういうこともやっているのか。次郎吉は感心した。
「じゃあ、今晩行ってくるよ」
「ああ」
次郎吉の凄さは、ほんとうに何事もなかったように帰ってくることである。翌日の朝、善之助の家のちゃぶ台には、箱の中に入った宝石があった。これですべてがそろったことになるのである。
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