「日曜小説」 マンホールの中で 3 第三章 6

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第三章 6


「警察署の証拠保管室は一回の東の奥にある」

 さすがに善之助は元警察官だけある。警察官は、本来OBであっても守秘義務がある。ましてや証拠保管室の中からそのような盗みを働こうとするなど、許されることではないことは明らかなのであるが、しかし、善之助もなぜか今回だけは許されるのではないかというような感覚になってしまっていた。いや、次郎吉のやる「泥棒」にはなんとなくそのように思わせる何かがあるのである。

なんというか、私利私欲のためというような者ではない。何か、盗むことが社会貢献であるかのような感覚が善之助の中に芽生えていたのである。もちろんよくない。しかし、そのよくないことが「正義」であると思えてしまうのである。

「爺さん、俺は爺さんをあまり泥棒の世界に巻き込むことはしないつもりだったのだが。」

「そんなことを言うなよ。」

「いや、泥棒はやはり泥棒稼業のお勤めを、素人、それも目の見えない善人を巻き込んじゃいけないんじゃないかと思う」

「何を言い出すんだ。今さら」

「いや、そういうもんだろう。いや、爺さんを仲間外れにするというのではない。というか、そもそも二人しかいないんだ。だからこっちもどうしても爺さんに甘えてしまっている。でもな、やはり爺さんが元警察官でそのうえ、議員までやってた。その爺さんに警察の中を説明させるのは違う。視察は俺がやる。爺さん、別に爺さんに何か問題があるとか嫌いになったというような話じゃないんだ。」

 次郎吉からすれば、善之助からの以来であり、また善之助の周囲が協力的であるだけに、どうしても甘えて楽をしたいという気分になる。しかし、本来素人を使うのは間違えている。もちろん、善之助は全盲の老人であり、次郎吉の顔もわからない。それだけではなく、盗もうとしている宝石も見えていないのである。それだけに何かがあっても善之助の影響が及ぶことはまずないと思われる。しかし、だからといって善之助の手を借りてよいというものではないのである。

もしも何かあった場合に、善之助に疑いがかけられることは良くないし、また、何か失敗して、次郎吉に何かがあった時も善之助は罪悪感に苛まれることになる。それはそれでよくないことなのである。善之助が次郎吉を利用して、自分の望みが敵わないときは良い。それも小林のばあさんの時みたいに、特に何か問題があるわけではなく、向こうの問題を解決するというようなことは良いのである。そうではなく、鼠の国から出てきたこちらが、気質を使ってはいけないのである。

「いや、目は見えなくても記憶は・・・・・・」

「爺さんいいよ。ありがとう。まあ何とかするよ」

 次郎吉はそういうと出ていった。

それからしばらく、次郎吉が善之助のところに姿を現すことはなかった。ただ、次郎吉から言われているので、警察署に行くことだけはしなかったのである。いつもの退屈な日常が戻ってきてしまった。

「あのやくざの郷田さんが捕まったらしいのよ」

「へえ、まあ、暴力団だからなあ」

「なんでも小林さんのところの宝石を盗んだんだって」

「盗んだ。暴力団がかい。強盗とかならわかるけど、泥棒でもないのに」

「でも、郷田の家から宝石は見つかったらしいよ」

 街中ではそんな噂が流れていた。善之助からすれば、すでに何日も前によくわかっている話である。いや、もしかしたら自分が当事者なのである。しかし、そんなことを誰かに言えるはずもない。善之助からすれば、大衆の中の孤独を味わうような感じになってしまっていた。

「おお、小林さん。宝石は戻ってきたかい」

 老人会に久しぶりに姿を見せた小林さんに善之助は声をかけた。

「善さん、それがね。裁判が終わるまでは返せないっていうんだよ。警察っていうのはそんなところなのかい。私の宝石を私のところに帰せないなんて」

「まあ、それは仕方がないね。裁判っていうのはそうやって証拠を出さなきゃならないところだから」

 善之助は、自分でそのように説明をしてふと思った。

<警察の保管庫よりも、裁判所の方が盗みやすいのではないか>

そうだ、証拠品であるということは、当然に警察から検察に入り、そしてその後裁判資料として裁判所に預けられる。裁判所は、警察などよりも保管品の管理は甘いところである。もちろん、それでもトップレベルであるが、しかし、警察のように警察官が常に常駐しているような場所ではない。次郎吉はそこを狙うのではないか。

「小林さんの裁判はいつだったか」

「来月の10日だって」

「来月かあ」

 何かの方法で次郎吉に教えなければならない。まさにそのように考えているしかなかった。

一方の次郎吉は、それ以上に「運んでいる時」を狙っていた。来月の裁判の時に使うということはよくわかっている。実際に現品を裁判所に持ち込んで、その裁判所に持ち込んだものを、一時保管し、そして最終的には写真を撮って、その写真と現品を比べ、なおかつその写真が現品であるかのようにして裁判というものは進められる。証拠はあくまでの書証であり、物証は一度確認されれば、その確認で何とかなるというような感じになるからだ。つまり、裁判で確認された後の帰りの輸送の時は、裁判の維持に支障がないし、また、裁判そのものはやっているので、輸送中に警備が少ないという特徴がある。

そこを狙うしかないのである。

「ではどうしたらよいのか」

 最低でも警備員は複数人いて、なおかつ他の書類や物証も同じに入っている。つまり、一緒に出てきた拳銃などもそのまま押収され、押収品目の中に入っている。それらはジェラルミンのアタッシュケースに入れられ、それ一つにつき二人の警備員が付く。その中のどのケースの中にお目当ての宝石が入っているのかということが確認できなければならない。

もちろん、裁判所の方も、そのことはよくわかっていて、狙われないように、同じようなケースばかりを使っていて番号などはついていない。つまり、ケースの中にしまうところを見ていなければ、わからないということになってしまうのである。

「車を狙うか、人を狙うか」

 次郎吉は悩んだ。

次郎吉はそう思いながら裁判所の中をうろついていた。もちろん裁判を傍聴をするというような感じで裁判所の中を歩いていることは別におかしな話ではないし、また、その中で裁判所の構造などを学ぶこともそんなにおかしなことではない。トイレに行き迷ったふりをすれば、そんなにおかしな話ではないのである。

しかし、裁判っしょというのは職員の通る廊下と一般の人が通る場所は全く異なるのである。つまり、どこかに忍び込んで、裁判所の人々が動くところを見張らなければならないのである。

次郎吉は、そのことをつかみ、刑事事件を裁判する法廷を見た後、その刑事部の裁判官や事務官がいる場所を突き止めた。そして、その夜中に忍び込んだ。

「なんだこれは」

 裁判所は当然にそのように忍び込むことを考えて、様々な侵入防止策が出されている。そのことは次郎吉もよくわかっていた。しかし、それとは別のカメラやマイクがついているのだ。

「要するに、俺以外にもう一人お客さんがいるってことか。」

 もちろん、郷田連合のグループであろう。要するに郷田グループもこの廊下で見ていて、その中でどこか盗み出すつもりのようなのである。

「なるほどね」

 次郎吉は笑って、次の作戦を練るしかなかった。

宇田川源流

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