「日曜小説」 マンホールの中で 3 第三章 1
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第三章 1
簡単に宝石を盗み出すといっても、そんなに簡単なものではない。宝石は基本的には貴金属であると思われており、なおかつ価値があるものと考えられている。だから、様々な人がその宝石に関して憧憬の念を持つものなのだ。
しかし、ある一定の条件において、その宝石そのものが、宝石だけの価値ではなくその物以上の価値になることがある。宝石が何か別な芸術品の一部になっていたり、あるいは、宝石が何かの地位を示す道具になっていたりという場合がそれである。そのような宝石は、同種の宝石はいくらでもあっても、その宝石でなければならないという状況になってしまうものであり、「たくさんあるうちの一つ」ではなく「この世の中で唯一の存在」となってしまうのである。同じダイヤモンドでも、また、同じカラット数の物であっても、そのような代替品になるものはなく、世界で唯一の宝石ということになる。当然にそのような宝石は価値が上がることになる。
では、今回の宝石はどうであろうか。
マル・△・ヨンと書かれた猫の置物、そこに示された内容は簡単に言えば、なんだかわからない記号でしかないが、それがある一定の法則を持てば、そこにお宝が眠っている宝のカギになっているということになる。しかし、そのことはまだ誰も知らない。実際に善之助と次郎吉しか知らないのである。つまり、今、何も知らない人にこの宝石の話をすれば、単なる宝石の価値しかないものということになるが、しかし、知っている人からすれば、隠されている「東山財宝」といわれるものの価値を包含しただけの価値になってしまうのである。
その中で「△」は、暴力団組織の郷田連合が持っていることは明らかである。これは次郎吉の苦い経験からも明らかである。ただし、郷田連合の事務所にあるのか、あるいは郷田連合のやっている宝石店「ジュエリーエス」の金庫にあるのか、全くわからない。もしかしたら郷田組長の自宅かもしれないし、銀行の貸金庫や、他の風俗店に隠してあるかもしれないのである。
一方「ヨン」といわれるものは、実はこの町の不動産屋の小林さんが持っているものであったが、前回の別な事件の時にその小林さんから盗んで、泥棒市場に売ってしまっている。もちろん、そのほかにもたくさんあった宝石の中のどれが「ヨン」なのか全く見当がつかない。そこで、そのすべてを泥棒市場から戻さなければならないのであるが、しかし、泥棒業界の掟でそのようなことは許されない。そこで、泥棒市場から誰かが買い取ったら、そこから盗み出すしか方法はないのである。
そして最後の「マル」である。これは誰が持っているのか、そして、どのような形態の物なのか、全くわからないのである。わからない者は調べなければならない。調べるといっても、現在手掛かりがあるのは、この財宝を隠したとされる東山将軍の一族である東山家の人々か、あるいは、その東山将軍の部下であった小林さんの家のどちらかしかないのである。
「爺さん、小林の会社に行ってみたんだが、全く手掛かりがなかった」
「手がかりがない。それはどういうことだ」
善之助は、それとなく、小林のばあさんに話を聞き、息子が社長をやっている不動産屋が誰もいなくなる時間などをすべて聞き出していた。カメラの位置まで聞き出していたのであるから、善之助爺さんも素晴らしい働きをする。目が見えないことと年を取っていることが残念である。たぶん、この二つがなければ泥棒の中でも優秀な働きをしたに違いない。
「爺さんに聞いて、カメラをうまく操作して、そのまま会社の中に入るまでは良かったのだが、実際のところ、金庫の中は金と最近の不動産の見取り図とかばかり、あとは会社の印鑑とかしかなかった。それにそのほかの物を見たが、そこも何もなかったんだ」
「そういえば、小林さんに聞いた時に、あの会社の建物は、小林さんの御主人が建てたものだから全部新しいものばかりといっていた」
「そうか。まあ、それでも他に家の中や前の事務所から大事なものは持ってきていると思うんだが、それも何もなかったんだ」
「だいたい、次郎吉さんはどのようなものを探しているのか」
善之助は、さっぱりわからなかった。そもそもどのようなものを探していて、そこに何が書かれていればよいのか。単純に言えば、「マル」の資料があればよい。しかし、そんなに簡単に、また直接的に書いてあるとは限らない。そこで、当時の軍の組織表や財宝の隠し場所に関するもの、または街の人々を避難させる山に関する資料があればよいのである。しかし、そのような資料はどのような形をしているのであろうか。
「爺さん、だいたい、爺さんであれば、大事なものをどこにメモする」
「どこって、私の場合は目が見えないからメモなんて取らないよ」
「そりゃそうだが、目が見えていた時期もあるんだろ。その時はどうしていた」
「昔は警察官だったから、当然に、警察手帳やそのほかのメモ帳にしっかりとメモを取っていたよ。警察手帳といっても今は外国の身分証明書みたいになっているが、昔は、警察手帳と書いた黒い手帳で、その中に様々書きこめるようになっていたんだ。だからその手帳をそのままメモに使い、そのメモを次の手帳に書き写すのがいつも仕事をしている実感のあった仕事だったんだよ」
「爺さんの昔話はいいとして、では、東山少将の時代はそんな手帳はあったのか」
「いや、ない。いや、ないと思う。また、隠し財産やなんやらしなければならないように、メモなどを残していたら、アメリカ軍に攻められたとき、大変なことになっていたであろう。だからメモは残さなかったと思う」
「そうだ、メモを残さなかったから、何らかのことで、記録が残り、それを東山正信が彫刻の底に彫ったんだよ。ということは、東山正信は何を見てマルとか、△とか書いたのか。それはわかるのか」
確かにそのとおりである。猫の置物は、東山将軍がいたころの作品ではなく、そのひ孫である東山正信の作品である。そして東山正信は、東山将軍とあって居るかどうかは別にして、少なくとも作品を作った時に、東山将軍はこの世にいない。ならば東山正信はどうやってこの中の文句を書いたのであろうか。
「なるほど、そうだな。しかし、東山正信の親とかは全く知らないのだろ。つまり、何か口伝えで正信がそれを書いたというのではないということだな。」
「ああ、正信の親は、まだしっかりしているが、何もわかっていない」
「ならば、東山の家に何か残っているのではないか」
「家ではなく、東山の作業場かもしれない」
「しかし、作業場は流れてしまっているのではないか」
その通りだ。そもそも作業場にいるときに、洪水に遭遇し、そこで正信は若い命を落としたのである。
「では、東山の筋はだめとして、小林さんの方をあたるしかない」
「で、爺さん、小林さんの立場になって、もっとも大事なもの、それも先祖に関することや一家に関することならば、そのような宝はどこに隠す」
「神棚か、金庫か」
「神棚・・・・・・そうか」
次郎吉は思い出した。そういえば、小林さんの事件の時に、嫁が宝石を持ち出そうとした。その時小林のばあさんは、庭の祠の社の下に宝石を隠しているのである。それだけに、金庫が狙われているときも全く関係なく、小林さんは過ごしていたのである。
「気が付かなかったな。あの庭の社だ。爺さん、ちょっとこのまま、一時間くらい待っていてくれるか」
「一時間。こんな夜中にここで待っていろというのか」
「ああ、小林さんの家の社にちょっと行って来るだけだから。今回は家の中ではなく庭に入るだけだから簡単だよ」
「社の中に何かあるのか」
「さあ、何があるかわからない。しかし、行ってみない手はない。まあ、簡単に済むから一時間もかからないと思うよ」
そういうと、次郎吉はすぐに出て行った。善之助は仕方なく、見えない目で器用にお茶を入れ、ラジオをつけて茶の間に座って待っていた。深夜番組の人番組が終わるころ、ごとごと音がして、そのまま、善之助が戻ってきた。
「爺さん、社の屋根のところに、手帳があったよ。」
「手帳」
「警察手帳とは違うが、この中には、この町のアメリカ軍と戦う戦略が書いてある」
「なるほど」
次郎吉は少し黙って読み進めた。
「黙っていないでなんとか言えよ」
「いや、まあ、ちょっと待って。あ、いやいや、これはすごい。この町全体を要塞化してそのまま戦う予定だったんだ。この規模だと、この町の下には、この町がすっぽりと収まるくらいの要塞があって、全員その中に入ることができる感じだな。それで、その時の一つのグループの上が、小林、もう一つの上が、時田校長と書いてある」
「時田校長」
「ああ、爺さんが言っていたように、子供を守り将来の日本を立て直すということならば、子供に最も信頼があった小学校の校長先生だろう」
「なるほど、では、今度は私はその時田という人を探ればよいのだな」
「ああ、爺さん頼むよ。その間にこの手帳をよく読んでおくから」
「分かった」
次郎吉は、善之助の肩を軽く二回ポンポンと叩くと、そのまま出て行った。
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