「日曜小説」 マンホールの中で 2 第二章 3
「日曜小説」 マンホールの中で 2
第二章 3
「それで、どうなったんだ」
善之助は、とにかく先が聞きたくて仕方がなかった。非常に好奇心が強く、他人のことでも何でもすぐに首を突っ込んでゆく性格である。警察官としてはそれでよかったし、またその後の議員としても、様々なことに興味を持って議論することはおかしな話ではない。
しかし、単に老人会の世話役をやっているだけでは、何の役にも立たない。この小林さんの件は、そして次郎吉との間では、何を言ってもかまわないし、興味本位で物事を話してもよいと思っているのである。
「まずは、幽霊の狙い、いや嫁さんの狙いだ」
「嫁さんの狙い。そんなもの金しかないだろう」
「ああ、それでも単純に預金ならば何とかなる。あのような女は意外としっかりしているから、自分の資金には手を付けず、他人の資金だけを何とかしようとするんだ。そのうえ、その金が、小林の家みたいにたくさんある場合は、預金だけではなく、不動産やそのほかのお宝を売却するという手もある。」
「なるほど、金目のものが多いということか」
次郎吉は納得した。単純に預金を下ろさせる、最近で言うような「○○詐欺」のような感じの内容であれば、小林さんにお金を下ろさせて持ってゆけばよい。しかし、不動産となると実印や権利書など様々なものが必要になり、その内容を金庫から出させないとならない。そのうえ本人の処分の意思が必要であるから、小林さん自身に売るような形にしなければならない。つまり「印鑑を押させる」という行為を伴うことになる。
本人に様々なことを「やらせる」ということになれば、それは単純に盗むとかそういうものではない。つまり、何かを信じさせて、本人に行動を起こさせなければならない。
「つまり、幽霊の狙いは泥棒ではなく詐欺であるということだ」
次郎吉はそういった。犯罪というのはこのようにして物事ができてくる。単純に言って、何のために何をさせるのかということだ。
「詐欺というのは、何かを信じさせて、だまして、そのうえで金を出させるという行為だろ」
「ああそうだ。」
「そのだます行為を、幽霊で行って信じさせるということになる」
「なるほど」
「ということは、一つ目は幽霊そのものを信じられない存在にすればよい」
確かにその通りだ。さすがに泥棒は犯罪のことをよく知っている。
基本的に、被害者というかだまされる側の心理にならなければ、犯罪などはうまくゆくものではない。そのように考えれば、今回の件でも、小林さんがなぜ幽霊を信じたのかということを考えればよい。
そのように考えれば、小林さんはたしか「自分が転びそうになった時など幽霊が見てるように注意してくれる」といっていた。つまり、幽霊は小林さんにとってこころを許せる味方なのである。この人(幽霊)ならば信用して問題がないと思う、そのような心理が働き、一見、おかしいと思うようなことでも、そのおかしさがわからなくなって、そのまま詐欺の被害者になってしまう。
そういえば、昔まだ「○○詐欺」が流行り始めたころ、老人がだまされていることを知っていながらお金を詐欺師に渡したという事案があった。その老人は子供も都会に出て行ってしまっていて、話す相手もなく、自分に対して心遣いをしてくれる若い人がいないということを嘆いていた。
そこに詐欺師が電話をかけてきたというのである。息子と名乗る詐欺師のことを、息子ではないと知りつつ話をする老人はどのような気持ちであったのか。もうあまり使うこともないであろうお金のことよりも、その時のうれしい、若い人と話すことができたという喜びの方を優先したということになるのではないか。
この事案の場合、詐欺師が逮捕されてもっとも悲しんだのは被害者の老人であった。
もちろん詐欺がよいということではないし、詐欺は犯罪であるからやってはいけないのであるが、詐欺にかかってしまう老人の心理や、普段からのコミュニケーション、そしてその周辺のことなどを改善するというようなことはできないのであろうか。そのような社会のひずみにおいて、詐欺師はうまく心理をついてくる。そして、次郎吉はそのことがよくわかっている。次郎吉は正直な人間だから人をだましたりはしない。しかし、やはり同じ犯罪者だから、その犯罪者の狙いや心理、犯罪者側の視点で物事を見ている。社会がひずみとして忘れ去ってしまっている部分をよくわかっているのである。
「それでどうしたんだ」
「簡単だよ。俺は泥棒だからね」
「あれか、この前みたいに電波発信機を盗んだのか」
そういえば、先日は盗んできていた。しかし、次郎吉は首を横に振った。むろん、善之助にはその表情は見えていない。見えていないから首を振るだけにしたのかもしれない。首を振ったのは、違うという意思表示なのか、あるいは、善之助がわかっていなかったから呆れてしまったということなのか、いずれにせよ、善之助がわかるような音にはしなかった。次郎吉の善之助への思いやりである。
「爺さん、それじゃあ幽霊がいなくなってしまう。」
「急にいなくなれば信用が無くなるだろう」
「まさか。そもそも幽霊は本物の幽霊ではなくて、嫁さんなんだよ。まあ、電波発信機がなくなれば、まず誰かが盗んだということがばれてしまって、警戒するし小林さんへの詐欺の方法も変わってくる。もしも電波発信機が盗まれたと思わない、まあ、鼠か何かが持っていったと思っても、また電波発信機をつけて、幽霊が出てくるだけだ」
「そうか」
確かに、うまくゆくと思った方法は、そのまま継続するし、ばれたと思えば、何か他の方法を考える。今回のような詐欺には、そもそも金銭を手にするという目的があるのだから、その目的を果たすまで犯罪、いや幽霊は継続することになるのである。
「ではどうするのだ。方法がないではないか」
「いや、幽霊がその場にあると考えているところに、そのものがなければよい」
「なに」
「要するに、金庫の中に権利書や実印がなければよい」
「どういうことだ」
善之助は何を言っているのか意味が分からなかった。
「おいおい、爺さん。例えばここに何でも知っている有利が出てて、その後ろの茶箪笥の中に百万円隠してあるといったとしよう」
「そんな大金はないが」
「例え話しだよ。爺さんがそこを見ていると本当に百万円入っているとすると、自分が隠しておいて忘れたのかと思う。しかし、幽霊は自分の代わりに知っていたということになるな」
「ああ、そりゃ幽霊は、私の代わりに何でも見ているのであろうから、、、」
「では、幽霊に言われてその場に百万円が入ってなかったらどうする」
「そりゃ、幽霊がガセネタをつかませたということになろう……あっ」
「そうだ。わかった」
「ああ、つまり幽霊がいいそうなものをすべて間違いにすればよい」
「小林さんがどんなにいい人でも4・5回ガセネタが続けば、さすがに幽霊は何かおかしいと思うだろう」
なるほど。善之助は思った。確かに、幽霊の発言が正しかったり、あるいは、幽霊の言葉が、他の人の言葉よりも優しかったりするということが最も大きな問題なのである。では、幽霊の発言がすべて間違いならば、例えば小林さんが幽霊の存在を信じていたままであったとしても、幽霊の言うことは信じなくなる。つまり、幽霊が嘘つきであり信じてはいけない存在になるのである。
「で、どうした」
「簡単だよ。まずは、小林さんの金庫から実印や権利書など金目のものはすべて盗んでおいた」
「おい」
「大丈夫だ、しばらく他のところで預かっておくだけだ」
「小林さんの家に隠しておくわけにはいかないのか」
「それでもよいが、そんなことをするよりは、あとから別な使い道があるから」
嘘つきは泥棒の始まりというが、まあ、信じられるのかどうかということはなかなか難しい。しかし、ここは次郎吉を信じておかなければならないし、それ以外に方法はない。まあ、ひどい言い方をすれば嫁に取られるか、次郎吉に盗られるかという違いでしかないのである。
「まあ、一応聞いておくが、どんな使い方なのかな」
「今まで言わなった爺さんだから信用すれば、そのうちもう一つ電波発信機をつけて、混線させ、こっちがもう一人の幽霊になり、こっちの幽霊のいうところに資産があるというようにするということかな」
「なるほど」
もう一人幽霊が出てくる。まあ、ある意味天使と悪魔のようなものか。善之助はそんなことを考えながら聞いていた。
「それで、もう実行したのか」
「ああ、だから権利書なんかはここにあるよ」
次郎吉はわざと音を立てるように書類をちゃぶ台の上に音を立てておいた。見えない善之助にはこれが最もよくわかる方法だ・
「それはどうであった」
続きが気になる善之助であった。
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