「宇田川源流」【日本報道検証】 中道分裂で野党流動化へ
「宇田川源流」【日本報道検証】 中道分裂で野党流動化へ
毎週火曜日と木曜日は、「日本報道検証」として、まあニュース解説というか、またはそれに関連するトリビアの披露とか、報道に関する内容を言ってみたり、または、報道に関する感想や社会的な問題点、日本人の文化性から見た内容を書き込んでいる。実際に、宇田川が何を感じているかということが共有できれば良いと思っているので、よろしくお願いいたます
さて今回は、8月31日の中道改革連合、立憲民主党、公明党の3党の党首会談があって、この三頭の合併ができないということを確認したということになります。通常「合併しない」ということと「中道改革連合という一つの政党が分裂する」という事とは、本来は全く異なる内容になります。本来は三つ別々の政党であり独立しているのですから、この三つの合併がなくても政党としては独立できているはずです。つまり、合併ができないことと中道改革連合の分裂と二つの問題があるということになります。
さて、中道改革連合は今年の2月の総選挙前に立憲民主党と公明党の衆議院議員が各々の出身政党から分立して中道改革連合を作ったのです。これは、それまでの立憲民主党の支持票と公明党の母体である創価学会の票がうまく機能し、その前の石破政権の時の得票数を勘案すれば、当然に自民党から政権与党の座を奪取できると踏んだのです。しかしその思惑通りには全くならず、逆に中道政治連盟は公明党系議員28議員と立憲民主党系議員の21議員の49議員としかならない大惨敗を喫することになるのです。
そのことによって、中道改革連合は求心力を失います。その求心力を失ったということが、「三党合併を見送った」ということと「中道が分裂する」ということの両方の原因になっているということになります。
同時に、「中道改革連合」という政党が、結党当初から内部が立憲系と公明系にっ分裂していて、一つになっていなかったということになります。逆に言えば、中道改革連合は一つの正当になっていなかったしまた、それをまとめる求心力が存在しンあかったということになります。
<参考記事>
中道分裂、野党流動化へ 衆院公明系、復党検討 乱立で「多弱化」加速か
9/3(木) 6:00配信 北海道新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/969f840e543996d06db1d75ac7f7277e3742757d
<以上参考記事>
おっしゃる通り、今回の破綻は単なる政局の失敗にとどまらず、結党の経緯そのものが最初から無理を抱えており、さらには有権者の意思や政治への信頼を置き去りにした結果であるといえます。
もともと立憲民主党と公明党は、安全保障政策やエネルギー政策、憲法観といった国家の根幹に関わる部分で大きな隔たりを抱えていました。本来であれば丁寧な政策協議を経て理念の一致を確認すべきところを、政権への対抗策や選挙での議席維持といった思惑を優先し、十分な合意形成もないまま短期間で無理に集結しました。この「野合」ともいえる強引な合流劇こそが、根底にある致命的な不全の原因です。さらに深刻なのは、これが有権者の意思を二重の意味で軽視していた点です。
一つ目は、自らの支持層や有権者への説明責任の欠如です。これまで対立関係にあった党同士が突然手を組んだことに対し、有権者が納得できる明確なビジョンや政策の提示はありませんでした。その結果、従来の支持層は置き去りにされ、無党派層からも「選挙のためだけの互助会」と見透かされることになりました。直後の衆議院選挙での惨敗は、そうした有権者からの明確なノーの意思表示だったといえます。
二つ目は、選挙後の混迷と「制度の抜け道」を利用した保身です。大敗を受けた後も党内の混乱は続き、最終的にわずか半年余りで分裂に至りました。比例代表で当選した議員たちが元の所属政党へ戻る動きについても、有権者が投じた票の重みを軽視し、自らの議席を守るための手続的な都合を優先しているように映ります。
結局のところ、理念や政策の一致という政治の本道を無視し、数合わせと解散風への対応を最優先したことが破綻の根本原因です。有権者の不信感を買い、民意を得られなかったにもかかわらず、その後の身の振り方に終始する姿勢は、有権者の意思を置き去りにした政治の姿を如実に表していると言わざるを得ません。
ではこの語どの様になるのでしょうか。推測してみましょう。
野党再編劇が事実上の破綻を迎えたことで、今後の政局はいくつかの具体的な段階を経て変化していくと考えられます。
まず差し当たって焦点となるのは、元公明党系の出身議員およそ28名による離脱と復党の実務手続きです。単に党を離れるだけか、あるいは党を分ける分党手続きをとるかによって、政党交付金などの資金の配分や持ち出しの可否が大きく変わるため、残された立憲民主党系との間で激しい事務的な交渉が行われることになります。
次に国会内での具体的な対応としては、新党結成という形での完全な合流を諦めたものの、法案審議や採決で一定の足並みをそろえるために最低限の統一会派を結成する動きが模索されます。しかし、合流交渉の頓挫に伴う心理的な不信感や摩擦は根深く、同じ会派を組んだとしてもかつてのような結束力を発揮することは極めて困難です。
こうした野党側の混乱と再細分化は、政権側の国会運営にも大きな影響を与えます。与党である自民党や高市政権にとっては、巨大な野党の受け皿が不発に終わったことで圧力が和らぐことになります。今後は法案ごとに公明系や中道残存勢力に個別の働きかけを行い、修正協議に応じさせるような部分連合の動きが活発化すると予想されます。
さらに長期的な視点では、来春に控える統一地方選挙へ向けた各党の路線変更が確実視されます。立憲民主党と公明党はそれぞれ独自の候補者を立てて地盤固めに注力せざるを得ず、選挙協力の機運は完全に冷え込むことになります。
結局のところ、今回の構想がついえたことで野党勢力は立憲を中心とする左派・中道軸と、公明を中心とする現実路線の中道軸へと再び分散し、政権に対抗しうる基盤を立て直すまでにはかなりの時間を要することになると推測されます。
逆に言えば、この中道に参加した議員は、今後かなり厳しい状態になるのではないでしょうか。もともと国民の意思を全く理解しなかった政党の人々は、その政党が上手くゆかなかった状態で、結果が出たということなのかもしれません。
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