「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 覚醒した秀吉とお市の壮絶な戦いにある現代へのメッセージ

「宇田川源流」【大河ドラマ 豊臣兄弟】 覚醒した秀吉とお市の壮絶な戦いにある現代へのメッセージ


 毎週水曜日は、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」について、好き勝手なことを書いている。先々週は放送が休止されてしまっていたので、何も書くことができずに、突然来年の大河ドラマについて書いたし、先週は、「お盆休み特集」ということなので、こちらの連載を休んでしまった。そのことから、「豊臣兄弟」について書くのは2週ぶりになってしまっている。

実際に、これまでお市(宮崎あおいさん)が豊臣兄弟、秀吉(池松壮亮さん)小一郎(仲野太賀さん)に様々目をかけていたのですが、織田信長(小栗旬さん)の死によって様々なことが変わってしまったということではないでしょうか。お市も覚醒し、また秀吉も、十分が織田信長の後継者になると覚醒した。問題はこの覚醒の方向が違う方向であったということのように書かれています。

さて今回は、その覚醒の方向を調整しようとして小一郎が奔走し織田信長の葬儀をするということが話の中心になっていますが、その葬儀はどのようなものだったのでしょうか。ドラマから一回離れて葬儀を史実とされる記録で見てゆきましょう。

本能寺の変の後、豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)が行った織田信長の葬儀について、史実では彼が織田家の後継者としての主導権を握るための決定的な一手として記されています。

清須会議ののち、信長の遺児である織田信雄と織田信孝の対立や、筆頭家老である柴田勝家との主導権争いが激化する中、信長の本葬がまだ執り行われていないことに秀吉が着目しました。秀吉は自らが主催者となって京都の大徳寺で盛大な葬儀を強行することを決定します。

この葬儀は、勝家や信孝らの思惑を完全に排除し、京都という政治の中心地で自らの政治的優位をアピールする狙いがありました。本能寺の変で信長の遺体が見つからなかったため、葬儀に際しては香木で二体の信長の等身大木像が作られました。そのうち一体を荼毘に付し、もう一体は大徳寺の塔頭である総見院に安置されました。

喪主については、秀吉自身ではなく、信長の四男であり秀吉の養子となっていた羽柴秀勝が務めたとされています。秀吉は後見人という立ち位置に留まりつつも、莫大な資金を投入して公家や寺社、多数の民衆が集まる一大儀式として執り行いました。また、葬儀の警護のために数万の兵を京都周辺に配置することで、実力者としての威圧感と武力を誇示しました。柴田勝家や織田信孝らはこの葬儀への参列を拒否あるいは妨害された形となり、秀吉が織田家の実質的な後継者であることを天下に強く強く印象付ける結果となりました。史実におけるこの大徳寺での信長葬儀は、織田家内部の勢力図を確定させ、秀吉が天下人へと躍進する極めて重要な転換点として位置づけられています。

<参考記事>

【大河ドラマ 豊臣兄弟!】第31回「これで、お別れにございます」回想 「己の手で新しい世を作るなら、織田を滅ぼすしかない。小一郎にその覚悟があるのか?」 すべてを分かって運命を受け入れた市、その言葉に秘めた万感の思い

美術展ナビ 2026.08.16

https://artexhibition.jp/topics/news/20260816-AEJ2970567/

<以上参考記事>

 今回は清須会議と賤ケ岳の戦いの間という非常に興味深いところであるといえるのではないでしょうか。ドラマの中では、清須会議において、織田信長が本能寺で死んだ後に、織田家をそのまま維持っするということから、当初は一族衆の織田(北畠)信雄(山脇辰哉さん)か、織田(神戸)信孝(結木滉星さん)かというようなことになっていたところ、重臣による合議制で織田家を盛り立て、三法師(後の織田秀信:清水伊織さん)を盛り立ててゆくとしたのですが、その中で秀吉が他を出し抜くということになります。

その前に、山崎の合戦において、織田信孝の指揮の取り方や、あるいは小一郎の子である与一郎(大西利空さん)の死においても、部下の心をよくわかっていない織田一門集では話にならないとして、秀吉は「ノブナガにとって代わる」と小一郎に宣言しています。ドラマでは、そのシーンが何度も繰り返し使われ、秀吉の心根が変わったことをしっかりと示しているという演出をしています。

そして、そのことを敏感に察知したのがお市(宮崎あおいさん)ということになります。他の人々は、秀吉が勝手に何かしているというような感じでしかなく、初めに丹羽長秀(池田鉄洋さん)の所に小一郎が行った時には、単純に振る舞いが良くないなどの話になっていて、その原因は織田信長の敵討ちを山崎の合戦で行ったこととしていたが、信長の葬儀が終わった後に前田利家(大東駿介さん)が丹羽長秀のところに行った時は、「秀吉に着く」として、織田方諸将の連判状を見せるに至ったのです。

その織田信長の葬儀とはどのようなものでしょうか。実際には上記にあるように、派手好きな秀吉によって行われた派手な葬儀であったということですが、ドラマの中では、その中に暗殺の刺客が複数存在し、秀吉はその刺客を全て許し逆に登用したというような人間の大きさ、当時でいえば器量の大きさを示すようなエピソードに作り替えています。実際に、様々なところがしのぎを削るときに、どうしても内部の規律を厳しくし、統制をとろうと躍起になると、当然にその組織内は少し窮屈な居心地の悪いものになりますし、少しの失敗でも自分の立場が悪くなるというような状況になります。これは現在の会社組織などでも一緒で、少しの失敗でも許してくれる組織の方が居心地がよく、人が寄るということになるのです。秀吉は、というよりはこのドラマは、そのようなことをしっかりと現代のメッセージとして出してくれています。そのうえ、柴田勝家(山口馬木也さん)の方はすぐに怒る、台詞の中でも柴田勝家と前田利家の会話で「すぐに感情的になる」というようなやり取りがあり、うまく秀吉方と対比しているということに非常にこのドラマの巧妙さを感じますね。

そのうえで、最終的には覚悟の問題になります。要するに秀吉はどこまでその覚悟があるのか。

その覚悟が生半可なものではないということを一番よく知っているのは、信長を最も近くで見ていたお市ということになります。お市の方を説得に言った小一郎とお市の会話は、今回のドラマの見せどころの一つでしょう。

「今ならまだ引き返せます」と訴える小一郎に対して、「もう戻れぬ。この道を選んだのは秀吉じゃ」と言下に否定した市。「兄上を失った織田家はさぞぶざまに見えるであろう。それでも守らなければならない」という市に、小一郎は「織田家の面目ですか?」と守るべきものを問います。市は「そんな薄っぺらいものではない。誇りだ。それを奪うことは誰にも許さぬ」。さらに畳みかける市は「秀吉はそれを分かっていた。おのれが手で新しき世を成すなら、織田を滅ぼすしかないと。それがあやつの覚悟だ」。そのうえで、刀を眼前につきつけ、「私を殺してみよ。織田家を滅ぼすとはそういうこと。それができぬならお前らに勝ち目はない。新しき世をつくるなど到底成し得ぬ。兄上の志は私が受け継ぐ。お前らには渡さぬ」と市。

この場面は、最も良いところではないでしょうか。お市は、新しい字ぢ亜が素手の織田家から羽柴家に写っているということをわかっていた。しかし、生半可に織田に遠慮していてはうまくゆかない。その織田家の象徴として自分を殺せと解いたのであるという解釈もできますし、どうせできないだろうというような事もあったのかもしれない。その殺せないという考え方には、秀吉は裏切れないというだけではなく、他の諸将がそのような秀吉を許すはずがないというような事もあったのかもしれません。いずれにせよ、柴田勝家と秀吉が対立したのではなく、お市と秀吉が対立したというこのドラマの会っ酌は非常に興味深いところがありますし、その解釈によって、織田信孝も切腹させた秀吉の処遇も説明はつきやすいのかもしれません。

なお、このお市の豹変を秀吉はわかっていて、「われらの相手はお市さま」といい、小一郎はそれに納得できないというような状況になっていたのではないでしょうか。その心の動きをもっとわかりやすく書いてくれればより面白かったのかもしれませんが、それは贅沢な要求かもしれませんね。

来週は賤ケ岳の合戦。先日賤ケ岳に行ってきましたが、あの峻険な山を舞台に良く戦ったと考えます。逆にそのような山岳地帯であるから、戦場が限られていたということかもしれません。その戦いに関しては、また来週診てみたいと思います。

宇田川源流

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