「宇田川源流」【土曜日のエロ】 オランダの放送連盟の規制はザルなのか?
「宇田川源流」【土曜日のエロ】 オランダのアスリートに対する放送連盟の規制はザルなのか?
今週も土曜日のエロの日になった。お盆休みの前で、今日から「夏休み」という人もいると思うが、エロに休みはないどころか、長期の休みであるからこそ「エロ」に走る人がいるのであるから、この土曜日のエロはより重要性を増しているということができるのではないか。
さて、土曜日のエロの前に今週のニュースを見てみよう。と言っても日本は先週の火曜日に発生した「令和8年熊本地震」の復旧・復興のニュースがほとんどであったと思う。
さて、まだ熊本は復興の段階ではなく、やっと今週になって「片付け」を行うようになったという感じの様である。一方、政府の方は今までの内容とは異なり、私から見れば今回はかなり動きが速いようになっている。私の記憶が正しければ、このような大規模災害の場合の政府や自治体のマニュアルというのは、阪神大震災の時に、当時の村山富市主将が「なにぶんはじめてのことでございまして」というようなことを言い、その後二政府が慌てて何をすべきかということをまとめたが、そのマニュアルが、東日本大震災で、あまり役に立たず、その内容が大幅に改定されたというようなことになっているのではないか。役に立たないといわれれば、不満を言う人がいるかもしれないが、そもそも「災害センター」として建てられた場所で、避難してくださいと放送をしていた職員の方が、津波に巻き込まれてンあくなる南三陸町のようなことがあれば、そのマニュアルがうまくいっていたのかはよくわかるのではないか。
さて、私が被災したのは阪神大震災である。そのような経験から考えれば、今回の熊本の地震に関しては避難所の設置も水や食料や熱中症対策もよくやっているといえる。翌日にはクーラーが300台も届き、水も翌日に自衛隊が給水車を出している。それでも犠牲者が出てしまうのであるから、自信や災害というのは、かなり大きなパワーで人を襲うものではないだろうか。
高市内閣は、すぐに242億円の災害支出を予備費から出すことを決めている。そのような迅速な対応が国民を安心させるのではないか。もちろん、イオン熊本の爆発原因の追究なども含めて、様々なことが同時並行的に進んでいるような気がするのである。
<参考記事>
「お尻が映っても問題ない」 オランダ女子陸上最高スター、放送連盟の規制に懸念表明
7/28(火) 10:30配信 中央日報日本語版
https://news.yahoo.co.jp/articles/98b130b502718d354a4a8244230a26bbcde684f7
<以上参考記事>
オランダの陸上選手リーケ・クラバー氏の発言をめぐる議論は、スポーツ界における女性アスリートの守られ方と、競技そのものの描き方のバランスをどう取るかという難しさを象徴しています。
この問題の背景には、これまで長年にわたり女性アスリートの身体が不必要な角度やアップで撮影され、競技の成果とは関係のない形で性的に扱われてきたという歴史があります。そうした被害から選手を守り、スポーツ本来のパフォーマンスに注目を集めるために、欧州放送連合などの報道側は撮影アングルやスローモーションの使用に一定の制限を設けるガイドラインを作成しました。
一方で、クラバー選手をはじめとする当事者からは、過度な制限に対する慎重な意見が出されています。スタートの体勢やバトンパスなど、競技の性質上どうしても身体の一部が画面に映り込む場面は存在します。それらを「お尻が映っているから不適切だ」と一律に排除してしまうと、過剰な自主規制が働き、結果として鍛え上げられた女性の身体そのものが再び隠すべき不適切なものとして扱われてしまう懸念があります。
つまり、悪意ある意図的な撮影から選手を守る姿勢は必要不可欠でありながらも、形式的なルールで縛りすぎることによって、スポーツの躍動感やありのままの描写まで失われてしまう危険性があるということです。報道に携わる側には、機械的な画面の制限だけでなく、競技の魅力を尊重しながら不適切な視線を排除するという、より細やかな撮影姿勢と倫理観が求められています。
というように、一応はまじめな話をしてお来ましょう。
そのうえで、もう少し興味本位の話をすればどうなるでしょうか。そもそも「女性アスリート」でも「狙われる人」というのは一部のアスリートではないでしょうか。大変いいにくいのですが、ここにも「美人」と「不細工」ということが出てきてしまうということになるのではないかと考えています。
一方で、報道の方もおかしくて「美人過ぎるアスリート」などのグラビアを見ることは少なくないし、オリンピックや世界大会で必ずだれが美人化というような話題が必ず出てくるということになります。男性である以上「美人」と思えば、当然に「よく見たくなる」し、注目も増しますが、同時に「隠されたところを知りたくなる」というのは当然の事でしょう。そもそも、マスメディアというのは、えろという観点ではなく「他人の隠しているところを暴く」商売であるにもかかわらず、このようなエロのところだけ「それはよくない」と言いつつ「隠しているところを目立たせる」ということになるのである。
一方、当然のことながら、また本人の名誉もあるので「不細工すぎるアスリート」等の特集は存在しない。しかし、「美人過ぎる」があれば、当然にその逆もあることは間違いがない。もちろん、アスリートというのは、ルックスで勝負しているのではないので、成績が良ければよいと思うし、日本や一部のスポーツを根性と思っている人々は、化粧などもしないというようなことを求めることもある。しかし、そのようなことが逆に「美人過ぎる」を目立たせる結果になり、このようなことになるのであろう。
「不適切な視線を排除する」などといっても、当然に、「不適切な視点は存在する」ということになる。一方女性アスリートも、美人過ぎるなどの時は喜んで出てくるということになっている。ある意味でメディア側の内容も問題かもしれないが、アスリート側にもその根源が全くないとは言えないのではないか。
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