「宇田川源流」【土曜日のエロ】 インドにおける性暴力で日本人観光客は大丈夫か?

「宇田川源流」【土曜日のエロ】 インドにおける性暴力で日本人観光客は大丈夫か?


 今週も土曜日のエロの日になった。また今週も「エロ」を題材にしながら、人間の本性に迫ってみたいと思う。その前にまずは今週何があったのかを見てみよう。

まずは、国会終盤、金曜日に皇室典範改正が国会で決まったということが今週の大きな内容であろうか。それとも、党首討論を行ったことの方が大きいとみる人もいるのかもしれない。私からすれば、「党首討論」はまったく「討論になっていない」としか言いようがない。討論というのであれば「首相側(三権分立でいう内閣)から野党や議会(三権分立でいう議会・立法)に質問をするコーナー」があったら逆に面白いであろう。単純にっ審議でもできることが法案や予算に縛られずに野党が首相に対して出しているだけなのだが、その「予算や法案に縛られない」ということが、これほどまでに「無秩序」になるとは思わなかったというほど「中身がない議論」しかできていない。改めて野党の質問力がない。それならばいっそのこと首相が普段言えない本音を、野党に向けてぶっちゃけたほうが面白いのではないか。見ている側としてはそのように思うのであろう。そもそも「討論」なのであるから「質疑応答」ではない。こんな状態では何もならないというのが本来の話であろう。はっきり言って時間の無駄である。

ちなみに、皇室典範の改正については、メールマガジン「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」(https://www.mag2.com/m/0001647155)で私の意見は書いているのでそちらを参照してもらいたい。

さて、国際的には、イランとアメリカの戦争がまた始まった。日本においては「反トランプ大統領的な報道」ばかりであるが、停戦交渉中にホルムズ海峡通貨の貨物船を攻撃したのはイラン側である。イランが武器を使って攻撃をしているときに、交渉で何とかするというのは難しいのではないか。そのイランの攻撃に関いてはほとんど騒がずに、反トランプ大統領的な報道をしているのはいったい何なのであろうか。これこそ「偏った報道」都しか言いようがないのではないか。何か報道を信じられなくなるような状況鹿日本には出てこないのが非常に残念である。

今回のエロに関しても同じで「インドは素晴らしい」「ヨガブーム」などと言っているが、実際にインドの治安はどうなのか、特に女性一人で旅行して安心なのか。そのようなことはメディアでは一切何も言わないのである。

<参考記事>

インドで13歳少女を32人の男が集団性的暴行…怒った住民が加害者を公開制裁

7/10(金) 10:06配信 中央日報日本語版

https://news.yahoo.co.jp/articles/f8e3b698020f40989a51096ca29cd7efb67bdfb7

<以上参考記事>

 インドで女性や少女を標的とした深刻な集団性的暴行事件が多発し、国内外で大きな議論や怒りを呼んでいる背景には、単一の要因ではなく、歴史的、社会的、構造的な複数の問題が複雑に絡み合っています。

まず、社会の根底にある根強い男尊女卑の意識や、家父長制的な価値観が大きく影響しています。多くの地域において男性が優位とされる文化が残っており、女性の社会的立場が低く見られがちであることが、犯罪への心理的なハードルを下げる要因になっていると指摘されています。こうした価値観は教育の届きにくい地域や保守的なコミュニティにおいて特に根強く残っています。

 カースト制度の影響も無視できません。インド社会における伝統的な身分制度は法的には禁止されているものの、実生活や人々の意識には依然として根深い影を落としています。特に上位カーストの男性が下位カーストの女性を支配や抑圧の対象として扱い、その手段として暴力が使われるケースが歴史的に繰り返されてきました。社会的地位の格差が、犯罪の発生とその後の不処罰の傾向を強める土壌になっています。

 司法や警察といった治安維持・法執行機関の機能不全も問題視されています。被害者が被害を届け出ても、警察が真摯に対応しなかったり、加害者側からの圧力を受けて捜査が揉み消されたりする事例が少なくありません。また、裁判の手続きに膨大な時間がかかるため、加害者が迅速かつ厳格に処罰されないという「やった者が勝ちかねない」状況が、犯罪の抑止力を著しく低下させています。

 急速な都市化と経済格差の拡大も、新たな摩擦を生んでいます。急速に発展する都市部において、伝統的な地縁関係から切り離された単身の若い男性労働者が増える一方で、経済的な困窮や社会的な不満が蓄積し、それが女性への暴力という形で噴出することがあります。さらに、メディアの普及による急激な環境変化に対して、個人の倫理観やモラルの成熟、あるいは性教育の普及が追いついていないという教育面での遅れも指摘されています。

 このように、人口の多さそのものが直接的な原因というよりも、膨大な人口の中で格差や差別構造が温存され、法による統治や適切な教育が社会の隅々まで十分に行き届いていないことが、痛ましい事件が絶えない構造的な背景にあります。

 そのような中でやはり狙われる女性と狙われにくい女性ということがあると思います。日本では夜遊びしている女性や軽くみられる派手好きな女性が狙われ哉数位といわれていますが、インドにはそのようなことがあるのでしょうか。その点について考えてみましょう。

 インドにおける性暴力の被害リスクについては、衣服の派手さや夜遊びといった個人の行動様式よりも、その女性が置かれている社会的地位や属する共同体、そして移動における防衛手段の有無といった構造的な要因が決定的な違いを生んでいます。

 最も狙われやすいのは、カースト制度の最下層に位置する女性や、貧困層、小作農、出稼ぎ労働者といった社会的に発言権の弱い立場にある人々です。こうした女性たちは、日々の生活のために人通りの少ない農地やインフラの整っていない危険な場所を徒歩で移動しなければならず、物理的に犯罪に巻き込まれるリスクが非常に高くなります。さらに、加害者側から「警察に訴える力がない」「報復が容易である」と見なされるため、極めて脆弱な立場に置かれています。

 一方で、狙われにくい、あるいは相対的に安全を確保しやすい女性というのは、富裕層や上級カーストに属し、社会的・経済的な庇護を受けている人々です。彼女たちは治安の維持された安全なエリアに居住し、移動の際も自家用車や信頼できる交通手段を利用するため、危険な空間に身を晒す機会自体が物理的に排除されています。また、万が一のことがあれば家族や背後のコミュニティが強力に法的な抗議を行う力を持っているため、加害者側もリスクを恐れて手を出しにくいという背景があります。

 日本などでしばしば語られる「派手な服装」や「夜間の外出」といった個人のモラルや振る舞いに関する議論は、インドにおいても保守的な政治家や一部のメディアによって「被害者側の落ち度」として語られることが確かにあります。しかし、実際の事件のデータを見ると、伝統的な民族衣装を身にまとい、日中に日常生活を送っていただけの幼い子どもから高齢女性、農作業中の女性までが広範に被害に遭っており、服装や夜遊びといった要素は本質的な原因ではないことが証明されています。

 したがって、インドにおいて被害に遭うかどうかの境界線は、個人の行動の軽薄さなどではなく、その女性が社会的に「守られている存在」であるか、あるいは「不当に扱っても罰せられない存在」として孤立しているかという、冷酷な格差と差別の構造に深く結びついています。

 インドへの旅行やヨガ留学を計画する女性が現地で安全に過ごすためには、現地の男性が「外国人女性」に対して抱きがちな特有の幻想や視線を理解し、それらを刺激しないための冷徹な現実感覚を持つことが極めて重要です。

 まず認識すべきなのは、現地の多くの男性にとって、日本のメディアやインターネットを通じて流入する「オープンな性文化」のイメージが非常に強く根付いているという点です。これにより、日本人女性に対して「性的に奔放で、誘えば簡単に応じてくれるのではないか」という極めて都合の良い、そして歪んだ妄想を抱いているケースが少なくありません。現地の保守的な女性たちには絶対に通用しないような強引なアプローチや、あからさまな視線、あるいは親密さを装った身体的接触が、外国人女性に対してだけは「許されるかもしれない」という誤った期待を持って向けられることがあります。

 さらに、ヨガやスピリチュアルな探求のために訪れる女性たちが醸し出す「オープンマインド」な雰囲気や、他人を疑わない純真な姿勢、悪く言えば「隙」は、そうした下心を持つ男性たちにとって格好の標的になります。親切に道を案内してくれたり、熱心にヨガの指導をしてくれたりする男性が、実はそうした性的な関心や邪念を隠し持っていることは珍しくありません。精神的な繋がりを強調するような甘い言葉や、特別感を演出する態度に惑わされ、警戒心を解いて二人きりの空間に同行してしまうことは、非常に危険な事態を招く引き金となります。

 現地では、衣服による露出だけでなく、視線の合わせ方や毅然とした態度そのものが防犯の役割を果たします。少しでも親しみやすい笑顔を見せたり、曖昧な態度で断ったりすると、それを「好意のサイン」や「恥じらいによる拒絶(=押し切ればいける)」と都合よく解釈されてしまう文化的な違いがあります。そのため、現地を訪れる際には、親切心やスピリチュアルな陶酔はいったん脇に置き、自身が「性的なターゲットとして見られている可能性」を常に念頭に置かなければなりません。不快な視線や執拗な声掛けに対しては、冷徹で毅然とした、ときには冷酷とも思えるほどの拒絶の姿勢を一貫して保ち続けることが、自らの身を守る最大の手立てとなります。

宇田川源流

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