「宇田川源流」【土曜日のエロ】 宮崎県強豪校の野球部員が女性との裸を録画の事件

「宇田川源流」【土曜日のエロ】 宮崎県強豪校の野球部員が女性との裸を録画の事件


 今週も土曜日のエロの日になった。本当にエロのネタは毎週ちゃんとあるところが面白い。さて、そのエロのネタをやる前に、まずは今週あったことを見てみましょう。

今週のニュースとしては、イラン情勢で4月1日にトランプ大統領の演説があり、様々な内容が出てくることになりますし、また、インドネシアの大統領やフランスの大統領が来日してさまざまな会談をしたことになります。しかし、そのようなことはあまり面白くないので今週は、やはり自転車の青切符でしょうか。

私も自転車に乗りますが、同時に自動車も運転します。その自動車の運転していると、自転車は本当に邪魔でしかないということになります。自転車ということになれば、ある意味で「両生類」であり、片方は歩行者と同じで、片方で自動車と同じということになります。法律的には自動車と同じ「車両」ということになりますが、しかし、ある意味で子供も乗れるし、免許証も必要ないというような状態になります。

そこで、その自転車に「道路交通法上の違反」が課されることになったということになります。もちろん、すぐにできるという話ではないのかもしれませんし、また東京や大阪のような大都会と、田畑の真ん中のような場所とは全く異なるということになります。その様に見れば、その内容を見るということになるのです。

今回は青切符というような手法で罰金を納める形になるのですが、実際にはその違反を警察官がしっかりと取り締まることができるのでしょうか。最終的には「何が変わるのか」ということになるのではないでしょうか。

<参考記事>

野球部員 女子生徒の裸録画

2026年03月18日 11時56分TBS NEWS DIG

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12198-5049314/

<以上参考記事>

 宮崎県延岡学園高校の野球部員が女子生徒とビデオ通話をしていた際、上半身裸になるよう要求し、無断で録画したということです。また、去年7月には別の部員が録画した部員のスマホを操作し、動画データを自身のスマホに取り込んだという事件が起きました。このような事件があると、基本的に興味本位で「どんな子なのであろうか」とか「そんなに魅力的なのか」というような感覚になってしまうが、すでに親の世代になると、そのようなことを言ってはいられないという状態もあるのです。昔、気楽にそのようなことが勝たれていた時代が懐かしい。

さて、我々が高校生の時代なども当然に、女性のヌードにはかなり興味があったことは間違いがありません。当然に、そこに性的な興奮を覚えるということは、男性高校生であれば、ある意味で「健全」であり、そのようなことを感じないとか、性的な興味は全くないなどといわれてしまったほうが大きな問題なのでしょうが、一方でこのような興味がありまた本能をむき出しにした内容があるだけに、秩序が必要なのであろうということもよくわかるようになっています。

さて、今回の事件は、高校生であれば、ある意味で健全でありますが、ビデオ通話で脱がせて録画するというのは、本人の同意がないということですし、また、「言われたら脱がなければならないような関係であったのか」等、様々な人間関係的なシチュエーションが見えてくるのではないか。もちろん、脅迫的に行った場合もあれば、そうでもなく、女性の方が本気で恋愛をしていて、その証として自主的に近い形で脱いだことも想像できるのですが、その辺のことはさすがに高校生同士であるので、ニュースの中に記載されていません。もちろん、どの様な関係であっても、大人の小説などにおいては、書かれている内容であり、そのことから、そのような世界観をまねした(脅迫の場合は小説よりもAV等にも多いのですが)モノである可能性があり、まあ、逆に大人と高校生(中学生も含まれるかもしれないが)の敷居が、ネットのおかげで低くなっていることがよくわかるのではないでしょうか。

さて、一応もう少し真面目に話をすれば、この事案は、現代社会が抱える「技術の肥大化」と「精神の未熟さ」の乖離を象徴する、非常に重い問いを私たちに突きつけています。

 かつての若者が抱いた性的な好奇心、いわゆる「エロ」への関心は、常に物理的な障壁や「手に入れるまでのプロセス」というフィルターを介していました。書店に足を運ぶ、あるいは秘密裏に共有される雑誌を探すといった能動的なステップには、多かれ少なかれ後ろめたさや、社会的な規範との対峙がありました。しかし現代のスマートフォンというデバイスは、そのプロセスを完全に消失させました。指先一つの操作で、欲求の対象はデジタルデータへと変換され、所有可能な「モノ」として目の前に現れます。この「摩擦のないアクセス」が、相手を血の通った人間としてではなく、単なる消費可能なコンテンツとして認識させてしまう危うさを孕んでいます。

 こうした技術の進化に対し、従来の「性教育」はあまりに無防備でした。かつての教育が主に生物学的な知識や、望まない妊娠を避けるといった実利的な側面に重きを置いていたのに対し、現代で求められるのは「デジタル・コンセント(デジタル上の合意)」と「データの永続性」に関する教育です。一度記録されたデータは消去できないという物理的な事実以上に、画面の向こう側にいる相手の尊厳が、自らのスマートフォンの操作によっていとも簡単に破壊され得るという「想像力の教育」が追いついていません。性教育とは今や、単なる身体の知識ではなく、情報倫理と密接に結びついた、極めて高度なコミュニケーションの学びであるべきなのです。

 そして、その根底にある「モラル」の在り方も変容を迫られています。これまでの道徳観は、地域社会や家庭といった「対面」の視線によって育まれてきました。しかし、デジタル空間における行為は、個人の密室性と世界中への拡散性という矛盾した性質を持っています。誰にも見られていないという錯覚の中で行われる行為が、実は取り返しのつかない社会的な制裁を招くという現実。このギャップを埋めるためには、外部からの抑止力に頼るのではなく、個人の内側に「テクノロジーという強大な力を制御するブレーキ」を再構築しなければなりません。

 結局のところ、私たちが直面しているのは、技術が人間を追い越してしまったという事実です。便利さや手軽さが「他者への敬意」を上回ってしまったとき、道具は凶器へと変わります。今回の事件を、単なる一部の生徒の不祥事として切り捨てるのではなく、私たちが手にした強すぎる力に対して、どのような「人間教育」を施すべきなのか。それは、デジタル化の波を止めることができない以上、私たちが一生をかけて更新し続けなければならない、文明的な課題だと言えるでしょう。

  まあ、技術が発達すれば、性教育などもそれに合わせて替えてゆかなければならないということではないでしょうか。

宇田川源流

「毎日同じニュースばかり…」「正しい情報はどうやって探すのか」「情報の分析方法を知りたい」と思ったことはありませんか? 本ブログでは法科卒で元国会新聞社副編集長、作家・ジャーナリストの宇田川敬介が国内外の要人、政治家から著名人まで、ありとあらゆる人脈からの世界情勢、すなわち「確実な情報」から分析し、「情報の正しい読み方」を解説します。 正しい判断をするために、正しい情報を見極めたい方は必読です!

0コメント

  • 1000 / 1000