「宇田川源流」【土曜日のエロ】 モデレーターがセックスシーンを共有して有罪に!

「宇田川源流」【土曜日のエロ】 モデレーターがセックスシーンを共有して有罪に!


 今週も土曜日のエロの日になった。いや、今年もこの「土曜日のエロ」だけは死守してゆきたいと思う。本当の「エロス」をこの中に盛り込んでゆき、人間の本質を見てゆきたいものである。

 さて、そう考えてもまずは今週のニュースを見てみよう。本来は正月早々ニュースなどはなかったのですが、二年前は元旦にはのと石川地震があったということになります。昨年は何事もなかったのですが、今年はトランプ大統領がいきなりベネズエラを攻撃するということになったのです。まあ、はっきり言ってしまえば、ロシアのウクライナ侵攻とほぼ同じインパクトとなのであるが、トランプ大統領ならば何となくやりそうであったという感じになってしまったのではないかと思います。

 もともとトランプ大統領は、フェンタニルに関して「戦争である」というように言っていたということになりますし、また、戦争以上の使者や犠牲者が出てることも事実でしょう。そのように考えるのであれば、確かにその内容を阻止するということになるのですが、しかし、その「フェンタニルによる戦争」に関して軍事作戦を使うというのはいかがなものかということになるのです。

 国際法的には、トランプが間違えているということになるのですが、一方でアメリカを守るということになれば、当然のことをやったまでということになります。そのように考えれば、今後この問題がどのようになるのかはなかなか面白いのではないか。

 さて、なかなか面白いのは、同じことをやっているロシア、つまりウクライナに一方的に攻撃をしたロシアがアメリカに苦情を言っているというのは、なかなか面白い。

 この辺のことも含めて、どこか別のところで書くことにしよう。

<参考記事>

Redditのモデレーターが映画のセックスシーンを共有したとして有罪に、女性の品位をおとしめたというレア判決

2025年12月21日 8時0分 GIGAZINE(ギガジン)

https://news.livedoor.com/article/detail/30241919/

<以上参考記事>

 さて今回は、Redditというコミュニケーションツールのモデレーターが、映画やドラマのセックスシーンだけを抜き出して、編集したのが、デンマークの「著作権法」の「尊重権」に違反しているとして罰せられたという記事である。

法律の話なので、少し硬くなるが、まずは「デンマーク著作権法の尊重権」について少し解説をしよう。

まず前提として、デンマークの著作権法は、日本や多くの欧州諸国と同様に、ベルヌ条約の考え方を色濃く反映しています。その中核にあるのが、経済的利益を守る「財産権」とは別に、作者や実演家の人格的利益を守る「著作者人格権(moral rights)」です。今回問題となった「尊重権」は、この人格権の中核をなす概念です。

 デンマーク著作権法第3条では、著作者には二つの人格的権利があるとされています。一つは氏名表示権、もう一つが尊重権です。尊重権とは、作品が作者の名誉や人格を害する形で改変されたり、文脈から切り離されて利用されたりしない権利を意味します。ここで重要なのは、単に「無断で使われたかどうか」ではなく、「その使われ方が、作者や実演者の人格的評価を損なうかどうか」が判断基準になる点です。

 さてここからは今回の事件に即してみてみましょう。今回の事件で裁判所が注目したのは、映画やドラマのヌードシーンが、作品全体の物語的・芸術的文脈から切り離され、性的興奮を目的としたクリップ集として再編集・共有されていた点でした。これは単なる複製や違法配布の問題にとどまらず、俳優や監督が意図した演出や意味づけを破壊し、人格的評価を歪める行為だと判断されたのです。

 ここで法的に画期的だったのは、「尊重権侵害」が抽象的な民事上の権利侵害にとどまらず、刑事責任を問いうるものとして明確に認定された点です。デンマーク法には以前から尊重権の規定は存在していましたが、実際の裁判では、主に財産権侵害として処理されることが多く、人格権侵害単独で有罪判決が出ることはほとんどありませんでした。今回の判決は、尊重権が実効性をもつ独立した法的利益であることを、はっきりと示した初の事例とされています。

 また、この事件では「誰の人格権が侵害されたのか」という点も重要です。映画やドラマは集合的著作物であり、監督、脚本家、俳優など多くの権利主体が関与しています。裁判所は、ヌードシーンの切り出しが、特に俳優の人格的評価に直接的な影響を与える点を重視しました。これは、実演家の人格権が、著作者の人格権と同様に強く保護されるべきだという欧州的な考え方を再確認するものです。

 この判決の法的意義は、三つのレベルで考えられます。第一に、著作権侵害を「経済的損害」だけで測る時代が終わりつつあることを示しました。第二に、編集や切り抜き、再文脈化といった行為が、たとえ元作品をそのまま改変していなくても、人格権侵害になり得ることを明確にしました。第三に、インターネット上の二次利用やキュレーション文化に対して、法が明確な制約線を引いた点です。

 特に現代的な意味を持つのは、AI生成コンテンツやディープフェイクとの関係です。今回の理屈を敷衍すれば、俳優の演技や身体表現を、本人の意図しない文脈で再利用する行為は、たとえ新たな技術を用いていても尊重権侵害になり得ます。この点で、この判決は過去の違法アップロード事件というより、「これからの表現環境」に向けた警鐘といえます。

 日本法との比較で言えば、日本の著作者人格権にも「同一性保持権」があり、考え方は非常に近いものがあります。ただし、日本では刑事事件としてここまで踏み込む例は稀であり、デンマーク判決は、人格権を実効的に守る欧州法の姿勢を象徴するものです。

 総じてこの事件は、「作品は切り刻んで自由に消費できる素材ではない」という価値観を、法の言葉で明確に示した判決でした。著作権をめぐる議論が「金銭」から「人格」へと重心を移しつつあることを示す、非常に象徴的な事例だといえるでしょう。

 さて、このように考えてゆけば、「映画そのもののストーリーの中にあるセックスシーンは、物語の中でその物語の必要なfactであるので、問題はない」というように判断しているということになります。逆に言えば、「セックスシーンだけの物語を作った場合」は、この被告人は、その映画そのものをオリジナルで作ればよいということであり、例えば日本のAV等は、少なくともデンマークの著作権法の尊重権は違反しないということになるのです。

単なる「わいせつ」という感覚ではなく、「わいせつ」も「人間の物語の中には必要」というような考え方は非常に面白いし、また、そもそも「人間の生活の中にセックスがあるのだから、そのことを表現するのはそれほどおかしな話ではない」ということになるのです。私のような作家にとっては非常にありがたい判決であるということになる。物語の中で、そのようなシーンはどうしても出てくるのであるが、その内容を全て排除されてしまっては物語が出てこなくなってしまうのである。その意味ではありがたいものである。

それにしてもこの被告人のモデレーターは、本当にセックスシーンが好きな人なのであろう。映画・テレビ作品から切り出した347本のヌードシーンのクリップ、25 テラバイト以上に及ぶ海賊版コンテンツ をプライベートトレントサイトで配布していたという事らしい。正直に、この347本もヌードシーンやセックスシーンのある映画を見ているということも面白いし、また、それを切り取るこの時間のかけ方も面白い。多分彼の中では「このこと」に意味があるのであろう。著作権や物語よりも、この人にとっては、これが最も価値があったのではないかという気がする。

まあ、その人が何を目的に「映画」を見ているのか、実は、そこは自由なのではないかという気がするのである。

宇田川源流

「毎日同じニュースばかり…」「正しい情報はどうやって探すのか」「情報の分析方法を知りたい」と思ったことはありませんか? 本ブログでは法科卒で元国会新聞社副編集長、作家・ジャーナリストの宇田川敬介が国内外の要人、政治家から著名人まで、ありとあらゆる人脈からの世界情勢、すなわち「確実な情報」から分析し、「情報の正しい読み方」を解説します。 正しい判断をするために、正しい情報を見極めたい方は必読です!

0コメント

  • 1000 / 1000