小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第三章 動乱 5
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第三章 動乱 5
翌朝、荒川と安斎がカフェに朝食を取りに行くと見慣れた顔が来ていた。
「まさか、しばらく見ない間に、すごいことになっていますね」
そこには、謝思文が立っていた。
「一緒に朝食でもいかがですか。私が奢りますよ」
「宿泊代に入っていると思いますが。」
「そうでしたね」
謝は、にっこり笑うと近くにいるホテルの職員に話をした。ホテルの人はここにいるのが共産党常務委員の胡英華の秘書であることをよく知っているようである。皆かしこまっているだけではなく、全体に緊張が走っている。
「謝さん、他にも仲間がいるんですが」
「ああ、太田さんと西園寺さんでしたっけ。あと若い方が何名かいらっしゃいましたね」
「本当に監視しているように、全部知っているのですね。」
荒川は、北京にいる時よりも少しリラックスしているようであると安斎は見ていた。やはり安斎は緊張したままである。特に安斎が中国で怖い目に遭ったということはない。しかし、安斎が中国にいる間に、そのような目に遭った人は何人も見ている。前日に行ったカラオケクラブの店が建物ごと無くなって、そこで働いている人々がすべて死んでいるということもあった。日本ならばそのような事件が有れば新聞の一面を飾り、テレビでは連日報道されるはずだ。しかし、新聞、雑誌、テレビどころか、インターネット上にもその事件がでなかった。いや死んだ人々がはじめからこの世に存在していないかのような状況であったのだ。ましてや日本から来ている自分が、いつそのような目に合うのかと思う。普段日本にいる荒川には共産党の本当の怖さがわからないのかもしれない。
「荒川さん、太田さんや西園寺さんもご一緒しましょう」
謝はホテルの人々に指示して、別室をとった。そのうえで、ヴァイキング形式の朝食を、ホテルの人に指示して別室に持ってこさせたのである。ほとんどの内容が全て少しずつお盆の上に並べられた食事は、さすがに善いものである。
「さあ、荒川さん。食事をしましょう。」
「そうですね」
「それにしてもすごいですね。北京であってから数日しかたっていないと思うのですが、もう上海に入っている香港のマフィアを全滅させてしまうなんて。」
「私は何もしていませんよ」
荒川は、落ち着いていった。実際に、荒川は何もしていない。銀行の地下で麻薬交じりのしゃぶしゃぶを食べて、あとはホテルで寝ていただけだ。その間に、ワンなどが何かをしたのであろうが、その内容は全くわかっていないということになるのである。
「またご謙遜を」
「まさか。監視していたならわかるように、ホテルから出ていないのですよ」
そのタイミングで太田と西園寺とヤスも入ってきた。そしてその後ろに馬紅も入ってきたのである。
「おう、馬紅さんですね」
「そこの男は、俺の女を知っているのか」
太田は不機嫌そうに言った。
「馬さんは、太田寅正組長の女になったのですか」
謝は静かに言った。
「おい、お前、荒川の知り合いだと思うから・・・」
「太田さん、この人は常務委員胡英華の秘書、謝思文さんです」
「ほう、共産党の幹部ですか。逆に紅はそんな大物ともつながっているのか。一流のスパイは、どこにでも入るものだな」
太田は、和服の懐に手を突っ込んだまま椅子に座った。その隣に馬紅が座った。昨日の夜何かがあったことは、何も言わなくてもわかった。
「さて、皆さんにお話をしましょう」
謝は食べながら落ち着いて、周囲を見渡した。西園寺もヤスも椅子に座っていた。西園寺の部下たちは外で待っているようだ。
「実は人民解放軍が動き出します」
「えっ」
「皆さんはやりすぎたという事でしょうか」
太田はそれを聞いて笑った。
「そうかもしれねえな。ただ、謝さんよ。それは、ホテルごと燃やしたことか、それとも死の双子を奪ったことかい」
「両方でしょう」
「なるほどね。要するに死の双子は、共産党か人民解放軍が香港野郎に配ったという事か」
太田は笑いながら言った。
「どういう意味ですか」
安斎が聞くと西園寺が口を開いた。
「自分たちが配った人以外に死の双子のことが知れるとやばいわけだ。そりゃそうだろう。今どき生物兵器なんか使ったら国際条約で袋叩きになる。中国と言えども無傷では住むはずがない。生物兵器と核兵器は持っていても使えない武器なんだ。それが表に流出して、そのうえマフィアの手に渡った、いやマフィアに渡して他国で使わせたなんてことになったら、大変なことになる。」
「なるほど」
「しかし、それが香港マフィアから日本にわたって事故事例が出k他なんてことになったら、中国共産党と香港マフィアの関係から、なにからなにまで暴かれるってもんだ。そんなことが国際社会に知れる前に、全部闇に葬ってしまおうということだ。そんなもんだろ謝さん。」
西園寺は、その人民解放軍の「闇に葬ってしまう」対象が自分ではないという、まったくの他人事の様に話した。
「お察しの通りです。」
謝も何事もなかったかのように話をした。
「荒川さん、安斎さん、要するに、我々が人民解放軍に狙われてるってこっちゃ」
太田も全く動じていなかった。この辺の肝の座り方はっマフィアや暴力団の大物は全く異なる。それと同じように見える謝は、矢張りただものではないのかもしれない。
「謝さんは、それをわざわざ知らせに来てくれたのですか。」
「それでは、何の役にも立たないでしょう。」
「では」
覚悟が決まっているはずの太田も希望の光が見えた。
「それの対抗手段を講じに来ました。何しろ人民解放軍も共産党も、一枚岩ではありません。それに、今回のことは胡英華同志が荒川さんに頼んだという見方もできます。つまり、このまま皆さんがやられてしまっては、今度は共産党の中で我々が粛清されてしまいます。つまり、これは共産党の内部の争いでもありますし、また、マフィアとマフィアの争いでもありますし、また、日本と中国の争いでもあるのです。」
「巻き込まれた俺たちも運命共同体ってわけか」
西園寺は、呆れたように口を開いた。
「まあ、巻き込んだという部分あありますが、逆に我々が巻き込まなければ、中国と日本の戦争になっていたと思います。」
「そうかもしれないな」
「現在の人民解放軍東部戦区には第71集団軍、72,73と三つ集団軍があります。現在の第73集団軍、旧南京軍区31集団軍というのは、現在の周毅頼国家主席の出身母体になります。この軍隊が今回最も大きく動いています。もちろん参謀本部も同じです。しかし、そのことをあまり面白く思っていないのが旧第1集団軍で軍のエリートといわれていた第72集団軍です。」
「71はどうなった。」
「71集団軍は台湾を併合するときの主力ですので、基本的には大きな動き位はしません。要するに、周毅頼国家主席のお抱え軍である73軍と、そこに対抗する72軍の対立ということになるのです。」
「要するに共産党の中の対立だけではなく、人民解放軍の対立もうまく使おうってわけか。でもそれじゃあ上海市内で戦争が始まるぞ。」
太田はコーヒーを飲みながら言った。太田と西園寺は、矢張り命がけの仕事をしているだけあって落ち着いている。謝と三人はどこかの会社の重役会議をしているかのようである。その横で非常にびくびくしているヤスがある意味で滑稽に見えるほどだ。
「死の双子をばらまかれるより、良いのではないかと思います。」
「なるほどな。」
「現在香港のマフィアと、日本の津島組の松本さん含めた人々は、第73集団軍の司令部である厦門に向かいました。その前にこちらも準備を進めましょう。」
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