小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 20
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 20
「荒川、大丈夫か」
ホテルに入ると安斎が近寄ってきた。
本来、安斎と荒川、いや、中国では『沖田進』と名乗っているので、そちらの名前で話してもらわなければならないのであるが、安斎はそんなことを無視して、青い顔で近づいてきていた。
「おい、俺は沖田だ」
「あ、ああ、そうだった」
安斎はばつが悪そうに頭をかいた。実際に安斎にとっては、王府鎮のハードロックカフェを出て、黒塗りの車に荒川が乗り込んでしまい、そのまま何時間もいなくなってしまったのであるから、拉致されたまたは何らかのことで拘束されたとしか考えられなかった。しかし、すぐに行動を起こすにしても、ここは中国の北京であり、伝手もない。そのように考えれば、明日の朝、日本大使館にゆく以外には手段がないのである。安斎は、とりあえずホテルのロビーで街、朝まで帰ってこなかったら日本大使館に駆け込むつもりであった。
「まあ、いいか。しかし、他に目があるからな」
荒川は、小声で言った。
「少し外で話すか」
「こんな夜にか」
「それも不自然だな。では喫茶で」
ヒルトンホテルのロビー喫茶は、朝食会場にもなる場所で、かなり広い。そのうえ24時間営業である。荒川は、ロビー喫茶に入ると、もっと見通しの良い窓側の席に座った。
「こんな席に……。」
「どうせ見られている。いまさら関係はないですよ」
荒川は笑って、近くに来た中国人のウエイトレスにコーヒーを注文した。安斎は、二本の指を立てて自分も同じものという意味で注文を行った。
「何があった」
「あの車に乗っていたのは、胡英華であった」
「胡英華、常務委員の」
荒川は、なにも言わずにうなづいた。ウエイトレスがちょうどコーヒーを持ってくるタイミングであったので、声を出すことをためらった。安斎も目でそのことを察した。
ウエイトレスは、何事もなく、コーヒーを置いた。
「胡英華は、常務委員は一枚岩ではないといった。今言えるのはそれだけだ」
「脅されたのか」
「いや、脅しはなかった。」
荒川はここでコーヒーを飲んだ。荒川は周りを見ながら話を射ているので、そのタイミングでウエイトレスが伝票を持ってきた。荒川は、受け取ると、すぐに伝票の下に部屋番号と『沖田』というサインを書き、そのままウエイトレスに渡した。
「あのな、安斎。なぜこの席についたかわかるか」
コーヒーをゆっくりと飲みながら、荒川はソファーに深く腰掛けた。そうすることで、顔の位置が離れ、声は必然的に大きなものになった。
「おい」
「徳川家康は、関ケ原の戦いの直前に、自分の軍師であった本多佐渡守正信とと話をするとき、すべての襖をあけ放ち、周りに人がいないことを確認して話をした。当然に、そのようにすれば人が通る。その人が見えれば、話題を変えたという。秘密の話をするときは、人の見える場所で、他の人の様子を見ながら話す。完全に隠れた場所で話すか、どちらかしかないということのようだ。」
荒川は、突然そのように話した。
安斎は、その言葉ですべてを察した。つまり、胡英華は、完全に密室になった彼の車の中で、秘密の話をした。そして、安斎との話は、このようにおオープンスペースでほかの人が近づいてこないことを見中柄、話をするということになる。ホテルの部屋などは、どこに盗聴マイクが仕込まれているかわからない。そのような意味でいえば、マイクを仕掛けにくい、喫茶の方が話しやすいということになる。
「で、沖田さんはどうする」
「明日、東京に帰る」
「あのウイグル人たちはどうする」
安斎は言った。
荒川は、もう一度コーヒーカップに手を伸ばした。そしてゆっくりと飲むと、カップを持ったまま窓の外を見た。午後11時くらいである。ホテルロビーが2階であるために、すぐ外を歩く人は見えないが、しかし、車の数はかなりの数が通っていた。まだ北京の街は眠っていない。
「マララとハミティか。」
「そうだ」
荒川は、何も言わず、首を振った。
「あのな、安斎。あの二人か、またはその向こう側で、誰かが裏切ってなければ、胡英華には会えなかったな」
「そうか」
荒川は、マララかハミティのどちらかが裏切り者であり自分たちの情報を漏らしているということを言いたかった。つまり、ウイグル人の中にも、共産党につながっている人がいるということだ。そして共産党とつながっているスパイのうちの一人が、マララかハミティのどちらかであるという事であろう。その情報が、共産党に入り、そしてそれがどうにかなって胡英華のところに情報が入った。そして他の共産党員が何かする前に、胡英華が会いに来たという事であろう。
「そのうえで、安斎に任せる」
「任せる」
「ああ、俺は東京に帰る。だから、あいつらにはお前が接触してくれ」
要するにスパイとわかってうえで接触しろということである。
「どうしたらよい」
安斎は、そういって少し座りなおした。
「何事もなかったように交渉を続けてくれ。ただし、日本側はすべて持ち帰らないと答えられないと、すべての答えを保留してほしい。そして、しばらくしたら、日本に戻ってほしい。」
「わかった」
荒川は、そのように言うと、席を立った。
「空港大丈夫か」
「ああ、多分な」
日本に戻った荒川は、すぐに今田のところに向かった。
一方の安斎は、自分のホテルに戻って、翌日、中国にいる日本人の知り合いの事務所を訪ね、とりあえず商売であるような外形を繕った。そして、再度マララと接触を図ることになった。
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