小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 13
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 13
中華人民共和国と、その中国内にあるはずの内モンゴル自治区は、ある意味で対立構造にある。
そもそも中国国内において国共内戦が起きていた時に、中国共産党は中国国内のイスラム教徒に対して共産主義が同じことを言っているということを主張していた。イスラム教には「六信五行」という戒律がある。イスラム教の神にかかわる内容六つのことをすべて信じること、そして一生のうちに機会があれば、五つのことを行わなければならないということである。その五行の中に「ザイード」、日本語でいえば喜捨という、困っている人に対して自分にとって余っているものや、必要ではないものを譲り、寄付することでお互いに助け合うというような話になる。これは、砂漠の宗教であるイスラム教において「水」などが生活に必要なものであるのに対して、その「水」を一人が独占したり、あるいは不当に高値で販売するということを宗教的に禁じ、その水が余っていれば、それを水が欲しい人、のどが渇いている人に無償で差し上げなければならないということになる。これが「水」に限ったことではないので、基本的には自分の中の必要なもので、困っている人を接待するということが普通になっている。現在でも中東などでは、例えば旅をしていて泊まるところがない人や、迷ってしまった場合にアド、どの家でもその家に行って、その旨を伝えると、無償で宿泊し、家の端の方ではあるが寝床を与えてくれるばかりか、夕飯などをふるまってくれる。これは、神に対する奉仕であり、また、イスラム教の戒律の一つとされているのである。このように、日本でいえば「チャリティ」といわれる内容を、宗教的な戒律として、それも自分の家など「領域」に入れてあげるということを行っているのである。
中国共産党はここに目をつけ、国共内戦で共産党が不利になったところで、イスラム教を味方につけた。つまり、「共産主義は、アラーの神のためではないが、すべてのものを共有財産として、貧しい人もみなに分配する」ということを主張し、共産主義とイスラム教は似たものであるということを主張したのである。
しかし、実際は共産主義というのは「目に見えないものに価値を感じない」という「唯物史観」を重視していた。つまり、アラーの神などは、全く価値がないものとして、宗教的なものや、コーランなどを廃棄するようにした。そのうえ、国共内戦において国民党を台湾に追い出し、大陸の多くを自分の支配下に置いたのちに「一国二制度」などということを主張して、徐々に侵略を開始してきた。これはチベットや内モンゴルに関しても同じである。騙されてアラーの神と、イスラム教徒としての生活や文化を否定されたウイグルや内モンゴルの人々は、中国共産党に対抗するということになった。初めのうちはデモなどを行ったり、または政治的に独立を試みたが、すべて軍事的につぶされることになった。そして、最終的にはテロを行い、またはアメリカなどの国々に支援を求めるということになったのである。
これに対して、中国共産党は「髭を生やしている人の役所への入所を認めない」「イスラム教徒は、共産主義者ではないので人権を認めない」などのことを行い、イスラム教を捨てるように強制した。同時に、人口の多い漢民族の男性をウイグルに無化沢、「同化政策」を行った。そのうえで、「政治収容所」を作り、中国共産党に従わない人をすべて収容して、迫害を続けたのである。
当然に、ウイグルにおいても、また内モンゴルにおいても、アメリカやイギリスだけではなく日本にも救助・支援を求めた。
今田陽子が連れてきたのは、そのウイグルの「テロリスト」である。
「ハリフさんですか」
「知らない」
今田陽子は、荒川が何でも知っているかのような感じで話を切り出した。さすがの荒川も、何でも知っているわけではないし、また、ウイグルのテロリストを知っているわけではない。ましてや個人名などはよくわかっていない。一般的にニュースになっている程度の知識はあっても、さすがにそのことを詳しく知るものではないのである。
「そう、荒川さんなら何でも知っていると思ったけど。まあいいわ。この方は、東トルキスタン独立党の幹部で、日本政府に正式に、といってももちろん東トルキスタン独立党という政党は中国国内の正式な政党ではないので、なんとも言いようがないのだけど、一応彼らとしては、正式に、日本政府に独立の支援を求めてきている代表なんです」
いまだは何事もないように言った。
ちなみに、モンゴルは「内モンゴル」のままであるが、ウイグルに関しては、そもそも中国語で、イスラム教のことを「回教」というように表記していた。その内容から「ウイグル」というような単語になったのであり、彼らは「東トルキスタン」というような別な独立した国名を名乗っている。もちろん、日本において彼らに対してウイグル人といっても特に不快な表情もしないのであるが、基本的には東トルキスタンと呼称してあげるのが正式であるということになっている。
「要するにテロリストだけれども、政党であり独立の戦士ということか」
「荒川さん、鈍いわね。」
今田は少し酔っているのか、何か艶めかしい言い方になっている。
「なにが」
「中華人民共和国からすれば、ウイグル地区、東トルキスタンの独立というのは、国家を分割するテロ行為であり、反国家的な行為ということになる。でもね、そもそも自分たちは騙されたということを言っているのですし、また、東トルキスタンは独立を望んでいる。中華人民共和国はウイグルにおいて、人権違反を行っていることは明らかで、スペインなどは刑事告訴も受理されているのよ。その中で、中華人民共和国の支配に抵抗して、独立を勝ち取ろうということなのよ」
横でハリフはうなづいている。当然のことながら、イスラム教徒なのでアルコールは飲まない。先ほどからお茶を飲んでいる。
「要するに、中国において、中国共産党に抵抗する勢力」
「そう」
「今から、我々は、中国に行って強病原性ウイルスを駆除しなければならないのだが、そこに協力してもらえるのであろうか」
荒川は、尋ねるでもなく、また独り言でもなく、普通に自分の思いが言葉になって出てきた。口の中に何かほかの生き物がイルカのようなものだ。普段であれば、初対面の外国人などは信用できないということなのだが、さすがに中国にこれから行かなければならないという状態で、中国国内に詳しく、また、共産党に敵対する味方が欲しいところだ。中華人民共和国とはいえ、さすがに今の政権に反対している人もいるであろうし、また、共産党の支配に反対している人もいるであろう。そのような人々が、このようにして集まるものなのであると考えていたら、そのまま言葉になって出てしまった。
「私たち、協力します」
ハリフは、初めて日本語を話した。
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