小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 8

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第二章 深淵 8


「おい、朝彦、どうなってんだ」

 東銀座の事務所には、東御堂信仁が、皇室の集まりの後に、そのまま入ってきていた。陛下直々に「任せます」といわれてしまえば、さすがに放置することもできないというのは、日本人であるならば当然のことだ。

 このよううな時に、何か注文を付けてくれた方が楽なのである。実際に、こうしてほしいといわれれば、陛下の考えている「大事と思っていること」の優先順位が必ずわかる。要するに、動く法とすれば、何を重視し、何を優先すればよいかということが明確になる。逆に言えば、言い方はよくないが、そのほかのことは手を抜くことが可能ということになるのである。しかし、「任せます」ということは、当然に「陛下にとっての優先順位を忖度する」ということになる。しかし、一方で、「忖度」は「忖度」でしかない。要するに、その尊宅が当たっているかどうかは全くわからないのである。逆に言えば「何か忖度してその内容で進めていても、それ以外の内容で、物事が決まっている可能性がある」ということで、自分たちの行動が間違えている可能性もあるのだ。

 つまり、「何を優先順位にする」のではなく「それらしいことはすべて行わなければならない」ということになり、より一層手間がかかる。しかし、陛下本人は、当然に「親族だからわかっている」というような信頼もあるので、それ以上のことは聞けないということになる。「信頼される」ということは、まさにそのように、「相手のことをすべてわかっている」という事でもあり、同時に「その信頼を裏切らないようにするために、様々なことを行わなければならない」という事でもあるのだ。

 今まで、自分が高齢であり体調もあまりよくないということから、ほとんどを嵯峨朝彦に任せていたが、陛下から直々に「任せた」といわれてしまえば、東御堂自身が動かなければならない。しかし、今何が起きているのかはあまりよくわかっていないということもあるのだ。そのためには、現状を聞かなければならないのである。もちろん、嵯峨朝彦にすべてを任せてしまってもよいのかもしれないが、しかし、朝彦を信用していないわけではないが、万が一のこともありまた、逆に信用をしているといっても朝彦に対して任せたからということもできない。そのようなことをすれば、嵯峨朝彦は陛下と東御堂信仁の二人から同時に「任せた」ということになってしまうのである。

「いやいや、信さん。実はね」

 朝彦は、羽田の倉庫での事件と長崎の事件、そして、情報筋から中国の大使館が関与しているということまで簡単に報告した。

「陛下はそのことをご存じという事か」

「政府から報告が入っているのでしょう。もちろんオフィシャルじゃなくても、侍従や宮内庁を通して何らかの話は聞いているということになると思う」

 東御堂信仁は、なんとなく納得したようにお茶を飲みながらうなづいた。

「要するに、陛下が最も気にしているのは、中国と戦争になるのではないかという事か」

「そりゃやり方によっては、戦争になるということになるのだろうな」

「ああ、中国はそのつもりで仕掛けてきているということだ」

 東御堂は、嵯峨朝彦ほど酒を飲むわけではない。しかし、スールの内ポケットから葉巻ケースを出すと、チャーチルサイズの葉巻を加えて、長いマッチで火をつけた。葉巻用のマッチは、柄が15センチほどのマッチがあり、そのマッチ一本で葉巻を一度炙り、葉の中の水分を少し飛ばしてから、先に火をつける。その時に、マッチの柄の部分の木の水分が程よく葉巻の中に入り、乾かしながらも適度な湿度を保ち、香りが葉巻の派の間にうまく回るようになるのである。

 東御堂は、片方の手で器用に葉巻をマッチで炙りながら、片目で嵯峨朝彦の方を見た。

 朝彦のいうことが本当ならば、中国政府は日本に戦争を仕掛けてきている。大方の予想では台湾進攻を先に行い、そのために日本を混乱させるという事であろうと思っていたが、そうではなく、台湾とともに日本を占領しようとしているということなのであろう。

「何故そう思う。単純に混乱させるだけで、台湾を占領すればよいのではないか」

「ああ、第一の目標はそうであろう。しかし、台湾だけならば、アメリカもイギリスもオランダも、すべての国が台湾の味方になる。しかし、日本もということになれば、日本を守るということが優先されるので、当然に台湾は手に入る。150点を目指して80点くらいで手を打つ。そのうえで、残り20点を恩着せがましく主張して、そのことで残り100年嫌味を言い続けて利用する。それが中国という国だ。日本人のような誠実さとかそういったことは全くない。単純に、相手を利用して脅して手に入れる。そのことしか考えていないのが中国ではないか」

 非常に、良くない言い方である。しかし、表現の方法はよくないという事であろうが、しかし、実際に東御堂信仁も同じように考えていた。中国人の中には善い人もいるし東御堂自身中国人の友人はいないわけではない。どれもよい人なのである。しかし、中国政府と中国人というように「塊」になった瞬間に、中国人というのは、あまり良い存在ではなくなるのである。

「当然に、陛下は戦争にはするなということを言うであろうな」

「ああ、ついでに言えば、日本人の犠牲者を少なくすることをお望みであろう」

「もっと言えば、あまり表だって派手に行うことは避けるべきと思うだろうな」

「派手にやるならば、阿川首相に言うよ。多分な」

「そうだなん。政府が大っぴらに言い、そのうえでアメリカと組んで国際機関を動かして、病原菌を突き止めるということになるだろう。しかし、そのようにしないで、こちらに行ったということは、隠密裏にすべてを治めるということだ」

「そうなるな」

 嵯峨朝彦と、東御堂信仁は、その内容を確認した。二人の意見が一致しているということは、忖度の内容もそいうことになる。

「どうする」

「ふむぅ」

 嵯峨朝彦は、腕を組んだ。その間、東御堂はソファーに身を沈めて、葉巻をふかし、その煙の行方を目で追っていた。煙は、白い塊になって出て、そのまま徐々に薄まって、最後には天井に着いて広がっていった。

「朝さん」

「なんだい」

 他に誰もいないからできる二人の会話である。

「煙ってのは、口から出て遠くなれbなるほど広がるんだよ」

「水割りのウイスキーも同じだ。」

 嵯峨朝彦は、水の中にウイスキーをたらしながら言った。氷が少し溶けかかっている。コップの周囲についた水滴を吹いてくれるはずの菊池綾子がいないので、コップの下が少し水でぬれていた。

「根元を抑えないとならんな」

「ああ」

「まずは、盗むか」

「倉庫に忍び込むのか」

「公家ってのは、天皇の公の仕事を補佐するのが、皇紀以来の務めだろう。そのためには侍にもなれば、盗みもする。呪術も行うのが公家なんだよ」

 東御堂はそう言ってもう一回葉巻の煙をふーっとはいた。

宇田川源流

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