小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第一章 再来 23

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第一章 再来 23

「総理、そう言うことで羽田の倉庫において、中国大使館員の何人かが関与して正体不明の新種病原菌を散布したと考えられる事案が発生しています」

 今田陽子は、首相官邸の首相応接でその様に報告した。「極秘」と書かれたファイルには、その病原菌で犠牲になった人々のデータや写真が掲載されていた。阿川晋太郎首相は、ちらっと見ただけですぐにファイルを閉じて、応接テーブルの上に置いた。さすがに首相への報告書の写真にモザイクを書けるわけにはいかないが、しかし、それでもよほど死体を見慣れた人でなければ、目をそむけたくなるような画像であることは間違いがない。

「これが中国がやっているのか」

「はい・・・。」

 今田陽子は、先日の羽田の倉庫での一件を全て報告した。

「それで犠牲者は」

「はい、結局逮捕者14名のうち12名が死亡です。そして残念なことですが、逮捕を行った警察官の中から6名が罹患、そのうち4名が死亡です。」

「罹患者はどうしている。」

「はい、警察病院の隔離病棟で厳重に隔離して治療しております。」

 今田陽子は、普通に報告をした。

「そもそも、香港マフィアと福岡の暴力団がなぜ羽田で麻薬の取引をしたのかな」

 阿川は、報告書の中にその内容が書かれていないことを質問した。

「それは、あくまでも推測の域を出ないので、報告書の中には書かれていませんが、不確定な推測をお聞きになりたいということでしょうか」

「ああ。公式にはそのようなことを言うつもりはないが・・・。」

 阿川首相は、口を濁した。しかし、京都での天皇陛下暗殺未遂事件があり、その事件のさなかに李剣勝国務院総理が命を落とすということになった。そのことから日中関係は、過去最悪と言われるほどの関係悪化になっている。一触即発という状況が起きてもおかしくはなく、アメリカや台湾、韓国だけでなく、イギリスやフランス、インド、オーストラリアまでその外交的な行方を気にしている常態なのである。

 そのような中で、中国が病原菌を日本国内で広めるというようになればどのようになるのであろうか。そして、その方法はどのようにするのであろうか。

「東御堂殿下や嵯峨殿下などに話を伺いましたところ・・・」

 トントン

 これから今田が話すというところで、応接室の扉がノックされ、そして開いた。北野滋内閣情報局の局長と、飯島悟外務大臣である。

「あの橘の若造に聞いたが、新種の病原菌が見つかったらしいではないか」

 座りもしないうち、いや、まだ誰が通るかわからない応接室の扉が開いたままの状態で、飯島外務大臣がそのように大声で話をした。

 阿川首相は、情報局長の北野に目配せして、慌てて扉を示させた。その時の顔な、何とも最も知られたくない人に、一番余計な情報が知られてしまったというような、渋い表情であった。

「いや、まだ新種かどうかもよくわからないところです」

「そんなはずはないだろう。公安委員会も警察官が犠牲になったとかで、大慌てだ。隠しても仕方がなかろう」

 飯島は、ベテラン議員特有の横柄な態度で阿川に接した。日本のベテラン議員というのは、自分が首相以上に全てを知っていて、全てを差配すると思い込んでいる人が少なくない。実際に何もできないのに、そのようなときだけ「親分気取り」となるのであるから、全くやりづらい。そのうえ、口が軽く、何でもマスコミに話してしまうようでは、とても信用して様々なことを相談できないのだ。これは、日本の儒教道徳の悪癖で、年長者とか先輩であれば、無条件で「偉い」と思っている所があることが理由である。しかし、そのことが大きな事件につながることも少なくないのが現状だ。

「飯島先生。しかし、まだ不確実な情報をお知らせして先生のご判断を狂わせては良くありませんから。確実な情報になったら、マスコミ発表や党内のは票よりも、飯島先生にご相談しますので、よろしくお願いいたします。」

 阿川首相が、首相として素晴らしいのは、このようなときに「自分の帆が総理大臣である」というようにして、敵対的な態度を取らず、常に下手に出て相手を嫌な気分にさせないところである。もちろん、野党側の人々のように「反対のために反対をする」というような人々には、敢然と立ち向かうことになるが、しかし、なるべく相手を篭絡して、そのうえで自分の意思を通すという政治手法をうまく使っていた。阿川首相自身が頭がよかったり優秀であるわけではない。しかし、この首相の周囲には様々な人々がいて、そして一般にはあり得ないと思えるようなことを主張数る人々も、首相である自分自身の近くにいさせ、そしてその観点から物事を話させた。

 このことから阿川首相の周辺では、常に「常識的に考えられない」というような内容であっても、その内容をしっかりと考えられるようになっていたのである。東御堂や嵯峨等、旧皇族が専門家を集めて情報機関のようなことをしているなどということは、常識的には考えられない。しかし、「常識的に考えられない」事であっても、実際にそのようにあるのだ。日本の官僚は「あり得ない」と言って初めから相手にしないことがほとんどで、情報そのものを門前払いしてしまう。しかし、この阿川首相に関しては、そのようなことはなかった。そのことから、少なくとも日本人の常識外のところから攻めて来る攻撃などの政治的な内容に対しても、早めに対処することができた。実際に、京都で天皇陛下の暗殺計画があった時も、通常ならば「確実かどうか」「エビデンスがあるか」などということを言って、なかなか動かない。しかし、阿川首相は首相の決断として自衛隊や警察官を動かしたのだ。そのことで、天皇陛下をはじめとした多くの人の命が守られたのだ。

 今回も同じである。通常であれば、「中国が病原菌を日本でばらまく」などということは「常識的にあり得ない」ということにあろう。そして、外務省がまだ把握していないようなことがあり得るなどとは考えないであろう。その意味では官僚たちに言われて首相官邸に聞きに来た飯島悟外務大臣の態度は理解できないわけではない。しかし、阿川はあえて外務省の官僚よりも今田陽子やその先にある人々の情報を優先したのである。

「まあ、総理がそういうならば、情報を待つとしますかね」

 飯島悟は、そういうが、しかしなかなか応接椅子から腰を上げなかった。阿川首相は追い出すわけにもいかず、少し困惑した表情をしたが、そのまま放置した。

「私から」

 北野内閣情報局長である。

「うむ」

「まずは麻薬の取引をしていた香港のマフィアですが『王獏会』というところで、逃げたのはそこの日本代表を名乗るアレックス・ヤンという人物です。」

「王獏会ですか」

「はい、そしてアレックス・ヤンは、中国大使館に何回か出入りしていることが確認されています」

 北野は、何事もなかったように話をした。事実なのであるから、そのように話すしかない。北野は、そういうとファイルから中国大使館の出入り口に写っているヤンの写真を出した。

「中国とマフィアのつながりがここにあったのか。」

「それに、倉庫も」

 今田陽子と阿川首相は、顔を見合わせた。

宇田川源流

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