「宇田川源流」 今回の全人代で習近平はヒトラーに肩を並べる独裁者になった
「宇田川源流」 今回の全人代で習近平はヒトラーに肩を並べる独裁者になった
3月11日に閉会した中国共産党の全国人民代表社会議(全人代)では、異例づくめのことであった。
そもそも、昨年「政治的に対立していた」共産党青年団の出身であった李克強が常務委員どころか完全に引退してしまった。そしてその後継者で共産党青年団の次世代のリーダーとみなされた胡春華も、常務委員になることが期待されたが、逆に政治局員からも外されてしまい、完全に共産党の指導部から姿を消した。「失脚」というよりは「実質的な粛清」に近いのではないか。今回、中国共産党・各民主党派・各団体・各界の代表で構成される全国統一戦線組織である全国政治協商会議の副主席になったが、その主席には王滬寧常務委員が入ることになり、完全に監視されたような状況になっている。
このような人事になり、「習近平独裁となること」に反対していた胡錦涛前国家主席は、2023年の全人代の途中に、退席するというようなことになり、かなり世界でも話題になった。その後、胡錦涛氏の息子が要職に迎えられることをもって「和解した」というような話があったが、実際はどうであおるか。
このように、2023年に一度ほぼ全部退場させられた共産党青年団が、今回の全人代で復活してきているように見える。しかし実際は全くそれとは異なる内容になっているのである。
さて、ここでその人事のことはまた後に話すとして、もう一つの異例の話をしてみよう。通常は国務院総理が会見を開くことが通例である。これはある意味で日本の株主総会における営業報告を、業務の執行責任者、つまり「オペーレーティングの責任者」が発表するということが通例である。しかし今回はその李強首相の記者会見もなかったということになる。この解釈は二通りある。一つは「行政の総責任者が責任をとれる立場にはない」ということである。つまり、肩書やポストは同じでも、権限が縮小しているということになる。そしてもう一つは、そのような報告ができないくらいの行政の状態であるということである。
今回の全人代の解釈をどのように考えるのか。
中国全人代、国務院組織法改正案を可決 共産党の指導さらに強化
[北京 11日 ロイター] - 中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)は閉幕日の11日、共産党が国務院(政府)への指導をさらに強める「国務院組織法」改正案を可決した。
全人代代表の採決では賛成2883票、反対8票、棄権9票だった。
李強首相率いる国務院は行政機関21省と地方政府を名目上監督しているが、ここ数年は権限の縮小が進んでいる。
法律の専門家は1982年以来初めてとなる国務院組織法の改正について、国家から党に権力がさらに移され、政府が党の指導を忠実に実行する傾向を裏付けるものだと指摘する。
新たに追加された文言では、国務院は「党中央の権威と集中統一指導を断固として堅持」し、習近平国家主席の思想に従わなければならないと強調されている。
香港中文大学のライアン・ミッチェル教授(法学)は「これは中国行政権の再編における重要な変化だ」と話す。
全人代常務委員会の李鴻忠副委員長は先週、今回の改正は「党と国家機関の改革を深化」させ、「憲法を全面的に実施する」ものと説明。憲法は全てに対する党の指導を改めて明確にするため2018年に改正された。
米ジョージタウン大学のトーマス・ケロッグ教授(アジア法)は「党幹部も政府官僚も、日々の意思決定の重要な指針として、党の指示やイデオロギー的な指導にこれまで以上に注意を払うことになる」と語る。また首相記者会見の廃止は「(党を優先して)国家統治機構が脇に追いやられるもう一つの例」とし、党・国家機構改革は進行中で変化はまだ続くとの見方を示した。
3/11(月) ロイター
https://news.yahoo.co.jp/articles/4d93cd014d00630bc1c004c3a27a8896698a102d
上記に書いた二つの現象。つまり「敵対的な立場であった共産党青年団の人々の登用」「李強首相の会見の廃止」というこの二つのことであるが、これが意味することは何か。昨年の全人代で常務委員会に関しては基本的に習近平国家主席のイエスマンだけになった。しかし、その様になったところで、会議をしなければならないということに変わりはない。そのような場合に「独裁者」がおこなうことは「会議を開かなくても行動できる自由」を求めるようになり権力を強める行動になる。
1933年3月 23日、当時のドイツの議会は、議会や大統領の承認なしに政府が立法権を行使できる法律である「民族および邦の危機を除去するための法律」(Gesetz zur Behebung der Not von Volk und Reich)が制定された。いわゆる「授権法(全権委任法)」であり、制度的にナチスの独裁を認める法律となった。当初は4年間の時限立法であったが,更新を繰返し,ナチスの独裁に合法性を与えることになった。
さて今回の国務院組織法の改正に伴って習近平の権限が強くなり国務院の権限は縮小された。法改正は政府・内閣に対する党の指導力を強め、「習近平」思想などのイデオロギーに従うよう促すものとなった。国務院はまた、共産党員で占められている全人代からの監視も強化されることになる。
このことによって実質的にヒトラーと同じように習近平が完全に独裁者となったことを意味する。上記の李強首相の会見がなくなったということに関しても「李強首相はすでに行政の責任を負える立場にはない」ということであり、多くの官僚組織を抱える国務院は、習近平の意志を実行する執行機関であり、要するに雑用係となったということを意味しているのである。そのうえで「できなければ(または命令に従わなければ)共産党の意志に反したとみなす」とされ、反腐敗などで処罰されるということになるのである。
このことは、国家社会主義という政治体制や国家体制を含めて、ナチスドイツと同じことになる。ついでに言えば、経済的にも悪化ているということであり、一度自由化民主化に近くなった中国が、その経済の悪化と周辺国との対抗的な関係によって、独裁的な活動と国際的に独善的な行動をとるということになるのではないかと危惧される。つまり、最終的に国家の中の矛盾が大きくなり、なおかつ、経済の悪化などが起きた場合は、公共事業などでカバーできなくなり、最終的には軍事的な行動に出るということは、ナチスドイツという歴史が教えてくれているのである。
そしてそれを止める国内の勢力である官僚組織は、権限を奪われ、なおかつっ肩書だけを復活させられても、共産党の監視下にあり権限を与えられないということを意味しているのである。このように総合的に見れば、習近平が戦争を発言しないでも近未来に何が起きるのかはわかるのではないか。
日本はそのようなことを歴にし学び、それに備え、最悪の事態にならないように準備しなければならない。
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