「宇田川源流」【日本万歳!】 震災からも復興した日本人の本当の強さ

「宇田川源流」【日本万歳!】 震災からも復興した日本人の本当の強さ


 毎週月曜日は「日本万歳!」をお届けしている。。日本のすばらしさや、日本が世界から称賛されえる内容をご紹介し、その内容を細かく分析し、その中においてその素晴らしさが何に由来しているのかということを皆さんにお話をするということをしている。そのことによって、本件の内容において、日本人の国民性や日本人の生活習慣で世界が称賛する内容をしっかりとご紹介しようということになる。

新聞やテレビで名前を見ても、基本的には有名人ではないし、また生活などにも普通の人である。何か特別な人ではなかったのである。しかし、その内容に関して、「普通」であるという事、つまり大多数の日本人が同様の行動を行いまた、同じ状況においてその行動ををとる可能性が高い。しかし、その内容に関して言えば、日本人ならばその人ではなくても同じような行動をとることになり、マスコミで報道されているのは、たまたまその人が選ばれているだけで同じであるということにある。それは「日本人の性質や習慣全体が称賛されている」ということであり、そのことから、その内容を素晴らしく行うということになるのである。

世界の人が共通して日本の人の行動を称賛する内容がある。もちろん無名な日本人の人々に対する内容であることは間違いがない。その日本人の行動というのは、一つ目は、サッカーのワールドカップなどの世界大会などにおける、掃除である。この件に関しては何回か記事にしているが、実際に、きれいにしている日本人のファンの行動や、日本代表がロッカールームを清掃してから引き上げるという内容のニュースは、単純に日本人のすばらしさやきれい好きをいうだけではなく、多くの人の感動を与える。それが負けた試合でも必ずやっているというところは、今のところ日本以外には全くできていないのではないか。

そしてもう一つの内容は震災後の秩序の取れた日本人行動や、その復興に向けた努力である。私の記憶にある大震災という事でも、阪神大震災と東日本大震災があり、そのほかにも中越地震や熊本地震、今年の元旦にあった能登半島地震などがあり、また、水害なども様々に発生している。また台風の被害に木曾御嶽山や桜島などの噴火などもあある。このような未曽有の災害に対して、日本人はしっかりと復興してきているのではないか。

震災13年 天皇ご一家黙とう

 東日本大震災の発生から13年となった11日、天皇、皇后両陛下と長女愛子さまは皇居・御所で黙とうされた。宮内庁が発表した。

 上皇ご夫妻も赤坂御用地(東京都港区)内の仙洞御所で、発生時刻に合わせて黙とうした。 【時事通信社】

2024年03月11日 16時04分時事通信

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12145-2868597/

福島知事"私たちは負けない"

 東日本大震災から13年を迎えた11日、岩手、宮城、福島3県で追悼式が行われ、地震発生時刻の午後2時46分に黙とうがささげられた。参列者らは、元日に地震が起きた石川県能登半島の人々にも思いをはせ、経験や教訓継承の大切さを再確認した。岸田文雄首相は、政府主催の追悼式が終了した2022年から3年連続で福島県主催の式典に参列し、献花した。

 福島市で営まれた追悼復興祈念式には約360人が参列。内堀雅雄県知事は「復興は今後も長く険しい道のりが続くが、挑戦を続けていくことで必ず道は開ける。私たちは負けない」と力を込めた。祖父母と両親を津波で亡くした浪江町出身の鍋島悠輔さん(20)は、遺族を代表し「黒く巨大な津波の恐ろしさは今も心に強く残っている。震災の教訓を決して忘れないようにしなければならない」と訴えた。

 岸田首相は政府代表のあいさつで「地震・津波被災地域の復興は着実に進展している」と強調。その上で「大きな犠牲の上に得られた教訓を風化させることなく、能登半島地震をはじめとする自然災害への対応に生かし、災害に強い国づくりを進めていく」と述べた。

 津波被害を受けた岩手県釜石市鵜住居町の「釜石祈りのパーク」では、市主催で追悼式が実施され、約150人が参列した。津波で母を亡くし、姉がいまだ行方不明の佐々木智之さん(41)は、「被災地では震災を知っている世代から知らない世代への伝承が進みつつある。災害を語り継ぐことに経験は関係なく、未来を願う思いが防災、減災につながる」と語った。

 関連死を含む約3800人が犠牲となった宮城県石巻市主催の追悼式には、遺族ら約70人が参列。「震災時を思い出してしまう」という遺族に配慮し、防災行政無線からの追悼のサイレンは、例年より低音で流された。

 斎藤正美市長は式辞で能登半島地震について触れ「本市も震災時、多くの自治体に支援をもらった。被災自治体と連絡を取り合い、最大限の支援を行っていく」と話した。 【時事通信社】

2024年03月11日 19時24分時事通信

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12145-2869236/

 東日本大震災の後、現在の上皇陛下の御代であった。この震災は、津波が発生し、その結果、冷却用の電源が動かなくなった福島第一原発が水蒸気爆発を起こしたことで有名である。日本の左翼主義者どもは、一斉に日本が汚染されるというようなことを言ったり、復興で経済をまわさなければならないにもかかわらず、福島さん食べ物を食べないなどということを行った。その左翼主義者に触発され、中国などは最近まで福島産といっても遠洋で撮れて福島件で水揚げされただけなのだが、その様な魚も禁輸にしていたのである。

その様な状態の時に、当時の天皇陛下は福島県に行幸され、犠牲者の異例と被災者の慰問を行った。その時に天皇陛下は「放射能に汚染されているかもしれない雨」が降る中で、「傘などはいらない。犠牲者に失礼である」として、雨に濡れながら海に向かって黙とうをささげているのである。福島県の人々が、どれほど勇気づけられた事であろうか。

さて、私がかかわったところでは2011年8月31日にACミランのOBチームを呼び、仙台で試合を行った。その時の記者会見で、イタリアのメディアの記者が「放射能で汚染された福島を通ることに危険はないのか」と質問した。これに対して仙台のチームにもいたことがあるマッサーロ選手は、「福島には今も子供たちがいてサッカーを期待している。子供たちが待っているのに、体を鍛えている我々がその様なことを恐れるはずがない。もしもあなたが心配ならば来なければよい。私たちはサッカーファンが望むならば、福島のグラウンドで子供たちに対してサッカー教室を行う事も計画する」と言ってた。非常にうれしい言葉ではなかったか。

さて、それから13年。今年は、元旦に能登半島地震があり、支援の輪が広がっている。能登半島は「半島」という特殊性と、鉄道がとおっていないというようなことから、物流道路などの損傷で一時孤立化するところが多く、物資が間に合わなかったり、自宅で仕方がなく非難をするような人も少なくなかった。そのうえ、津波も発生し、また輪島市では火災が発生して朝市の商店街がほぼ全滅する。また、工芸品の輪島塗も復活が難しいというような状況になっている。その様案音半島にしたいして支援を申し出ているのが、あの時助けられた東北の皆さんである。

まだ復興途上、これが今の東北の現状でありいまだに避難したまま戻ってこない人が少なくない中で、お互いに助け合うことができる。「ゼッタイに復活できる」これが、力強いメッセージになった。天皇陛下もあの時の陛下が上皇陛下になり、今上陛下が黙とうをささげている。

この助け合い、そして、必ず復興する力が、本当の日本人の力であると思う。

宇田川源流

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