小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第一章 再来 18

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第一章 再来 18

「この論文なんですが」

 ケガをした樋口に代わって、この「組織」に入ってきた葛城博久が、自衛隊で調査した内容を持ってきた。

 東銀座の事務所には、いつもは荒川義弘が常駐するようになっていた。彼だけは普段から何をしているのかよくわからないところがあって、いつも何か暇そうな人物であった。一郎企業コンサルティングをやっているということになっているが、その割には、雑誌などにも文章が公開されたり、ラジオやテレビでコメンテーターとして出てくることもあった。しかし、その本業はよくわからない。まあ、そんな荒川に事務所を持たせていても誰も怪しまれないというようなところではないか。もちろん嵯峨や東御堂のオフィスとして彼らの机も常備され、また彼らのための酒もしっかりと準備されている。

 荒川が常駐しているからといって、いつものメンバーがここに来ないわけではない。四谷に事務所があった時と同じように、頻繁に様々な人が来ていた。とくに、同じビルの地下には菊池綾子のクラブ流れ星があり、青木裕子の関係もあって多くの政治家がこの店を利用していたために、内閣官房参与をやっている今田陽子などは、四谷の時よりも「事前の打ち合わせ」などと称して、この事務所に立ち寄ることが簡単になった。

 腰をけがして車椅子での生活を余儀なくされている樋口からの連絡で葛城博久が、防衛省で何かの情報をつかんだということのようなので、この日は嵯峨朝彦と、今田陽子もこの事務所に入ってきていた。

「中国語じゃない」

 今田陽子はあきれたように言った。

「いや、後ろに自衛隊で翻訳した内容が入っているのですが」

「あら、それは失礼」

 荒川とは対照的にいつも忙しい今田は、すぐに結論に飛びつこうとする。嵯峨朝彦は、そんな二人のバランスが良いと思っているようである。

「それで、結論は何なの」

 今田は、ファイルの数ページをぱらぱらとめくると、その最終の結論のところにダどりつく前に、葛城に聞いた。まあ、内閣官房では、それくらいのスピード感で仕事をしなければ様々なことが間に合わないというのもわからないではない。葛城はそんな今田陽子に、それほど不快な表情を見せずに、今田陽子からファイルを取り戻すと、結論の書いたページを開いて、もう一度いまだに手渡した。もともと自衛隊にいた葛城は、自衛隊時代の上官や幕僚長などに話を聞かれ、このように話すことに慣れているようであった。

「こちらをご覧いただければわかるように、中国の情報将校とみられる林青と楊普傑が、羽田空港近くの倉庫街で目撃されています」

「ああ、中国大使館の倉庫ね」

 実際は中国大使館ではなく、中国の民間企業の借りた倉庫である。そのことはすでに政府も確認している事であるが、しかし、今田陽子は「中国大使館の倉庫」といった。これはその民間企業は中国共産党幹部の親族の会社であり、実質的には全く活動をしていない実体のない会社であるということも政府は掴んでいた。そして、その実体のない会社の代わりに、中国大使館が政府系の荷物などを倉庫の中に入れているとみている。ただし、捜査令状などがあるわけではないので、仲を検査することはできない。一応倉庫会社が、通り一遍の検査は行っているが、入口から仲を見て懐中電灯で仲を見たうえで、インボイスなどの書類を検査するだけなので、実質的には中で何か行われているかなどは全くわからない。

「その、中国大使館の倉庫に楊は、手錠でつながったジェラルミンのケースを持ち入り、それを持たずに3時間後に出てきた。あの運び方は、間違いなく何か重要なものであるということになるのです。」

「そんなことを言っても、日本では令状もなければ何もないので、調べようがないじゃない」

 今田陽子は、政府の人間らしく当たり前のことを言った。

「お二人さんの話に入って悪いが、そのカバンの中身は何だと思うね」

 嵯峨朝彦が二人の会話に口をはさんだ。もちろん目の前にはウイスキーがおかれている。そして、そのウィスキーを作っているのは、同じビルの地下に店のある菊池綾子だ。朝彦は、菊池の作る水割りを痛く気に入っていた。ウイスキーの水割りなど、誰が作っても同じであると思うが、しかし、朝彦にとっては何かが違うのであろう。

「カバンの中身ですか。それはわかりませんが、しかし、日本にとってあまり善いものではなさそうな気がします」

「善いものではない」

「はい」

 葛城は、間を置かず、しかし確実に伝わるきりっとした声で言った。

「ところで、政府では本当にあの倉庫の中はわからないのか」

 朝彦は、今田の方に向かって聞いた。老人特有のゆっくりした声で話をした。

「実は、内調の方で、様々な調査を行っています。外からX線で照射したこともありますが、中には鉄のコンテナを重ねているので中で何をやっているのかは全くわからないのです。それに中に何かが運び込まれていますが、そもそも物流倉庫ですから、木箱や段ボール箱で持ち込まれてしまっては何も出てこないのです。輸入であれば、それでも税関がしっかりと検査しますが、これから輸出するものなどということであれば、それでも検査をすることができますが、輸出入のインボイスに何も書かれていない保管用の荷物ということになれば、何の検査もできないのが現状です。」

「何とかならんのかね」

 困った風に嵯峨は言った。しかし、今田も葛城も何も手がなかった。実際に外からのX線での建物内の検査や、温度を測る「サーモセンサー」などもできるが、しかし、この中国の倉庫の中は、それらをすべて回避するように、そのうえで外形的には全く問題が見えないように工夫されている。実際はそれらのセンサーをかいくぐるような状態になっていること自体が「何かを隠している」ということでしかないのであるが、しかし、証拠がなければ何もできない。とくに「差別」などといって騒がれては問題が大きくなりながら、すべて隠されてしまうのだ。その様になる前に、確実な少雨個をつかまなければならないのである。

 嵯峨朝彦の言った「何とかならんのかね」というのは、その様な今田や葛城など、この中国の倉庫を問題視しているすべての人々の心のお絵を代弁したものでしかない。

「潜入は無理ですか」

 荒川が、何気なく言った。

「どうも、武装した兵が何人も中にいるのです。」

「武装、銃を持っているという意味ならば、その時点で銃刀法違反で捜査ができるでしょう。にもかかわらず、それをしないというのはどういう事何だろうか」

 荒川は、素直に疑問をぶつけた。

「それは荒川さん。証拠がないんです。いや、X線調査などでは当然に、銃があることは見えているのですが、しかし、まさか令状もないのにX線を照射して中を探っていたなんて言うことはとても言えないし、そのような証拠では裁判所は礼状を出さないんです。」

「要するにX線やサーモは違法な調査だから、日本人に危険が迫っていても四方としての証拠能力っはないということだね。まあ、憲法でそうなっているから仕方がないのだが、さてさて。逆に銃で守らなければならないということは、それ以上に危険なもの、例えば大量破壊兵器とか、そういったものがあるのだろう。そして潜入すれば、銃で射殺してしまうという事なんだな」

 葛城も、今田も黙るしかなかった。

「何か対策を考えないとならないね」

 嵯峨が口を開いた。このような時には嵯峨が何かを決断することを待つということが彼らの習慣であった。

宇田川源流

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