小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第一章 再来 7
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第一章 再来 7
「何かがおかしいんだ。君はどう思う」
大沢三郎の行きつけの店、というか、そこのママである麹町の小料理店「時の里」に大沢三郎と、日本紅旗革命団の松原隆志が座っていた。
「そんなことよりも、今回はおっさんと二人かい」
松原隆志は、にやついた顔を隠すように、目の前のたばこを加え火をつけるようにして顔を隠した。以前この店に大沢三郎にこの店に連れてこられたときは、もう一人「大沢チルドレン」といわれる美人議員の青山優子がいた。本人は全く知らされなかったというよりは、多分騙した形で青山は連れてこられ、大沢からの「贈り物」として、この店で松原に渡されたのである。青山優子にとっては、女性をモノのようにやり取りする大沢三郎を信じられなくなったきっかけでもあるし、またこの店に来なくなった理由でもある。
一方、松原は、この店に呼ばれるということは、大沢三郎の庇護下でテレビで見ることのできる「お高く留まった女」を一晩自分のものにできる場所であり、大沢の打ち合わせなどよりもはるかにそちらの方が楽しみであった。どうもこの手の革命の戦士というようなことを名乗っている人々というのは、静的な関係を好きになる傾向にある。1970年代の内ゲバの時代も、彼らのアジトの中には基本的に若い男女がいて、そのような不適切な関係になっていたり、あるいは席を入れずに結婚したりしている関係が少なくない。そういえば、京都の大津伊佐治も若いころの話であったが、活動中に女性とねんごろになり、その時に生まれた子供が、今回の首謀者のひとりである山崎瞳である。その山崎ひとみは、政府から過激派として監視対象になっている大津伊佐治の娘であることをずっと隠していて、そのうえで大学の研究員として政府側に入り込んでいたのである。
「今回はほかの女だ」
「あの青山って女は、なかなか味が良かったんだがな」
「まあ、あいつは仕事もできるから仕方がない。他の仕事に行っているんだ」
「ほう、じゃあ、あまり優秀ではない先生様がいらっしゃるという事か」
「優秀ではないではなく、他に得意分野があるということだよ」
大沢三郎は、目の前のコップに中瓶からビールを注いだ。松原は、殻に名ている焼酎のグラスを、目の前のママ佐原歩美に差し出した。
「今日はよく召し上がりますね」
佐藤はそのように言って笑うと、後ろから焼酎の瓶を取り出して松原のグラスに注いだ。そしてそのまま自分のグラスにも注いだ。そして佐藤はメンソールのたばこに火をつけた。
「先生方は、女の話だけで仕事の話はされなくてよいの」
「仕事な」
松原は笑った。仕事なのか、それとも松原にとっては義務なのか、あるいはすでに自分の趣味になっているのか、松原自身にもわかっていなかった。
「そうだ。陳文敏、あそこに何か軍人みたいな護衛が張り付いているんだ」
大沢は思い出したように松原に言った。
「軍人、そうか。陳文敏も今回しくじったから、次で最後ということだな」
「どういうことだ」
「多分、前回やるときに共産党の中で大見えを切ったのであろう。だいたいアメリカ製のC4爆弾をあれだけ用意するのは中国人民解放軍であってもかなりのコストと手間がかかる。」
松原は、テロを行うときも爆弾テロが多かった。爆弾の専門家であるといわれており、そのようなあだ名がいくつもついている。それだけに、爆弾に関してはかなり詳しい。多分爆発物専門であれば、軍関係者や警察関係者よりも詳しいかもしれない。
「人民解放軍でも手間がかかるのか。それならば、人民解放軍にある爆弾を使えばよいではないか」
「そんなことをしたら、すぐに中国が関係していることがばれてしまう。だいたい、爆弾というのは国によってというか、製造工場によって成分が違う。そしてその成分が異なれば、爆発後の灰が変わってくるから、どの国がやったのかすぐにばれてしまう。前回の内容は皇居前の爆発も、九州の地下鉄の爆発も、すべてアメリカ製を使った。つまり、爆発の現場の灰を検査すればアメリカ製の爆弾の灰が検出されるということになる。当然に、アメリカ軍がそのようなことをするはずがないから、日本の自衛隊関係者が疑われることになる。日本は建築用のハッパは各民間会社が作っているが、攻撃用の爆発物は自衛隊は独自で持っていない。基本的にはアメリカから買ってくる。だからC4爆弾を使うということになれば、アメリカ軍か自衛隊が疑われることになる。もちろんOBを含めてな。」
「そういうものか」
大沢は、松原の知識には驚くものがある。単純にイカレたテロリストかと思っていたが、改めて人殺しの感覚には驚くものがあった。
「実際に1993年のケニア大使館の爆破事件。あいつはアルカイダがやったことになっているが、実際には爆発の後の灰を調べたらアメリカ製のC4が検出された。要するに物的証拠からはケニア大使館の爆破事件はアメリカの自作自演が話題になった。その後アルカイダが犯行声明を出したからアルカイダの犯行ということになったが、実際にはまだわからない。しかし、アメリカはこのために、捜査が遅れて、まずはアメリカ軍関係者の内部審査を行うことになりまた、爆弾の在庫検査をした。つまり、捜査がそれだけ遅れたということになる。また1993年の爆破事件から7年間で2001年の9・11につながるのだ。もしもアメリカが自作自演でケニア大使館をやったのならば、9・11も自作自演の可能性が出る。今のアメリカの9・11陰謀論はそのような話から出てくることになるのだ。要するに爆弾の灰があるだけで、それだけ官憲の馬鹿どもは捜査を遅らせるんだ。」
「それで、アメリカ製にこだわったわけか」
「ああ、でも中国人民解放軍はそれを持ってくるということは、アメリカ軍から取引をするか、あるいは盗むしかない。それだけ手間がかかるということになる」
「なるほどね」
大沢は、のどの渇きを感じてビールを一気に飲み干した。佐藤歩美は、慣れた手つきでビールを空になったコップに注いだ。
「それだけのコストをかけながら、今回の内容は完全に失敗した。つまり、人民解放軍は完全に陳文敏に無駄な動きにさせられたということになる。本来ならば陳文敏は死刑だ。よくてもこの仕事からは外されるのが普通だ。しかし、そのまま日本にいるということは、共産党は何かを日本に仕掛け、そして陳を殺すつもりであろう。殺すというよりは犠牲にするというような感じの方が正しいかもしれないがな」
「日本と戦争する気なのか。共産党は」
大沢三郎は、松原の言っている言葉の意味を汲み取った。要するに、陳文敏を東京に置き、何らかの工作を行い、陳文敏にその内容をさせておきながら、そのままうまくゆけばよいはうまくゆかなければそのまま戦争を始めてしまうということになるであろう。ある意味で特攻隊だ。」
松原はそう言って笑った。そして焼酎を飲んだうえでつづけた。
「中国人民解放軍というのは、我々の活動と同じ。目的のためには少しの犠牲は全くいとわないという性質がある。その意味でいえば、他にも何人か工作のグループがいるかあるいは我々のほかにも工作をするものがいる。そして、陳文敏とともに、我々もお払い箱ということだ。」
「お払い箱」
「ああ、何しろ日本政府に秘密や計画がばれたんだ。当然に我々のどこかから秘密が漏洩する。そのような仲間とは一緒になれないということだよ」
松原はそういってまた焼酎を飲んだ。
「それで、女はまだか」
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