小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第一章 再来 1
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第一章 再来 1
「陳さん、お久しぶりです」
六本木飯倉片町交差点前の「奉天苑」には、大沢三郎が来ていた。
「お久しぶりじゃないよ。大変だったんだから」
ちょっと不満そうに言葉をつないだ陳文敏は、いつものように能弁に口を開こうとしたが、急に口をつぐんだ。そして視線を自分の後ろに移した。そこには、スーツを着た若い男性が立っている。体格は非常に立派で、スーツの上からでも鍛えているということがわかる。首筋まで筋肉でおおわれた体格は、格闘技をテーマにした漫画に出てきそうな様相だ。
「おお、新しいお仲間ですか。ずいぶん強そうな」
陳文敏が明らかに警戒している様子なのに対して、大沢三郎は、その雰囲気を察したのか、わざと明るく、そしてその人物を取り込むかのような形で話しかけた。しかし、そこに立っている男性は、全く何もい言わず、大沢の報に視線もむけなかった。
「おや、なかなか固い人物のようですな」
大沢は自分の呼びかけに全く動かない男に、少し不快感を込めた言葉を投げかけた。少なくとも野党の大物政治家であり、立憲新生党の幹事長である大沢が声をかけて、何の反応も示さないことは、日本ではありえない。いくら大沢のことが嫌いであるとしても、少なくとも視線くらいは向けるのが普通であろう。しかし、この男は全く音声が聞こえていないかのように、微動もしないのである。
「大沢さん、申し訳ないですね。この男は高鋼という者で、今度の私の協力者です。前回は失敗しましたが、次の失敗は中国では許されません。そこで、人民解放軍参謀本部から特に優秀な彼を私につけてくれたのです。大沢先生もぜひお見知りおきを。」
さすがに、陳文敏も自分の不手際で監視がつけられたとは言えない。協力者が付いたというしかないのである。しかし、陳文敏があまり歓迎していないということは、彼の表情の特徴でよくわかった。そのうえ、今回は松原隆志は呼ばれていない。つまり、大沢と少し政治的な話が有るという事であろう。政治的な話にテロリストを呼んでしまえば、あまり良いことにはならない。
逆に言えば、この高鋼という軍人は、政治的な話をしても問題がないという人物なのであろう。つまり、それなりに政治工作や軍事的な工作、または軍隊が占領した場合の占領地政策などを行う「政治軍人」なのかもしれない。そういえば、中国人民解放軍には、純粋な軍事的な将校とは別に、「政治将校」という存在があると聞いたことがある。政治将校とは、人民解放軍が共産党の命令に従った行動をお行っているかどうかを共産党に報告し、また政治的な目標を達成するための動きをするということから、その内容を完遂するために、軍隊と行動をともにしながら監視しまたは占領地において共産党の支配に服するような政治を行うというような役目である。
しかし、大沢は、そのことで「陳文敏が共産党から疑われて、監視がつけられた」というようには発送しなかった。そもそも大沢は、もともと保守的な政治家であったのだが、自分で党を作ってから、革新層や野党側の支持層から支持を受けたり支援をされた。その中には、在日中国人や在日韓国人、北朝鮮人などが多く、それらの持つ人脈が徐々に大沢の中には入っていた。もちろん彼らは文化が異なることから日本で差別的な扱いを受ける場合が少なくない。また、何でもないことを「差別だ」と感じてしまったり、場合によっててゃ「差別だといえば利益になるから」という理由で他人を傷つけて差別を捏造するようなことも少なくなかった。そしてそのような内容をしている人々は、自分の国に関して何か悪くいうはずがない。その為に政治将校に関してもそのような「善い事」しか言わず、それが実質的に監視になっているというようなことは全く和なかった。
そのようなことから、大沢は「日本よりも中国のほうが政治的に優れている」と考えるようになっていた。そもそも、政治などというものは、その国の環境や資源(食料や産業などを組む、生活にかかわることすべて)または、その国の国民性や生活習慣など、そして宗教間や死生観、道徳感などを総合的に勘案して決まってくるものであるはずである。しかし、そのようなことに関して、自分が政治をやり、そして他の人の上に出たいという「欲望」が発生した時に、しっかりとした見方ができず、そのために、国民性や環境の違いなどを無視して、盲目的に中国の制度が素晴らしいなどロいうようになってしまったのである。
この時も、そのような大沢の「欠陥」が出てしまった。そして、それが全くわからないということを、陳文敏に見透かされてしまったのである。いや、陳文敏だけではない。高鋼も、横で聞いていて大沢の性格が見えたのである。そして、前回の失敗の原因が大沢ではないかというような疑いを強くしたのである。しかし、高鋼はそれでも陳文敏でさえわからないほど、全く表情に出さなかった。
「高鋼さんにも同席いただいてよろしいですね」
「もちろんですよ。それよりも座らないのですか」
「彼は軍人ですので、任務中は決められた時間しか食事もしませんし、必要最低限以外は話しません。中国の軍人というのはすべてそのようなものです」
陳文敏は、簡単に嘘を吐いた。こんなに冊子が悪い奴と組んでいたのかというような嫌悪感があったが、しかし、陳文敏も、そのサッシの悪い大沢に察せられてしまうような状況ではなかった。
「さてさて、ところで、前回は天皇を殺すことができませんでした」
陳文敏と大沢の前には、そんなに品数はなかったが、それでも豪華な食材を使った料理が並んでいた。そしてその横にはビールのジョッキがあった。
「いやいや、本当に残念でしたね」
大沢はそう答えると、イセエビのチリソースをつまんだ。話半分という感じであろうか。
「大沢先生、なぜ失敗したんでしょうね」
「そりゃ、政府のほうが上手だったんでしょう」
「上手、それは」
要するに、自分たちのほうが阿川内閣よりもはるかに下にいたということであるそれであるならば、よい状態ではない。ましてや高鋼が横で聞いているのに、そんなことを素直に認めるようなことはできないのが陳文敏の立場だ。しかし、だからといってここで大沢と喧嘩をしても始まるものではない。要するにしっかりと原因を分析しなければならないのだ。
「何らかの形で情報が入っていたとしか思えないでしょう。そうでなければ、警備以外の警察などはいないでしょうし、また武装した連中が警備するなんてことはないでしょう。日本は中国とは違って武器の形態をしている官憲がその辺にいるような国じゃない。」
大沢の言葉はまるで他人事である。そのような大沢を見ても、高鋼は全く微動だにしない。
「ではその情報はどこから漏れたのでしょう」
「さあ」
大沢はとぼけた。大沢の性格上「それは中国が」といいたいところであろう。とにかくなんでも責任転嫁をして全く何もしない。しかし、さすがに横に政治将校がいるのにそのようなことを言えるはずもない。とはいえ、自分のところでもないし、また松原のところで情報が洩れることもあまり考えられるものではない。結論は中国としか思っていないが、言えない以上はとぼけるしかないのである。
「さあ、とは。まさか大沢先生の政党からでしょうか」
「まさか、私のところは裏切りそうな岩田智也を自殺に見せかけて殺しているくらいです。それに、それを実行したのは陳さんじゃないですか」
確かにそうだ。『大沢チルドレン』といわれた若手のホープ岩田智也が、天皇襲撃の件を騒ぎ始めたので、自殺に見せかけて殺したのである。そして、その実行犯は、陳文敏が手配したのである。
「そうですね」
陳文敏も、中国政府ではないかと思うが、高鋼の手前そのようなことは言えなかった。
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