小説 No Exist Man 2 (影の存在) 序 足音 1

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

序 足音 1


「首相だけでなく、こちらから日本に行った閣僚も関係者も皆、日本人に殺されました」

 日本から戻った陳文敏は、中国共産党中央政治局常務委員会の席に出席し、そのように説明を行った。ちょうど、京都において発生した爆破事件のニュース映像の録画が流されていた。

 中国共産党中央政治局常務委員会、中国共産党の最高意思決定機関である。中華人民共和国の場合、中国共産党の独占支配が規定されているので、現在の憲法であれば、中華人民共和国の最高意思決定機関であると同義である。基本的には、ここが指導部であり、7人で構成されているので、「チャイナセブン」などといわれることもある。

 一応、共産党の規定によれば、最高意思決定機関は全国人民代表者会議(全人代)であるが、これは5年に1度しか行われない。そこで5年間の方針を決める。そして中国共産党の党大会を別に開き、その中で党中央委員会(年一回開催)決められ、その中で様々な「局」が決定する。その中の政治局というのは25名で構成され月一回開催され、その中から常務委員が7名選出されるのだ。つまり、中央委員会でも年一回であることを考えれば、少し複雑な内容が中央委員会政治局であり、そして日常の石最高決定機関が常務委員会ということになる。日本の会社でイメージすれば、党中央委員会が「株主総会」、中央委員会政治局が「取締役会」そして、常務委員会が「常務会」のような感じでイメージすればよいのではないか。もちろん、社外取締役のようなものはいないので、あくまでもイメージとしてとらえていただければよいかもしれない。

 陳文敏は、京都において「日中古代都市博覧会」のイベントで、日本の天皇や、阿川慎太郎首相などが参加した。その時に常務委員である李剣勝常務委員兼国務院総理などが出席したのだが、その時に日本の左翼勢力によるテロが発生し、中国から参加したも李首相をはじめ大使などもすべて殺されてしまった。しかし、日本の天皇や阿川首相は全く無傷であったのだ。

 なお、そのテロの首謀者こそ、ここにいる陳文敏であり、日本で政権を取らせると約束して立憲新生党の大沢三郎や、極左暴力集団の日本紅旗革命団の松原隆志などを操って、テロを起こさせたのである。中国共産党の中においても、周毅頼国家主席と対立派閥にある李剣勝首相を一緒に葬るということを企画したのである。そこに京都の革命家大津伊佐治やその娘山崎瞳などが加わった形だ。

「それにしても、日本という国は、このように自分の国が不利益になり、周辺国から印象が悪くなるような報道を平気で垂れ流すから、面白い国だ」

 周毅頼国家主席は、爆破テロのニュースを見ながら、何か満足そうに言った。

「周先生、それにしても中国共産党としては李国務院総理を殺されてしまい、日本に賠償を求めなければなりませんな」

 張延常務委員は、やはり満足そうにそのように言った。

「君たちは、これで共産党青年団の代表がいなくなったと思って喜んでいるのではないか。全く不謹慎な」

 李剣勝と同じ共産党青年団の王瑞環は、なんとなく悔しいという表情でそういった。

「何が不謹慎なのかな。日本に賠償を求めるということは当然のことでしょう。」

「それはそうであるが、そもそも陳文敏は、なぜその場にいながら李首相をお守りしなかったのか」

「これは異なことを、王常務委員殿。私のような身分の低い、それも普段は日本人の中に入って動いているごみのような人間は、李国務院総理と席を同じにするなどは恐れ多く、かなり離れたところにいましたので、助けに走りましたが全く間に合わなかったという次第でございます。」

 陳文敏の恭しい慇懃な態度は、かえって王瑞環にとっては無礼に感じた。

「ところで、日本が賠償に大路なかった場合はどうされるのでしょうか」

 やはり共産党青年団の胡英華常務委員は会に対して疑問を呈した。

 常務委員会は、もともと周毅頼、李剣勝、王瑞環、胡英華、張延そして、孔洋信、徐平の七名である。そのうち周派が4名、、共産党青年団が3名であったが、その青年団の中の李剣勝が死んでしまい、この日の常務委員は6名で開かれた。もちろん派閥が周派ばかりであるので、決を採れば当然に周毅頼の思うよになる。つまり実質的には偶数であるが、派閥的には国家主席の独裁になる。その場合、この先にどのようなことが起きるのかを先に聞いておかなければならない。

「いや聞くだろう」

「そうは思えません。何しろ、この事件もそこにいる陳文敏が仕掛けたのでしょう。李首相まで手が及ぶ計画であったかどうかわかりませんが、陳文敏が絡んでいれば、当然にそのことをもって向こうは拒否してくる可能性があります」

 胡英華は、冷静であった。下手な派閥争いというよりは、中国全体のことを考えて、冷静に分析する。それがもともと官僚組織であった共産党青年団の矜持でもある。

「そんな、私がへまそするはずがないでしょう」

「陳、ではあなたが今回のテロ計画に絡んでいるということを知っている人間、つまり大沢三郎も、松原隆志も、大津伊佐治も山崎瞳も全て生きているではないか。本来完璧ならば、君が関係していることを知っている人物はすべて殺して口を封じておかなければならないのではないか。そのうえ、北朝鮮の人間を使い、その者は逮捕されているというではないか。そのうえ元自衛官などもケガをして収容されているという。そのような状態で、君が関連しているということが漏れないという保証はどこにあるのだね」

「それに・・・」

 孔洋信が続けた。孔洋信は、周毅頼の派閥であるが、もともとは軍人で参謀本部勤務の情報畑であった。その後軍の政治局に勤務している。人民解放軍には、「戦う」軍人と「政治(占領地政策など)」を行う「政治軍人」と、「物品の調達を行い、または貿易」を行う「経済軍人」の三種類がある。孔洋信は、もともと戦う軍人であったが、その後「政治軍人」になった典型例であり、その中で軍人としてよりも政治を行う人物としての才覚が見染められ、周毅頼に政治のほうに来るように誘われたのであった。

「私の情報では、京都の古都博覧会の時は、すでに日本の政府にほとんどが露見していたというではないか。天皇や阿川の避難が完璧であっただけでなく、すでに警察なども配置されていたと聞く。つまり、すでにテロを行った側の人間の中から情報が漏れていたということになろう。」

「そ、そんなはずは・・・・・・」

 陳文敏は、必死に否定しながらも、確かにことがすべて露見していたところには、自分自身も疑問を持っていた。それならば、中国共産党の情報系の人間ならば、関係者をすべて殺し、口を封じるのが常識なのである。生かしておくということは、継続的に工作を行うことを意味する。

「陳、どうなんだ」

 周毅頼が、陳を睨んだ。陳は、その場で何もできずにすくみ上るしかなかった。

「しかし、皆の衆。もしも、陳がやったと露見していたとすれば、こちらとしては陳を逮捕して死刑にすればよい。そのようにして、中国共産党は罪を償う人間をすべて明確にしておく必要がある。そのうえで、そのような陳を住まわせ、なおかつ逮捕できなかった日本政府は、大沢三郎など陳文敏と組んで中国国家を弱体化させるために、日本国において国務院総理を殺害したということであろう。そうであり賠償に応じないなどということになれば、当然に、軍をもって攻め込み責任者を当方で逮捕して処罰する。陳は逮捕しなければならないかもしれないので、今後軍人二名を監視としてつけることにする。」

 周毅頼は、そのように宣言した。

「それは、戦争も辞さないということでしょうか」

 孔洋信は、確認のために改めて聞いた。いや、軍を担当する常務委員であるということになれば、孔自身がその戦争の準備や予算を組まなければならない。

「その様には聞こえなかったか」

「わかりました」

「反対する人は」

 全員が黙って、その場で終わった。

宇田川源流

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