日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 17

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第三章 月夜の足跡 17

「なに」

「あ、いや。今日のケーキおいしかったのでどこで買ったのかと思って」

 細川満里奈は、話したいことがと言いながら、急に周囲を気にし始めた。今田陽子は、その様子から何かを察した。そういえば、ここには山崎瞳がどこで聞いているのかわからないし、また、その意見に通じる人がいるかもしれないのである。ある意味で山崎瞳や天皇を暗殺しようとしている人々の「城」なのである。その中で不用意な会話をすれば、今度は細川が狙われてしまう。

「ケーキね。ちょっと口では説明しにくいから。だって、私京都に住んでいるわけではないから。ちょっと歩いてここに来る時に、おいしそうだったから。」

「そうなんですね」

「うーん、そうだ、メモ書いてあげる」

 そういうと、手帳をを破いて、なんとなく地図を書いた。そして、その端に「ここにあるバーで」と書いた。

「ありがとうございます」

 細川は、もう一度周囲を気にしてから、そのメモをカバンの中にしまった。

「ずいぶん周囲を気にしているけど」

 未だはわざとそのような言葉をかけた。もしもカメラなどでこの姿を見られていては、何かを気取られないとも限らない。逆に、このように言うことによって、かえって見られていても良いように防御したのである。

「い、いや。だって、おいしい店って独り占めしたいじゃないですか。だから他の人に聞かれたくないので」

「そうよねぇ。わかるわ。」

 今田はわざと大きな声でそのように反応した。山崎瞳に聞こえるように大声にしたのである。そのようにしなければ、次は左翼主義者の刃が細川満里奈に向かってしまう。ベテランの平木でもやられてしまった相手だ。細川のような素人の女性ならばひとたまりもないだろう。

 その日の夕方、まだ、バーが開くには早い夕方の時間。久しぶりにバー「右府」に灯がともった。

「ごめん下さい」

「ああ、あなたが細川さん。マスターの小川です」

 平木正夫の娘、小川洋子がマスターになっていた。もちろん、設備も酒も、平木の時のママである。

「マスターが女性なんですね」

「はい、マスターにあこがれていたんですよ。」

 小川洋子は、まだ慣れていないという感じで言った。

 この店を再開してからまだ一週間もたっていない。

 父の平木は、この店を全くの無借金で行っていた。そして、そのままの形で、全てを東御堂信仁に店の営業権を譲渡していたのだ。そして、その東御堂信仁が全ての手続きをして、小川洋子が営業できるようにしたのである。もちろん、今田陽子が様々な意味で政府を動かしたことは間違いがないし、また、便利屋の荒川義弘が店の掃除や道具をそろえることや、営業資金などもすべて行ていたのである。小川洋子は何もする必要がなく、普通に店にアルバイトに来るような感じで、この店を始めたばかりであった。

「そうなんですか。そう見えないけど」

「バーのマスターする前に、インフルエンサーだったんですよ、。いや、今もインフルエンサーの方が、収入が多いのですがね」

「そうですか」

 細川は、目の前に出されたカクテルに口を付けた。

 今田陽子が入ってきたのは、そんな時であった。

「細川さん、早かったのね」

「ここはマスターも女性なんですね」

「だから、ここならば話しやすいと思ったの」

 そういうと、小川洋子が差し出したウイスキーの水割りを手に取った。

「ところで、お話というのは何でしょうか」

「実は・・・・・・。」

 細川は、小川の方にちょっと目を向けた。明らかに警戒している様子だ。

「ああ、ごめんなさい。私、インフルエンサーの仕事があるから少し外しますね。店はまだ準備中にしておきますから、誰も入ってこないと思います。それと、ここにお酒おいておきますから」

 そういうと小川はわざと奥の部屋に入っていった。奥の部屋は、地下のコントロールルームであり、スイッチを入れれば、店の中の様子は全て見聞きすることができた。

「マスター、そんな意味じゃ・・・・・・」

 細川はそういったが、明らかに顔にはほっとした表情であった。

「細川さん、ではうかがいますよ」

「それが、あの部屋にいつも話をしに入るのですが、どうも大津さんという人、確かそんな名前でした。でも、その人は京都で誰かを手伝うだけだって。」

「手伝う」

「はい、他の人がいるようなんです。天皇を殺すということを言っていました。そして山崎さんも、その大津さんという人も、その人の計画で動くみたい。だから、山崎さんは天皇を殺すということは知っていたのかもしれませんが具体的には、どうするかは全くわからないみたいなんです。」

 細川は、ずっと胸の中にしまっていた、言えないでいた内容を話したのではないか。何かほっとしたような表情になった。

「そうなの」

「今田さんは、政府の人だから、こういくことを聞いたら大変なんでしょ」

「そうね。一応警察とかには言わなきゃならないけど。でも、まだ計画とかもわからないから。それよりよくそんなころを言ってくれるようになったね」

 今田は、逆に細川の事を心配するような目で見た。そのようなことを全て話してしまっては、今度は細川が狙われる。つまり、細川が話したとわからないようにして、捜査を私案蹴ればならない。逆に言えば、通常の警察の捜査には任せられないということになる。まさか警察の調書などは、書かせられないということになる。

 では、どうしたらよいのか。

「その計画をしている人はどんな人だったの」

「それが、よくわからないのです。しかし、どうもその人のことがあるので、吉川先生や徐先生が今回の企画に入ったみたいなんです。だから、吉川先生や徐先生が関係あるかのような感じなんです。」

 カクテルを飲みながら、思い出しながら話をした。一生懸命思い出しながら、話をしていた。

「吉川先生や徐先生は何か問題があるのですか」

「いや、お二方ともよい先生であると思います。しかし、日本の建物の話をするのに、どうして中国が関係あるんでしょう。そして、日本の話でも、古代の天皇なのですが、その天皇に反対している吉川先生が入っているのもおかしな話ではないでしょうか。何かがおかしいんです。こういうことをするには、本当ならばもっと歴史や建物や、そう言ったところに詳しい方が入るのではないかと思うのです。私も観光課にいてそのような会合は多く出ていますが、こんなに、メンバーが、天皇陛下を招くような会合に揃っている何で初めてなんです。だから何かあるのかなと思って。」

 カクテルを飲み干した細川は、小川が置いていった瓶からビールを入れた。細川は意外と強い方なのかもしれない。しかし、アルコールを入れたことによって、酩酊するとか、何か記憶が混濁するというのではなく、精神的に自分で作てっているような心の壁を、取り除くというような感じなのではないだろうか。アルコールそのものに寄っているのではなく、アルコールを飲んでいる自分やそのシチュエーションに酔っているという感じだ。

「そうね、確かに何か変な感じがしますね。それに、吉川先生も、徐先生も何か建物の会そのものとは関係ないようなことばかり話していらっしゃるからね」

「そうなんです。本当は山崎さんがその対応なのですが、山崎さんが全てを受け入れられないと私の所にもメールが来るんです。皆さん言いやすいみたいで」

 細川は、自嘲気味に笑い、そしてグラスの中を飲んだ。

「細川さん。細川さんに何もないように、警察に協力してもらいますね。」

 しばらくして小川洋子が戻ってきた。

「バーのマスターなのに、すっかり明けてしまってごめんなさい」

 小川洋子は、なるべく明るく細川の方に向かって言うと、そっと、今田陽子の方に向き直ってそっと頷いた。

宇田川源流

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