日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 16

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第三章 月夜の足跡 16


「薬を入れないってどういう意味」

 今田陽子は、意味深な山崎瞳の言葉を繰り返すように言った。

「あら、私の父が大津伊佐治であるということを知ってるんでしょ」

「大津伊佐治って」

 細川満里奈が声を上げた。細川の世代は、極左の暴力集団などはあまりわかっていない。その為に、大津伊佐治という名前を聞いてもはっきりとわからない。そもそも極左暴力集団の内容などは誰かに習うようなことはない。しかし、山崎の親の苗字が大津というように違うことに驚いたようなのである。

「満里奈さん、親が離婚したから、苗字が違うのよ」

「そうだったの、変なことを聞いてごめんなさい」

「いえ、いいの。ところで陽子さん、薬を入れていないといっているのに、何故お茶を飲まないの」

「お茶はケーキの後よ」

 陽子は、山崎瞳の言葉を気にしないようにして、ケーキを食べた。

「そうなの。それならケーキの後でゆっくり飲んでね。それより、今田さんならば大津伊佐治と言えばどんな人なのかわかりますよね」

「ええ、極左暴力集団の関西地方のトップ。昔学生運動を行っていた方よね。その方がお父さんというのは、なかなか言えることではないかも知れないわね」

「そうよ。学生運動をしていたということになればなかなか就職というのも難しいのですよ。だから結局学校しかない。学校は、そのような人でも受け入れてくれるの。だから、私は学校に勤めているのよ」

 山崎瞳は、少し笑みを浮かべてお茶を飲んだ。山崎瞳の前にはまだ手のついていないケーキがあった。

「もう一度聞くけどで薬って」

「左翼の私が何かするといえば、当然にあなたに薬をもって拉致するとかでしょ」

「細川さんもいるのに、そんなことできるはずがないじゃない」

 今田は笑っていった。

「そうね。ところで、今田さんは何を調べているの」

「何をって。京都のイベントの事をやっているに決まってんじゃない」

「それだけなはずがないじゃない」

 山崎瞳はそういって笑った。今田も山崎も、かなり緊迫した空気があったが、それでも特に何か事を荒立てるような話にはなっていなかった。細川満里奈も、そのような緊迫した空気を感じながら、何も言えない状態だった。

「例えば」

「決まってんでしょ。天皇陛下の暗殺よ」

「えっ」

 声を上げたのは細川満里奈であった。まさか、そんな話になるとは全く思っていない。それも天皇陛下の暗殺などと言うことは、とても考えられるような話ではないのだ。

「それならば、天皇陛下何で呼んでは良くないじゃないの」

 細川はヒステリックに言った。

「山崎さん、そんな事を企んでいるの」

「まさか、私がそんなことをするとは思っているのですか」

「いえ、一緒に仕事している人が、そんな大胆なことを考えるなんて信じられないじゃないの」

 今田は、やっとお茶に手を伸ばして飲んだ。特に薬は入っていないようだ。今田にしてみれば、やっと山崎瞳の本性が出てきたところである。ここからどれくらい聞き込みができるかが勝負であろう。しかし、そのことを山崎に悟られずに、相手の話を聞きださなければならないのである。なるべく落ち着き、また、山崎瞳の味方であるような形にしなければならない。

 しかし、一方で、この山崎瞳は平木正夫を殺した張本人でもある。間違いなく、京都で起きたことは全て、この目の前にいる山崎瞳と、その父の大津伊佐治が仕組んだことに違いない。この親子が、北朝鮮のコミュニティになんらかの形で依頼を出した結果であろう。つまり、この目の前にいる山崎瞳は、自分たちのチームの仇であり、なおかつ敵である。そして、その敵はどこまで自分たちの事を知っているのかはよくわからない。そして、その内容を探りながら、この女の味方の振りをして、秘密を聞き出さなければならないのである。その為には、堂々と振舞わなければならないのである。

「そうね、一緒に仕事していたのですよね。それにしても、天皇陛下暗殺なんて言われても、全く動揺しないのは何故」

 堂々と振舞いすぎたのか。しかしそのようなことを思われても意味がない。既に、そのように思ってしまった山崎の感情を否定しても意味がないのである。つまりそのうえで、しっかりと隠さなければならない。

「当たり前でしょ。そんな奇想天外な話、すぐに信じられるわけないじゃない。それも、今まで誰も言っていなかったことを、突然同じ仕事の仲間が言うのよ。そんな話は無理よ」

「確かに、信じられないわ」

 細川満里奈もそのように言った。

「確かにそうかもしれない。でも、そのような陰謀が動いていることも確かなの」

「山崎さんはそんなことを言うというのは、何か知っているの」

「まさか。いや、知っているといったら、何かあるのですか」

 山崎瞳は開き直ったように言った。ここで開き直ることは、逆に何かを知っているということに他ならない。しかし、それは簡単に話すことなどはないということでもあるのだ。いや、基本的には、山崎瞳は、この会話になることを想定している。つまり、今田自身からなんらかの情報を引き出そうとしているのに違いないのである。

「知っていたら、通報しないとならないわね。もちろん、ここで私が話して思いとどまってくれれば、そんなことはしなくて済むかもしれないけど。一応私は政府の人間だから、そのような対応が必要なの。」

「一緒に仕事をしている仲間を売るの」

「仕方がないわよね。それが仕事だから。当然に、自分の仕事の範囲内で、法律の範囲内で、自分の自由の利く範囲の中で、皆さんと仲間であるということになるのよ。もちろん、山崎さんでも、細川さんでも、そのようなテロをしたということになれば、私も政府の役職を追われることになると思うのだけど、それは仕方がないこと。だって、そんな恐ろしい犯罪をするということを、事前に知ることも、そして思いとどまらせることもできなかったってなっちゃうからね」

 なぜか、細川満里奈は涙ぐんでる。しかし、これは今田の言葉に感動して涙を流していることにほかならない。細川は、全く何も知らないで、今田の言葉を聞いて感動してるのであろう。

 一方、山崎瞳は、涼しい顔をしている。なんとなく、今田を追い込んだつもりでいたが、そこまで甘くはない。まだ、今田より人生経験が少ないのか、詰めが甘いようだ。

「大丈夫よ、今田さん。私そんなことはないから」

「安心した。でも、それならばなぜ天皇陛下の暗殺なんて怖いことを知っているの」

「噂よ」

「噂?私は京都市内でそんなことは聞いたことはないけど。細川さんは」

 細川は黙っていた。何かを知っているので有ろうか。山崎とも今田とも目を合わせようとしない。

「満里奈さんは、優しいから、今田さんの言葉に感動して何も言えないみたい。やめましょう、この話題。」

「そうね、実際に噂話でしかないのであれば、これ以上話しても仕方がないからね」

 今田も、あっさりと引き下がった。いや、引き下がるしかなかった。これ以上、話をしても変な疑いをもたれるだけである。

 山崎瞳も、あっさりと引き下がる今田陽子に、何か拍子抜けしたような感じであった。

「ところで、現場の工事はどうなっているの」

「それは、京都府産の入札ですよね。満里奈さん」

「はい。多分、いつもの指定業者がおこなうことになるとおもいます。天皇陛下も中国の李首相もいらっしゃるということになりますから、信用が置ける業者じゃないとなりませんので、御所や二条城の改修工事を行った業者の中で選定されると思います」

 細川は、涙声で途切れ途切れにそう言った。

「それなら安心ね」

「はい」

 しばらく話をした後、山崎瞳の部屋を出ると、細川が、今田の所に駆け寄ってきた。

「今田さん、話したいことが・・・・・・。」

宇田川源流

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