日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 8
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第三章 月夜の足跡 8
まさか現職の内閣官房の参与が野党議員の食事会に姿を現すとは思っていなかったので、会場は少々色めき立った。
「今田さんは、女性のあこがれですから、今回いらっしゃるとうかがい本当に光栄です」
主催者の青山優子自信がそのようなことを言ってしまっては、もうそれ以上誰も話が繋げない状況になってしまっている。野党の大物で、対立をしている大沢三郎を信奉している奥田政子などは、黙るしかない。自動車会社の社長夫人とはいえ、自分が会社を立ち上げているわけでも経営陣に入っているわけでもない。あくまでも自分の配偶者が社長として影響力を持っているのに過ぎないのである。それに対して、今田陽子は、今田自身が実力があり、そして活躍しているのである。それも国を動かしているのであるから単に影響力があるというのとも異なるのだ。
「あたしなんて憧れられれても困りますよ。単にお茶運んでコピーして・・・・・・」
「また御謙遜を。」
今田の周りは、今田陽子の主催の会ではないかと思えるほど、普段の会話で盛り上がっていた。一般の参加者からすれば、首相官邸の中というのは全くわからない場所で、なおかつ記者会見などを行う場所なので、テレビで見えて興味のある場所だ。ましてや、阿川慎太郎首相は、ほぼ毎日テレビや新聞で見ているが、その本当の性格などはわからない。それは大沢三郎でも一緒だが、大沢に関しては奥田などがいるからあからさまな話などは見えなかった。
このような場合、一般の人は何を考えるのであろうか。今田は必ずそのように考えて話をするようにしていた。
まずは「知りたい」という知識欲、そして次には「自分と同じ」というような感覚、出来れば「手が届く」というような感覚を持ち、自分が安心したいものである。日本の政治家が「庶民目線」などと言うことを言っているのは、その自分たちの事をわかってもらえるということ、そして、その目線で国民の安心を補償しているのである。
「官邸なんで男社会ですから、やはりお茶を出すだけでも女性がやった方が喜びますから。私たちがイケメンにちやほやされるとうれしいのと同じですよ。あっ、別にあたしはかわいいわけではないですが、首相のようなおじいさんには私でもまだ若い方に入りますから」
その場は笑いが出た。いつも青山優子の「女子会」では、阿川首相は常に悪役として登場する。しかし、今回だけは今田陽子が「身近などこにでもいるおじいさん」というキャラクターではなんし始めた。
「それでも、お茶くみなんかさせられたら腹が立ちませんこと」
奥田が、苦虫を?み潰したような表情で、口を挟んだ。会場には場違いというような感覚が流れたが、今田はそのような事にはまったく気にしない。
「奥田さん、今申し上げたように、私はおじいさんたちのアイドルになっているんですよ。外に出れば、厚化粧の婆とか言われるのに。そんなにとしてもないのにね。アイドルと言われたら少しサービスしたくなりません?そんなことよりも『庶民目線』なんて言葉を使っている方が腹が立ちますわ。だって『目線』って言葉使っているのは、自分は庶民ではない特権階級ですって言っていることでしょ。それに気づかないで庶民目線を称賛している方がおかしいと思います」
まさか今田がここで、大沢がいつも使っている「庶民目線」を批判するとはだれも思っていなかった。この女子会はあくまでも青山優子の食事会である。青山優子も庶民目線という言葉を使うのだが、その青山優子の前で庶民目線という言葉を批判する事はその会場z念鯛を否定するようなものである。しかし、今田の言うことももっともな話だ。会場はなんとなく今田の言っていることに理解を示すような感じになっていた。それだけ奥田が嫌われ、そして今田のさわやかな雰囲気がこの場に受け入れられているということではないか。
「インフルエンサーしててもそう思います。無意識にそういう『目線』とか言葉が入って、本音が出てしまうことがあるのですが、それが最も問題になることがあるんですね。そして、それに気づく人がいると、一期のその否定的な感情が広まるんです」
インフルエンサーの小川洋子である。
「そうね、夜の席でも、勝手に人の事を決めつけて何か言う人とかいますよね。『女性目線』でこういう仕事はどうかと言われても、それ以外の仕事を紹介してくれるわけでもないし、そもそも『女性目線』なんて言われても、私女性なんですけどそんなこと考えていませんって。そんな風に思っちゃうんです。そうやって、女性の代表のような感じで自分の個人の意見を押し付けないでって」
ずっと黙っていた菊池綾子もその様に続けた。会場のほとんどはこの意見に賛同した雰囲気だ。奥田は、かなり不機嫌で音を立てて食器を置いた。
「急用を思い出しました。今日は失礼します」
「あら。残念ですね。またの機会にお話しましょう。」
今田は如才なく立ち上がってあまたを下げた。青山優子も、慌てて席を立ったが、かなりご立腹の奥田は、振り向きもせずエレベーターホールに向かっていった。
そのまま、女子会は青山優子と今田陽子の対談のような感じで進んでいた。実際に青山優子にとっては今まで全く考えていなかったようなことが、今田の口から出て、改めて勉強になるというような感じであったに違いない。
「さて、それではあまり長い時間ではなかったかもしれませんが、そろそろ女性会をお開きにさせていただきます。やはり女子会ということですが、本日は今田陽子内閣参与の誤算かをいただき、普段は聞けないお話を聞くことが出来ました。私も、今後精進して内閣官邸で仕事ができるように頑張りたいと思いますので、よろしく応援お願いいたします。」
挨拶と共に、20人くらいの女性たちは皆帰路に就いた。
「さて、本日はお疲れさまでした」
場所は移って銀座のクラブ「流れ星」の個室である。菊池綾子と青山優子が銀座特有の低いテーブルを囲んでいた。普段はここに太田寅正もいるのであろうが、本日はここには太田の姿はない。
「本当にお疲れさまでした。でも今田参与が来るとは思いませんでしたね」
「陽子さん。実はこの店の常連なんですよ」
「そうなんですか」
青山優子は、何も聞かされていないので驚いた。もちろん政治家であれば、そして政治の関係者であれば銀座を利用していても全く不思議はない。しかし、まさか今田陽子がここにきて飲んでいるとは思いもしなかった。
「はい、実は銀座というのは、女性の一人客に関しては、ほとんどお金を取らないんです。銀座って、座るだけで何万円と言いうイメージがあるのですが、それは殿方だけで、女性は飲み物を飲んでいただいて一人5000円。それも時間制限なしなんですよ」
「そうなんですか。それは綾子さんのお店だけなの」
「まさか、銀座のほとんどのお店、もちろんチェーン店とか居酒屋は別ですけど、銀座のクラブは大体そんな感じになっています。時間制限があるところもありますが、うちは時間制限はつけてないの。銀座は、女性が殿方を接待する場所でしょ。でも、女性は特殊な場合を除いて女性に接待されてもあまりお喜びにならない。だから当然に接待料金が無くなって、席料とアルコール代だけなんですよ。青山先生の請求もそうなっていたと思いますよ」
「そうなんだ。何だか安心した。今度からもっと来させてもらおうかな。ここなんか落ち着くのよね」
「それなら女子会も次回はここでやってはいかがでしょう」
「いいねえ」
女性二人の話は、銀座の奥の個室で弾んでいた。
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