日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第三章 月夜の足跡 3

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第三章 月夜の足跡 3


「桃子、いつも西園寺さんはあんな感じなの」

 西園寺の事務所から出た綾子は、一緒に車に乗った相原桃子に聞いた。同じ家業の人物ではあるものの、自分が一緒にいる太田寅正と、西園寺公一は、なんとなく何かが違う気がしていた。

「いや、いつもはもっと優しい男なのよ。でもね、京都の中の事だし、皆さんの動きや相手の動き次第では組にも影響する内容だから、かなり慎重だと思うの。私も、あんなに警戒心が強くなった公一さんを見るのは、ずいぶんと久しぶりだったから、驚いちゃった」

 桃子も、そんなことを言って、少しおどけて見せた。何か雰囲気が違う。それは、前に太田の所に来た西園寺を見たときととの違いからも感じる内容であった。この京都で何かが起きている。それは嵯峨朝彦や今田陽子ではわからない何か、裏の社会のそれも闇の奥の方で、まだ普通の人には何も気が付かない邪悪な感じがあり、それは、その世界に身を置いている人しかわからないような微かなものでしかないかもしれない。しかし、それは確実に何かが動いていたのだ。

「何か嫌な予感がするのよ」

「嫌な予感」

「そう、西園寺公一さんは何か感じているのではないか、そして何かわかっているのではないかという気がするのです。

「うちの公一さんが」

 桃子は、笑った。確かに様子が異なるようであったが、しかし、そこまでの違いを感じたわけではない。元々他人、それも堅気の人と接するのが苦手な西園寺は、菊池綾子のような女性と接しても、いつもとは異なるような時もある。しかし、桃子も綾子位言われてみれば何か確実に邪悪なものが動いているような気がする。西園寺公一が気づいているのかどうか、または何か知っているのかどうかは全くわからない。しかし、逆に西園寺はそのようなことに気づいていたとしても、態度を変えるような人ではないと、桃子は信じていた。

 そんなことを考えながら、桃子は、何気なく窓の外を見た。運転は、西園寺の若い衆である。信用ができる。しかし、駅に向かっているにしては時間がかかりすぎるし、また、景色も違うのではないか。

「あなた、何か違う方向に向かっているんじゃない。京都駅はこっちのほうじゃないわよ」

 桃子は、しばらく外の街並みを見て、運転手に向かってそういった。

「姐さん、話していいですか」

「なによ」

「つけられてます」

 普通このように言われれば、すぐに振り返って確認する。しかし、桃子と綾子は、それを聞いて全く慌てなかった。二人ほぼ同時にカバンの中からコンパクトを取り出すと、そのまま化粧を直すように鏡を開いた。コンパクトの鏡で後ろを見て確認したのである。

「あの黒い車」

「はい」

「少しドライブしましょう」

 桃子は指示を出した。

「どちらに」

「老の坂峠を越えて」

「はい」

 運転手は、言われたようにルートを取った。その間に、桃子は電話でSNSを何件か送ったようである。

「あの時みたいね」

「あの時」

 綾子は、何かつけられて追われているのが楽しいみたいな表情である。

「そうそう、ほら、公一さんが襲われそうになって、東京に逃げたじゃない」

「桃子姐さんは、ずっとうちに泊まっていたものね」

「それより、綾子の本当の彼氏のバイクに乗って、東京を走ったのは、楽しかったわ。特に奥多摩のダムの方、あれが本当に東京なのかと思ったわ。」

「姐さん、そんな東京にダムなんかあるんですか」

 運転手が驚いたように口を挟んできた。

「あら、知らない。っていうけど、私も知らなかったんだ。綾子姐さんの、彼氏のマサさん・・・」

「やめてよ、私の旦那は寅正さんだけなんだから」

「マサさんはそうではなかったみたいよ」

 桃子も、追われているにもかかわらず、楽しそうに言った。

 追ってきているのは車が二台である。最大8人が相手だ。しかし、綾子を拉致する気ならば、一台には人を乗せる余裕があるはずだ。つまり、最大の8人ということはない。そんな冷静な計算が、桃子の頭の中にも、そして綾子の頭の中にも出来ていた。

「霧のテラスに向かってくれる」

「霧のテラスですか」

「亀岡の霧のテラス知ってるでしょ」

「はい」

 桃子は、そのまままたSNSの画面を見た。

「さてさて、どうなるかな」

 車は、あまり自動車の多くない国道を越えて、霧のテラスと呼ばれる高台に入った。この高台は、車がすれ違うのも難しい細い道の上にある。朝もや、というよりは、朝に雲海が広がる場所で、晩秋から初春にかけて「丹波霧」と呼ばれる深い霧がたびたび発生し、雲海をはじめとした幻想的な霧の風景を見ることができる。逆に、それだけ高台であり、道も細い。そして隣の道を上がってもゴルフ場があるだけで人家も少ないのである。

 追っ手は、こちらが運転手一人と女性二人しか乗っていないことを知っているのであろう。逆にそのような所であるから、自動車が二台しか追ってこない。通常は、先回り出来たり、細い道を逃げたりしないようにバイクが二台か三台ついて来るのであるが、女性はスカートにヒールであるから走れないと思っているのであろう。完全になめられているようだ。

「皆着てるかな」

 桃子は逆に楽しそうであった。

「人を呼んだの、桃子姐さん」

「だから、東京のことを思い出したのよ。あの時も私が追いかけられた時に、綾子姐さんもバイクに乗って、マサさんが私の事を乗せてくれて、バイク二台で逃げたじゃない」

「そうね、自動車が4台も追いかけてきたもんね」

「あの時は、スマホなんてなかったから、折り畳みの携帯電話で色々なところに電話して、奥多摩のダムの方まで行ったじゃない。そうしたら、暴走族のお兄さんたちが50人はいたかな、皆鉄パイプ持っててね」

「そうそう、マサはああ見えても暴走族の総長だったからね。」

「私の事追いかけてきた車4台が、すぐに車ごと破壊されて、走れなくなって、追いかけてきた人たちもみんなそこで寝てたもんね」

「本当に、あいつら良く殺さなかったと思うくらい派手にやってたよね」

 綾子は、全く緊張していないで鏡を見た。後ろの車は、綾子が京都に来たので、雲海テラスから眺望を楽しませようと思っていると感じているようだ。鏡の中で見ていると、それほど怪しんでいる様子はない。

「さてさて、お楽しみ」

 車は霧のテラスの駐車場に入った。そこには、桃子の知り合いの暴走族や、西園寺公一の若い衆が待ち構えていた。

 追手の車は、その様子を見て罠にはまったことに気づいたらしい。すぐに戻ろうとしたが、その二台の車の後ろにはダンプカーが待ち構えていた。

「おいおい、兄さん、どこに逃げようとしてんねん。長めがいいのはこっちやで」

 待ち構えていた男たちが、銃を撃って、まずはエンジンのラジエターを壊した。これでこの車は走れなくなる。そして鉄パイプを持った者たちが車に群がると、追手を車から引きずり出して、抵抗しなくなるまで殴り続けた。追手は5人であった。

「その辺に」

 桃子が車から出て、声を上げた。それまで殴るけるの暴行を加えていた若い衆は、桃子の一言で手を止めた。

「あんたどこのどいつや」

 殴られて顔が変形してしまっている男に、桃子が近寄ると、ヒールのかかとで男の足を踏んだ。男は、声にならない悲鳴を上げたが、桃子は全く止める気配がない。

「うちの客人を追い回すとは、いい度胸してんじゃないの。で、どこのどいつなんだよ」

「姐さん、答えませんね」

「そうね」

 桃子は、そういうと、そこにいる若い衆から拳銃を取り上げて、その男の太ももを撃った。

「うう」

「答えて止血しないと死ぬよ」

「うう」

「足りないようね」

 桃子は隣にいる若い男の足も撃った。銃声がこだましたが、誰も気づかない。

「わかった。話す。大津伊佐治、大津について行けと、そして連れて来いと」

「ありがとう。こいつら、どこかに閉じ込めておいて」

 桃子は、そういうと車に乗り込んだ。

「大津伊佐治だって。左翼じゃない。駅まで送るわね。うちで預かっておくから何か聞けたら連絡する」

「ありがとう。桃子姐さん」

「こちらこそごめんね、ちょっと寄り道しちゃった」

「二人を乗せた車は、京都駅に向かった。

宇田川源流

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