日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第二章 日の陰り 8
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第二章 日の陰り 8
お話します、とはいったものの、青山優子は、自分自身で何を言っているのかということを自民自答し始めた。そう言えば自分は、このプロジェクトそのものはあまり詳しく聞かされていない。そもそも「天皇を殺す」と言って、そのことで驚いてしまい、そのまま拒絶反応を示してしまっていた。
そもそも、大沢三郎は、自分をどのような役目で使うつもりであったのであろうか。
「どこからお話していただけますか」
太田寅正は、特に強要するでもない。普通にそう語った。多分、太田本人の持つ雰囲気というか、それ相応の暴力団幹部のオーラがあったとしても、かなり優しい言い方でしかない。実際に青山優子は、ワインの酔いもあって全く威圧感を感じなかった。しかし、その威圧感は感じないにも関わらず、何か話さなければならないというような感覚になってしまう。その辺が何か違うのであろう。
青山優子は焦った。それでも知っていることをいうしかない。ここでまた言わないで「逃げて」しまえば、また大沢三郎の下に戻ることになる。
「この件の首謀者は、陳文敏と大沢三郎です」
「陳文敏、飯倉の奉天苑だな」
優子は、黙って頷いた。車はその間、首都高速の環状線をずっと回っているようである。防音壁であまり良く見えないが、それでもたまに遠くに見える光がスカイツリーのものであることくらいはわかる。国会に近いホテルから、青山優子の家に行くならば、そもそもスカイツリーなどは見えないはずである。それが二回目見えるというのは、既にそれだけ回っているということであろう。この車は、遠くに拉致するというわけではないが、同時に話を聞けなければいつまでも回っているのであろう。
「はい、二カ月くらい前に、そこに大沢と私と、岩田智也議員、それに松原隆志が集まって話をしたんです。」
「松原隆志か。日本紅旗革命団だな」
太田寅正は、一つ一つ聞いた話を繰り返した。横で菊池綾子がスマホにメモを取っている。リムジンなのだから、録音機くらいはついているのではないかと思ったが、そうではないらしい。意外とアナログな対応がなかなかおもしろく、ついつい優子は笑ってしまった。
太田はその笑いをどう解釈したのか、優子のグラスにワインを注いだ。
「では、先日の皇居の爆破は松原の仕業か」
「はい」
優子は素直に答えた。綾子はその態度に、何か感じるものがあった。
「優子さん、ごめんなさい。変なことを聞いていい」
「いいわよ」
「松原に何かされた」
優子は、驚いたような顔で綾子の方を見た。今まで太田寅正ばかり気になっていた。それはそうだ。威圧感などが全く違う。それに、質問はほとんど太田から出てきていた。そして、何かその男性的な魅力に惹かれている自分がいることもなんとなく気づいていた。しかし、突然その関係の中に、綾子が飛び込んできた。それも、自分が最も隠しておきたい心の傷を、グサリと音を立ててえぐってきたのである。
「ど、どうして」
「松原の所だけ語気が違うのよ」
「おい、綾子」
「ごめんなさい」
太田にたしなめられて、綾子は黙った。しかし、優子は綾子の方に、狭いリムジンの中で向き直った。
「そうなの。女性だからわかるのかしら。」
「何があったの」
「慰み者に・・・・・・」
優子は言葉を詰まらせた。アルコールが入っているからか、感情がすぐに出てきてしまう。目からは、自分でも気が付かなういうちに涙があふれた。そして優子はそれを止めようとも思わなかった。この人たちならばわかってくれる。それがなんとなくわかっていた。
「辛かったな」
太田の声が、今までの厳しいものではなく、急に優しいものになる。暴力団というのはこうやって心をつかまれてゆくのか。優子は一瞬そう思った。そして、自分が自分を止められなくなっていた。
「あの、天皇陛下を殺すなんて、絶対の良くないと思うんです。政治の敵を攻撃するならばわかります。それも攻撃するといっても、殺すとか、傷つけるではなく、あくまでも政治的に論争で攻撃するのはわかります。でも、天皇陛下は政治家ではないんです。そうでしょ。政治をしていないのに、何で天皇陛下を殺すなんて言うことが言えるのでしょうか。それは単なる殺人鬼、テロリストじゃないですか」
優子は、何か心に詰まっていたものを吐き出すように言った。そこまで言って、喉が渇いたのか、ワインをガブリと飲みほした。太田は慌ててもう一杯ワインを注いだ。
「天皇陛下は、憲法で国民の象徴なんですよ。日本国民の統合の象徴なんです。その人を中国人と一緒になって、それも、半分人間ではないようなテロリストも一緒になって、殺そうなんて何を言っているのでしょう。それも・・・・・・それも・・・・・・。」
「いいのよ。優子さん」
綾子は、そっと優子の背中に手を置いた。
「いや、話します。大沢は気が小さい。それでも虚勢を張って生きているんです。だから、その巨星が晴れなくなると、私たち若い議員を捕まえて、様々なことをやらせるんです。今回も大沢は陳も、そして松原も得意じゃない。何か怖いんでしょう。私にはわかるんです。でもね、それでも自分の政治にしたいから、それで私の体を使って松原に抱かせたんです。薬を盛られて、何か動けなくなって。私、必死に抵抗したのに、逃げたかったのに、それでも全く身体が動かなくて、いつの間にか服を剥ぎ取られて・・・・・・。」
「優子さんをそんな風に」
「そうよ、大沢は私を使ったんだわ。いや、私の体を使ったのよ。私は、天皇陛下を殺すなんてできないし、絶対にそんなことは許せない。でも、大沢はそれをやって、それで、私の体で松原や陳を繋ぎとめて、それで皇居を爆破して・・・・・・。」
優子は、かなり混乱していた。別段ワインの中に自白剤などを入れたことはない。普通のワインであるし、同じワインを太田も綾子も飲んでいる。それでも、優子の独白は止まらなかった。途中から支離滅裂になっていたが、太田も綾子もずっと付き合った。いつの間にかスカイツリーは4回目の姿を見せていた。
「聞いていいかな」
「はい」
何もかも話して、何かすっきりした表情の優子に、太田が話しかけた。
「まさか皇居でやるわけではあるまい。天皇をどこで狙っているんだ」
「京都らしいの。でも、そこまで詳しく聞いていないのです。ごめんなさい」
「いや、謝ることはない。何か名前を聞かなかったか」
「徐、そんな名前が出てた。それと松原が吉川とかいってた。でもその吉川というのは、地名かもしれない。」
「それだけでよい。家まで送ろう。少し遠回りをしすぎたようだ。」
太田は運転手に指示を出した。
「いえ、とちゅうで」
「家ならわかっている。大丈夫。他に気づかれないようにするから。それよりも、これから決して無理しないように。しかし、突然大沢と離れれば、何か怪しまれる。着かず離れず、そして屈辱的な辱めはなるべく断るように。」
優子は、泣きはらした目のまま頷いた。
「たまに、私が女友達の振りして遊びに行くからね」
綾子は、そう言って笑った。優子もやっと笑った。
太田は、家の近くで降ろすと、運転手に家まで送らせた。太田の舎弟たちが途中に立っていて青山を送り届けるのを守っていた。他に人影は全くない。
「綾子、聞いたか」
「はい。青田さんと、嵯峨殿下に連絡します」
「そうしてくれ」
リムジンは、運転手が戻ってきて、そのまま走り去っていった。
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