日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第二章 日の陰り 5

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第二章 日の陰り 5


 「テロ。中国と天皇陛下を両方とも恨んでなさる人がいなければ、そうなりません」という平木の言葉に、今田陽子は何か引っかかりを感じた。平木は何かを知っているが、その何かがよくわからない。他の規約がいるので、その内容を聞くこともできないという状態なのである。今田は、一瞬表情を変えたが、何事もなかったようにジントニックに口を付けた。

「逆に言えば、中国という国が殺してもよいという人がいるならば、それを派遣すればよいということになりますな」

 嵯峨朝彦は、ショットグラスを傾けながら言った。

「そう言うことですね」

 平木も、何か冗談を言うような形でそのように話をした。あくまでも架空の話である。それも天皇陛下の参加するイベントにテロを起こすという話をしているのである。冗談のような感じで話をしなければ、何を言われるかわからない。

 しかし、今田陽子にとってはそれだけでよかった。つまりは、自分が歴史的町並み研究会に出席し、その中で中国から誰が来てどこに宿泊するのかということをわかっていなければ、テロが発生するかどうかもわからないということになるのである。

「テロになるのはそれだけかしら」

 今田は、他の可能性もあるのではないかと思って、そのように聞いた。

「テロの話なんて穏やかじゃないですね」

「でも、面白いじゃない。テロリストのになったことがないから、どうやったらテロを起こすことができるのかということが気になりませんか」

「なるほど」

 今田に対して、明日の会議のヒントになるのような話をすることはできる。しかし、それをするためには他の客に怪しまれないようにしなければならない。その「儀式」を済ませなければ、なかなか話せないのである。

「本気でテロを考えるならば、場合分けをする必要があります」

 平木はそう言って今田のジントニックの前に手のひらを出した。もう一杯いかがですかという意味である。今田も、何も言わずに、頷いた。

「まずは、会議に中国人が来るということから、日本人がテロを起こす場合、中国人がテロを起こす場合、そして、日本と中国人の双方を嫌いな人が興す場合の三つですね」

 嵯峨は何も言わずに、舐めるようにオールドバーを飲んだ。

「はい、そうなります」

「では、次は狙いがどこかということになります。天皇陛下を狙うのか、中国人の要人を狙うのか、または、その双方を狙うのかということでしょう。そのうえ、中国に嫌われたくないと思えば、天皇陛下だけを殺そうとするし、日本に嫌われたくないと思えば、天皇陛下は助かるでしょう」

「一般論でそうなるでしょうね」

 平木の解説に嵯峨はそういった。

 ここまでは、何も言っていないのと同じだ。つまり、単純に誰でもわかる場合分けをしている。そしてそのことは、単純に登場人物をテロを起こす人の立場に立って分類しているだけである。いわゆる頭の体操でしかない。

 しかし、それでは真相はわからない。

「要するに誰が狙っているかだ。中国人が狙っているならば、中国人は助かるか、あるいは中国の中の争いで消されるかということになる。そのことを考えながら、相手の手口を読まなければならないということだ。まあテロが起きるとすればね」

 嵯峨は、そのように言った。そして、オールドパーを一気に飲み干した。

「面白いお話だったわ。ありがとうマスター」

「いえいえ、またの起こしをお待ちしております」

 平木は、笑うとグラスを片付け始めた。それを見ながら嵯峨と今田は店を後にした。

「それにしても平木君は、面白いな」

 道すがら、嵯峨は言った。

「何が書いてあったのですか」

「ああ、コースターか」

 平木は内ポケットからコースターを取り出した。

「国際会議場が現場 客は全て敵」

 コースターにはそのように書いてあった。つまり後ろの客は全て平木を監視しているということになる。

「なるほどな」

 嵯峨は納得した。そう言えば、後ろから、誰かがついて来る。ちょうど通りかかった店のガラスの反射から、後ろを付けてきているのが、先ほどのテーブルの客であることは明らかであった。

「今田、もう一軒行くか」

「はい」

 二人はもう一軒バーに行くことにした。テーブル制のバーである。わざと嵯峨と今田はついてきた男が近くに座れるように、近くが開いている席を選んで座った。当然のように、二人の近くに、前の店の客が入ってきた。

 嵯峨と今田はしばらく全く関係のない話をして、しばらくした後、嵯峨は店員が運んできた水割り二つをもって、その男の前に歩いて行った。

「先ほどの店でもご一緒でしたね」

 嵯峨は、少ししてからその客の前に水割りを差し出した。中国人ではない。間違いなく日本人であるが、なかなか嵯峨と目を合わせようとはしない。

「おごりますよ」

 嵯峨は、水割りを一杯その男の前に置くと、にっこりと笑って、自分の席に戻った。何も考えていない、まだ気づいていない。気付いているのは、この男が先ほどの店と同じということでしかないのである。

 しかし、男にとっては、気持ちが悪いことに越したことはない。「右府」ではカウンター席に植わっていた二人である。つまり直接男の顔を見ているわけではない。それなのに、一緒の店にいたということを知っているのである。自分が尾行しているつもりであるのに、自分の方が監視されているような気分になってくるのである。

 一方で、今田はそのように嵯峨を席で待ちながらスマホで写真を撮り、東京にメールを出した。当然にこの男が誰か調べてもらうためだ。結果はすぐに戻ってきた。男は松原の部下であり、まだ若い男である。あまりパットした内容ではないが、一応大学で出、その大学において、左翼思想に染まり、松原の手先になっている。樋口が、西早稲田の居酒屋赤鳥居にいたときに追いかけてきた中の一人で、その時に警察の記録が残っている。青田博俊はそのようなことを調べるのは最も得意だ。

「まさか京都に言っていたとは思いませんでした。しかし、松原の組織も意外と人不足かもしれませんね」

 青田は、報告のメールいその様につけて戻ってきた。今田はそのメールを嵯峨に見せた。嵯峨は黙って頷くと、そのメールを消すように指示した。要するに、東京から今田の後を着けているのか、あるいは「右府」がばれてしまってて、そこに舞い込んでしまったのかということになろう。

「少し骨が折れそうね」

「ああ、東京と京都のつながりは、明らかになったかな」

 気が付くと、あの男はいなくなっていた。

そもそも、尾行をするのに一人しかいないということになれば、それほど警戒感が強いわけではない。なんとなく、見に来ているというような感じが強いのではないか。しかし、報告をすれば、当然に今田はマークされることになる。しかし、そうかといってあの男を殺すわけにもいかない。嵯峨も今田も殺人者ではないのである。

「さて、明日の会議が楽しみだな」

「はい」

 二人は、警戒しながらホテルに戻った。

宇田川源流

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