日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 11
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第一章 朝焼け 11
佐原歩美の経営する小料理屋「時の里」は、カウンターだけの小さい店と思われている。しかし、店に入って左の億、少し店の奥に入るような形で、小さな座敷の個室があった。個室は8畳で少し収納があり、サハラなどは、忙しいときはここに泊まることもできる。もちろん、大沢三郎もここに泊まることもできるようになっている。
「大沢先生」
もちろん、青山優子もこの、座敷の存在はよく知っていた。いや、知っているどころか、この座敷で大沢とともに目覚めたこともある。もちろん青山も、そのようなことになるのではないかと内心思っていたときであったが、それでもまさかこのような小料理屋の座敷に布団を敷いて男女の関係になるとは思ってもみなかった。そしてなんとなく恥ずかしい思い出座敷の外に出たときに、この佐原歩美がカウンターでタバコを吸っていたのである。その歩美の優子を見下したような笑顔は、なんとなく、自分が置屋の婆に芸者としてあてがわれた商売女にわが身を落としたような屈辱感があった。
青山にしてみれば、なんとなく苦い思い出のある座敷であり、また、何度でも身を落と下感覚になる場所であまり近づきたくはなかった。自分の秘め事がすべてこの佐原というママに見られているような気がし、女性に対して屈辱的な思いをしてしまうのである。しかし、国会議員としての身分を得るためには、ここにきて大沢との関係を続けなければならない。いや、そのような強迫観念が優子の中に渦巻いていた。その時から、何回かこの店に連れ込まれ、何度かこの座敷で朝を迎えていたが、その都度、佐原歩美の好奇と蔑みの合わさった目が自分の心に刺さり、自然とこの店を避けるようになっていた。
佐原歩美に案内されて、久しぶりに座敷に入った優子は、大沢に声をかけた。
「優子か、飲みに来たのか。こっちにこい」
優子は、その座敷の中を見て息をのんだ。床の間を背にして大沢三郎が座っているのは、いつもの事であったが、その前にいたのは、極左暴力集団として公安が注目している日本紅旗革命団の松原隆志であった。
優子は、とっさに引き下がり出口から出ようとした。しかし、その後ろには佐原歩美が立って、背中を押した。優子は少し躓いたように座敷に転がり込んでしまった。
「大沢さんの雌かい」
松原は単純に好色の目で見ていた。ライオンやトラが、羊を狙う、そんな獰猛な目である。
「まあまあ、もう少し話をしましょう。夜は長い」
「そうですな」
「で、京都に天皇が行くのですか」
大沢は、天皇の話を松原としている。しかし、優子はなんとなくその言葉が遠くに聞こえるような錯覚を感じた。ここに来る直前まで霞町飯店で岩田智也と紹興酒をかなり飲んでいたのだ。話がかなり込み入っていたのと、岩田が先に酔ってしまったので、あまり自分が寄っていると感じることはなかった。そのまま、今後のことも含め、大沢の本心が知りたいと、秘書も置いてこの店に来てしまったが、その間に酒が回ったのかもしれない。
そんな青山優子の事を察してか、大沢は青山の手を座ったまま自分に引き寄せた。優子は、大沢の手が触れた瞬間、自分の体に電流が走ったような衝撃があり、本当は松原のような男の前では嫌なのに、大沢の手の動きを拒むことができなくなっていた。
「ああ、そうらしい。まだ決まったわけじゃないんだが、関西の大学の吉川学が、なんでも京都の街づくりの学会で、天皇を招くということのようだ」
「天皇は、海づくりとか、街づくりとか、国を作るというような儀式には欠かせないからな」
大沢はそう言いながら優子を引き寄せた。まるで、時代劇のお殿様と芸者のような感じだ。少し遠くに物が聞こえる優子は、ン何となく体全体に力が入らなかった。
「ママ、青山に何か飲み物持ってきてくれ」
「はーい」
佐原はすぐにお銚子と御猪口を持ってきた。
「なんだ」
「熱燗よ。やけどしないように少しぬるめにしてあるけど」
「ありがとう」
佐原歩美は、そういうとすぐに部屋を出ていった。大沢は、御猪口に酒を注ぐと、そのまま大沢の手で優子の口にまで運んだ。右手で御猪口を取ると、優子はその酒を一気に飲み干した。このように酔っているときには、冷たい水もいいがこのようになんとなくぬるい、少しアルコールを飛ばしたような酒は、身体に染みる。口元から胸の奥まで、また熱が伝わり、そしてまた気力が戻ってきたような気がした。
「大沢先生」
青山優子は、やっとのことで声を出した。熱燗のおかげであろうか。
「なんだ」
「天皇陛下を殺すというのは本気ですか」
「ああ、今まで何度も民自党の政権を壊してきた。しかし、この日本を根本から変えるのは、政治の体制が変わることではないんだ。古い言い方だが、この国の国体を崩さなければならない。中国や韓国のように、この国を共和制にして、民意がそのまま国のトップに通じるようにしなければ、国の形は変わらない。そのためには、皇室を壊さなければならないんだ。しかし、皇室を守る勢力もある。そして、この日本の馬鹿な国民どもは、理由も何もなく、皇室や天皇というと狂乱するんだ。そこまで注目されているのならば、その皇室のトップの天皇を殺し、世界に、日本が変わったということを示さなければならないんだ」
「そんなこと」
なんとなく頭の中で大沢の声が反響している。頑張らないと、優子はそう思って、もう一口御猪口の酒を口に運んだ。
「いや、それは良くないとか、天皇は関係ないなどという意見もある。多分、この前いっしょだった岩田君などはそのような意見であろう。しかし、その根拠は何だ。人間は平等ではないのか。何故天皇などという物が、国民に守られて君臨しているのだ。あいつが何をした。」
大沢は、口調は落ち着いていた語気は荒かった。
「そうですよ。大沢さん」
「でも、それで中国の力を借りるのは」
優子はやっとの思いでそれを言葉にした。
「仕えるものは何でも使う。当たり前の事だろう。敵の敵は味方だ。選挙のとき必ずそう考えろと教えたはずだ」
「しかし、それは選挙じゃないですか」
「今までの古い日本を壊す戦いには変わりがない」
「いや、選挙は国内の話。外国を引き入れる話ではないんです。古い日本と戦うのはいいですが、外国を引き入れて戦うのはおかしな話では・・・・・・」
そこまで言った優子の口に、大沢は御猪口を無理やり近づけた。優子は言葉を遮られた形で、酒を飲まされた。
「そんなことを言っているから、いつまでたっても日本は庶民の手に入らないんだ」
大沢は、諭すように言った。
「大沢先生」
優子は酔いが回ったのか、そのまま大沢にもたれかかった。もう、一人では体を起こすこともできないのではないか。大沢の手が、自然と優子の体に回った。
「大沢さん、こうやって手なずけるので」
「女性が社会に増えるというのは、いいもんだよ」
大沢はそういうと、優子の上着のボタンをはずし始めた。松原は好色そうな目でその姿をずっと見ている。
「先生、やめてください」
心では嫌だと思いながらも、身体はなかなか抵抗できない。いや、身体はなぜか大沢の手を求めているかのように熱くなっていた。目の前に、あのいやらしい松原がいるにもかかわらず、なぜか自分自身が解放されたような気持になってしまっている。そして、頭の中がしびれて考えることができなくなってきていた。もちろん、抵抗するなどは全くできない。
「大丈夫なんですかい、大沢さん」
「ここのママが薬入りの酒を持ってきているからね。まあ、まず外で水の中に色々入れて飲ませているし。まあ、明日の朝までは問題ないよ」
「じゃあ、この体で固めの盃を」
そういうと、松原も服を脱ぎ始めた。
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