「日曜小説」 マンホールの中で 4 第四章 3

「日曜小説」 マンホールの中で 4

第四章 3


「郷田はおおきな注射器を使ったんだな」

「そこはわからないのですが」

「まあ、わかった。準備してゆく」

 時田は、無線の中で叫んだ。

「おおきな注射器といっていたぞ」

 次郎吉は、無線機の中の言葉をそのまま繰り返した。

「あれじゃないですか。俺たちが地下の東山のところから持って帰った」

「ああ、虫下しと一緒にあったやつか」

 スネークは、なんとなく思い出した話をした。

 そのような会話をしている間にも、和人、いや、和人であったはずの肉体は、郷田を探しているようであった。なぜか一つ一つの顔を確認している。他のゾンビとは全く異なり、人を選んでいるようである。

「なんだか、他のゾンビと違いますね」

 スネークは、何か一つ一つの顔を見ながら動いている和人の肉体を見てつぶやいた。

「まあ、そうだな。寄生虫がちょうどいいところを食って、郷田への復讐心だけが残ったのではないだろうか」

 次郎吉からはそのように見えた。

 ピンクのガスの寄生虫は、呼吸器などから入ってそのまま脳に駆け上がり、人間の脳を食べる。もちろん他のところも食べるのかもしれないが、しかし、脳を食べるので、人間の行動を支配できるのである。脳を食べて脳の中の中枢神経を動かし、他の獲物のところに行って新たな獲物の方に寄生虫が移動するのである。

 しかし、和人の体の中の寄生虫は何かが違う。当然に寄生虫が脳を食べてしまっていることは間違いがないであろう。しかし、その食べた部分がおかしいのか、「食欲」や「寄生虫が次に食べる肉体を探す」というような方向に進まず、和人の執念であった「郷田を殺す」という事の方に飲み動いているようである。この状態ならば、当然に郷田も気付いているはずだ。

「郷田はどこにいる」

「あちらの峰に移動していきましたが」

 スネークは、小型の双眼鏡を目に当てたが、しかし、その方向に郷田を見つけることはできなかった。

 その時、何人か、生き残った若い衆が、和人に向かった銃を撃ち始めた。攻撃しているというよりは、恐怖に駆られて引き金を引いてしまったという感じであろう。初めは散発的に和人の方向に銃弾が富んだ。しかし、このようなパニックに陥ると、人間というのものは、自分も他人と同じ行動をとるようになってしまう。いつの間にか、残っている人の多くは和人に向けて銃を撃ち始めた。

「うわーっ」

 峰の下の方から声が上がった。

 音を立ててしまったがために、多くのゾンビがそのものを食べに来たのである。

「た、助けてくれ」

 銃声が一つ起きると、その銃声のところから少しして悲鳴が出てくるというような状態である。そのような中、和人は、同じゾンビであるはずなのに、そのゾンビもなぎ倒している。力が強くなっているのか、殴り倒すというよりは、何か両腕で引きちぎるかのような感じに見える。

「同じ人間に見えるのになあ」

 スネークはしみじみといった。

 そういっている間にもどこかで銃声がなり、そして断末魔の悲鳴が上がってそのまま静かになるということになる。いつしか、静かになり、そしてゾンビと和人の戦いになっているようだ。

「なかなか面白いじゃねえか」

 反対側の峰の岩の陰で、郷田はそれでも数名の護衛を連れて成り行きを見ていた。

「大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫だ」

 郷田は、そういうとカバンの中から鉄の筒を出した。緑の殺虫剤が出るあの手榴弾だ。

「こっちに来れば、これで寄生虫ともども殺してしまえばいいのだ」

 郷田は、そういうと、不敵な笑みを浮かべた。

「そううまくゆきますか」

「戦中の天才将軍、東山少々が考えた方法だ。スキはないであろう。」

「しかし、なんであんな殺人兵器皆隊モノを作り出したんですか」

「そりゃ、戦争中だったからだろう。見てみろ、あのようにして敵を倒して、敵の銃弾に負けなければ、そりゃアメリカ軍もビビっただろうよ」

 郷田は、そのように言った。新たな武器を見つけたようなものである。

「武器ですか」

「もちろん、それがアメリカ兵かもしれないし、死にそうな友軍に何かするのかもしれない。しかし、銃弾が効かない敵となれば、アメリカ軍も戦えないであろう。そう思って作り出したんだろう。逆に言えば、その殺人兵器が暴走しないように、何かストップさせるスイッチがあるはずだ。東山という人は、会ったことはないが、敵を倒すことよりも見方を守ることをしっかりとしていたはずだ。つまり、暴走監視装置はしっかりと出来上がっているはずだ。」

 郷田は、自信満々にそのように言った。

「しかし、本当にそうなんですか」

「そりゃ、寄生虫なんだから、寄生虫が死ねば本体も死ぬであろう」

 郷田があまりにも自信たっぷりに言うので、周囲にいる若い衆は何も言えなかった。

「でも、その前にその辺のゾンビを一掃してくれないと、帰り道が危ないからな」

「は、はい」

 そこは、若い衆たちも同じ思いである。

「準備は整ったか」

 一方街の中は、酷い状態になっていた。一気に寄生虫の殺虫剤がまかれたのであるから、それまで跋扈していたゾンビがみな倒れてしまった。その場で斃れたまま動かなくなっているものもいれば、脳の一部を食べられて、けいれんのような動きをしているものもいる。

 時田は、まずは鼠の国から出て、善之助などを大きな壁の内側に送り届けた。やはりいつまでも闇の中にいる人間たちではないのである。善之助はすぐに警察署に、また小林親子は、市役所に、斎藤や戸田は、それぞれの力を活かせる場所に行き、今回の県の説明を始めた。その間に、鼠の国の人々は、ゾンビになって死んでしまった遺体を集め、またまだ息がある人々の救助に当たった。

「まだこっちは生きているぞ」

「はい」

 災害時というのは、地震でも津波でも同じであるが、やはり生きている人が先、遺体は後回しになるのが宿命である。特に鼠の国の人々は医療関係者でも、人助けをするレスキュー隊でもない。どちらかといえば、普通の人々に迷惑をかける犯罪者の集団である。まさに「日陰の身」であるから、人を助けるなどということは慣れているはずがない。

「殺し屋っていうのは、遺体は作るけど片付けることはしないんだけどなあ」

 鼠の国の人が、一人、そのようなことを言った。

「冗談言っているんじゃないよ」

 サブローは、苦笑いしながら言った。まさにその通りなのである。

「だから、まずは壁を取り除いてだねえ」

 善之助は、警察署で説得を始めた。

「しかし、まだ危険が・・・・・・」

「ああ、危険だよ。でも今までのような危険ではないんだ。それに、朝日岳には、郷田がいる。」

「杉崎さんは、なぜそれをご存じなのですか」

「逆だ、お前らが知らないという方が大きな間違いであろう」

「い、いや」

「そういうのを職務怠慢というんだ。ここに籠っていて、防戦一方などということで仕事を全うしたと思うな」

 さすがに警察官の先輩である。目が見えないだけで、心はまだ警察なのである。

「はい」

 所長以下、その訓示に大きく反応した。

「よし、警察の中で、少年課と交通課は、ここに残す。残りの刑事課・警邏課は全て準備をして朝日岳へ向かう。」

 一方小林も市長を説得していた。

「わかりました、小林さん、自衛隊に応援で行かせればよいのですね」

「そうです。そうしないと、また被害が出ます。まずはこれ以上、被害者を出さないためにも根源を断つことがっ需要なんです」

「かしこまりました。では、自衛隊を警察に同行させます。」

「時田さんという方がいらっしゃいます。その方とともに向かってください。それに、街の中にいる生存者とご遺体の方も」

「はい、それは、市役所総出で行います」

 斎藤が自衛隊とともに、山に登ることになり、戸田は、警察本部で、無線車両を動かすことになった。鼠の国と市の連合軍が編成されたのである。

宇田川源流

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