「日曜小説」 マンホールの中で 4 第四章 2

「日曜小説」 マンホールの中で 4

第四章 2


「う、うぐ」

 正木は、閉じた口から血を溢れさせ、両手をその腹に抑えたまま、その場に崩れ落ちた。刺した口からも血があふれていた。多分、太い血管を斬ったのかあるいは肝臓や脾臓など血液の集まる臓器にナイフが刺さったのであろう。正木の顔は見る見るうちに青くなっていき、数回足がぴくぴくと動いたのちに、全く動かなくなってしまった。

 一方、腹を撃ち抜かれた和人は、吹き飛ばされて倒れたものの、不敵に笑みを浮かべていた。

「何だ、死んだか」

 郷田は、正木に近づいて、足先で転がした。正木は、それまでとは異なった骸をそのまま足の動きに合わせて天を仰いだ。

「おい」

 数人の若い衆が郷田と和人の間に入り、銃口を和人に向けたまま動かさなかった。少しでも動けば、和人をそのまま撃つという感じだ。そうしている間にも、和人の腹からは血液が流れていた。しかし、和人は痛がるでもなく、また、苦しむでもなく天を仰いだまま不敵な笑みを浮かべていた。

「他の二人は終わったか」

 郷田は大きな声を出した。

 陽子は、頭を撃ち抜かれていた。元々銃撃戦などをしたことはない。何よりも事務や受付しかしたことはがなく、暴力団の構成員でも何でもないのである。多くの死体の中で正常な感覚がなくなってしまったことから、なんとなく、和人や信夫についてきてしまったのであるから、戦闘などできるはずがない。そこを郷田の若い衆から集中砲火を浴びたのだから、そもそも敵ではないのである。

 一方、信夫の方はまだ生きていた。何発か撃って、その後落ちている小銃で対抗していた信夫は、何発か弾が当たったもののそれでもまだ生きていた。しかし、それでも何発か当たった中の一発が右肩を砕いていたために、実質的に戦力になってはいなかった。

「なんだ、信夫じゃないか」

 若い衆の一人が信夫の前に出た。

「ああ、そうだ」

 信夫はそういうと隠し持っていた拳銃で、その男を撃ち抜いた。鋭い銃声が三回響き、そのうちの一発が信夫を貫いた。信夫は、最期の力を振り絞って、近くにある小銃の引き金を引いた。そこにいた数人が倒れた。

「郷田!なぜ皆を見捨てたんだ」

 信夫は、最期の力を振り絞って立ち上がり、銃を構えた。しかし、それよりも少し早く、郷田の構えたリボルバーが火を噴き、信夫の眉間を破壊した。

「信夫がいつも後ろにしかいなかったのは、こうやって裏切るからだ。裏切るような奴は、後ろの方にいて、残り物を食えばよい。そして、トカゲのしっぽみたいに本体を守るために死ねばよいのだ。なあ、和人。それに比べたら、お前はずいぶんと目をかけてやったはずだが」

 郷田はそういうと、銃を突き付けられた和人に話かけた。しかし、和人は空を見上げたまま、まだ笑っていた。

「和人、まあ、こんな奴だったんだな」

「郷田さん、そんな奴だったんだよ。ちゃんと恩返ししないとな」

 そういうと、和人は鉄の筒を郷田の方に投げた。

「あっ」

 郷田は、とっさに手で払った。その筒からはピンク色のガスが吹き出ていた。

「逃げろ」

 郷田とその他の郷田の若い衆は、皆、蜘蛛の子を散らすようにそこから逃げた。

「あれ、何ですか」

 洞窟上になってる本人とは異なる方向の山影にいるスネークは、隣にいる次郎吉に言った。

「さあ、でも敵は我々ではなく、後から来た男たちが、何か仕掛けたのか、それともあそこにしたにもピンクガスの不発弾があったのか」

「郷田が見捨てたとか、そんなことを言っていたな」

 事態があまり呑み込めていない二人は、動くこともできずにそこにいるしかなかった。何しろ今降りていけば、ピンクのガスに自分たちも引っかかってしまう。つまり、自分たちがゾンビになってしまうということだ。もちろん、時田から「除虫剤」いや「虫下し」をもらっているものの、70年以上前の虫下しが効くのかはかなり疑問だなるべく使わない方が良いに決まっている。

「もうちょっと様子見るしないだろう」

 次郎吉はそう答えた。実際に動いても仕方がない。

「一応、ここから崖を登って裏側に逃げるように道は作っておきました」

 さすがはスネークだ。仕掛けを作るだけではなく、逃げ道も複数作ってあるのだ。なかなか役に立つではないか。次郎吉はにっこりと一人で笑うと、そのままピンクのガスの塊の方を見ていた。

「次郎吉さん、これって、あそこにいた奴らが皆、ゾンビになってあの辺にいるということでしょうか」

「そうなるな」

「どうやって逃げます」

「どうやってって、何とかするしかないだろう」

 そのまま動かずに二人は待った。

 ピンクのガスは、暫くそこに籠り、そしていつの間にか消えていった。そこにいる生物に全て入り込んで、徐々に体を蝕んでいるのである。

「和人、それで勝ったと思っているのか、哀れだな」

 郷田は、カバンの中から虫下しを出すと、自分に撃った。そして、もう一つ、それよりも一回り大きな注射器を出すと、和人に突き刺した。

「何を」

「お前は、ゾンビではなく、モンスターになってもらうよ」

 郷田は、笑うとそのまま、そこから少しさがっていった。

「う、うう」

 和人は、いきなり苦しみ始めた。そして体の中の寄生虫が肥大化していったのである。今までの寄生虫は、脳を食い尽くし、そしてその人間をコントロールして動いていただけであった。しかし、この注射はその寄生虫自体が肥大化して体を直接動かすようになるのである。そして、その寄生虫自体が硬化するというものであった。

 和人は、体中が固くなりそして、人間としてはあり得ない動きをするようになっていたのだ。

 その他の若い衆は虫下しをうった郷田以外、皆、ゾンビ化していた。ピンクのガスは、銃撃戦があったので、皆がこの周辺に集まっていた。その為に皆がピンクのガスを吸ってしまっていたのである。郷田は、それを見ながら少し離れた安全な場所に移動していた。

「やはり異質なものがあるのだな。」

 普通のゾンビたちは、和人の所に集まり続けた。和人の脳は、まだ少し生きているのか。表情は苦痛の表情を浮かべている。しかし、身体は和人の思った通りに全く動かないのである。

 和人の周りにいるのかかつての仲間だ。そして、少し離れているところにいるのが、憎き郷田である。しかし、和人は自分の思ったように体を動かすことができず、かつての仲間であった身体を次々となぎ倒していた。ゾンビになっている仲間たちは、それでも何度も起き上がると、また和人の方に寄ってきた。

 何人かが和人の体にかみついた。しかし、寄生虫自体が硬化してしまっていることから、普通の歯で噛み付いても、全く歯が立たない。

「こりゃスゲーや」

 郷田は、少し高台に上ると、その様子を見ていた。ゾンビは和人に群がり、その和人は、まるで子供相撲に入り込んだ、本物の横綱のように、ただ薙ぎ払っていたのである。そして薙ぎ払われたゾンビたちが、次々と骨が折れ、腕が千切れ、そして人間の体が壊れてゆくのである。

「酷い」

 スネークが眉をひそめた。

「スネーク、時田さんが向かっているはずだ。こちらの内容を伝えてくれ」

「はい」

宇田川源流

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