「日曜小説」 マンホールの中で 4 第三章 10

「日曜小説」 マンホールの中で 4

第三章 10


「なんだあれは」

 八幡山の上に立った時田や次郎吉は、街の様子を見て驚きの声を上げた。東山の家のあたりからピンクの煙が立ち登ってきたのである。次郎吉たちは、地下の洞窟を通って八幡山の上に来ていたので、大きな影響はなかったが、山の下の世界は混乱していたに違いない。もしも、家の中や、どこか体育館や公民館にまとまって避難している人たちがいたとすれば、これでそのほとんどが寄生虫にやられてしまうということになる。

「これが戦中の東山将軍の考えたことか」

 時田はつぶやきとも感嘆ともいえない声を上げた。

「街ごと寄生虫に食わせて、死の町を作る。その死の町の中で、アメリカ軍を滅ぼす」

「なんと恐ろしい事を考えた人なのだ」

 スネークやランボーは恐れの声を上げた。

「でも、当時の日本軍の人はそこまでして国を守ろうとしたんだよ。まさに肉を切らせて骨を断つ。だから子供や女性は全て避難させなければならなかったんだ」

 次郎吉は、それまで善之助に言われていたので、なんとなく当時の人々のことがよくわかっていた。

「スネーク、サブローに連絡してくれ」

 時田は思い出したように言った。

「へい」

「寄生虫が地上から迫っていることを知らせろ。注意するように」

「へい」

 スネークは無線機を手にした。

「暗号でやれ」

「暗号で。どうして」

 スネークは、何故だかわからないような顔をして困惑していた。

「わからないのか。あそこでピンクの煙が出ている。つまり誰かが出したということだ。この町のどこかに必ず我々と逆に、ピンクの煙でこの町を滅ぼそうとしている奴がいるんだ。そいつに鼠の国のことを聞かれてはまずい。」

「その誰かって」

「多分、郷田雅和であろう」

 次郎吉は横で聞いていて頷いた。

「わかりました」

 スネークは素直にその言葉に従った。

「今ピンクの煙が出たということは、郷田たちは、今東山の下の洞窟本陣にいるということだ。ということは、これから朝日山に向かえばこちらの方が早く着く」

「朝日山」

「そう、御殿平、東山の財宝や武器が眠っていた、あの場所に全ての秘密が隠されている。少なくとも暗号を解読したらそのように書いてあった。」

 時田は自信を持って言った。

「しかし、ここから朝日山までどうやって行くんですか」

 ランボーは、ちょっと困ったように聞いた。ランボーの目の先には、八幡山の下もピンクのガスで充満していた。

「うむ。」

 時田は考えた。

「時田さん、大変です。鼠の国が襲われています」

「なに」

「ゾンビが押し掛けているとサブローさんが。五右衛門が戦っているということです」

「仕方がない、一度戻るか」

 時田はまた八幡山山頂の八幡宮の床そこから穴の中に身を消した。


 その時、東山の洞窟本陣では、バス二台分の人が隠し部屋に入っていた。

「郷田さん、大丈夫ですか」

「ああ、問題はない。だいたい、自分たちが全てゾンビになって戦争が成立するようなことがあるはずがない。つまり、当時の東山という将軍は、自分の町に敵、つまりアメリカ軍を誘い込んで、その上で敵を倒す予定であった。少し被害があっても、それくらいは全く問題がない。最後に勝てばよい。そういう考えだ」

 郷田は、司令部の椅子に座り、机の上に両足を投げ出して座っていた。この考え方に関しては時田とほとんど同じだ。

「しかし、街を全てゾンビにしてしまって、その東山っていう昔の将軍はどうやって落ち着かせようとしたんでしょうか」

 正木はなんとなく言った。

「そんなこと、わかっているが言えるか。そんなことを言ったら、ここで今回のやり方がひどすぎると思っている奴が、何か言い始めるだろう。そんな奴がそれをするとも限らない。いや、何かチャンスがあれば、俺のことを殺そうとしているかもしれないからな。切り札は最後まで取っておかなければならないだろ」

 郷田は、自分の部下の中にも、このやり方が良くないと思っている人間がいることを、なんとなく感じていた。和人は部屋の端に座りながら、自分のことを言われているのではないかと顔を無意識のうちに隠した。しかし、そのようになんとなく顔を隠したものは和人だけではなかった。

「しかし、これではこの辺にいる人が全てゾンビになってしまいます。どうするのですか」

 正木は、郷田に向かっていった。近くにいる女性が水筒から紙コップに移してお茶を持ってきている。この部屋の中に水道と温める設備を見つけたのか、他の人々も何か水を飲んでいる。

「まあ、そいつらは殺すしかないな。まあ、変な話だが、ゾンビになっているというのはすでに死んでいるのだから殺すのは二度目になる」

 郷田は何がおかしいのか笑い出した。

「おい、女。そこの棚の後ろに、非常食とかが入っているはずだ。食べることができるか見てみろ」

「はい」

「ここに何日も籠る予定だったはずだ。ということは何か食料がある。俺はさっきそこの棚の後ろを見つけたが、他にもあるはずだから皆探せ」

 何をしてよいかわからなかったやくざ者が、皆でなんかごそごそと動き始めた。

「お前らは、警備してろ」

 正木は入り口にいる銃を持った者たちが動き始めたので、その警備担当たちは抑えた。警備の者たちは、しぶしぶ持ち場に戻った。

「少しして腹ごしらえしたら、バスに戻って朝日岳だ」

「朝日岳ですか」

「ああ、東山将軍という昔の天才が、アメリカ軍相手に最後に本陣にしようとした場所に、まだいろいろ隠れているはずだ」

 郷田はそういって、皆に食事をさせた。


 そのころ、鼠の国に戻った時田は、それどころではなかった。裏口の方はまだ破られてはいなかったが、表の法はゾンビが何百何千と迫ってきていたのである。

「サブロー、お前は老人や避難してきた人たちとともに、石切山にゆけ」

「石切山ですか」

「あそこに洞窟は昔防空壕だった。だからあそこに行けば防御できる最低限の武器も、食料も水もある。戦えないものはそこに連れてゆけ。五右衛門と、モリゾーに守らせろ」

 時田は全体を見てそう言った。時田の部屋のモニターには、街の中の防犯カメラの映像が映し出されていた。まだ薄くピンク色になっている空気の向こうで、何人もが首や頭を押さえてうずくまっている。寄生虫にやられているのである。まさに世紀末とはこのことであろう。

 郷田がまいた寄生虫、つまりピンクのガスによって、町全体がこのようになってしまっている。緑のガスが有ればよいが、それがなければ今盾で守っている市街地の真ん中も危ない。しかし、今はそちらを気にしている暇はないのだ。

「次郎吉、お前はこれをもっておけ」

 次郎吉は注射器と緑の煙、虫下しの煙の手榴弾を二つ持たされた。

「時田さん、早朝日岳にいって緑の煙を。」

「いや、緑の煙は東山の洞窟本陣と二回仕えるはずだ。しかし、これだけばらばらにしてしまっては、緑の煙が届かない場所が出てくる。

「そこで、黄色の煙で寄せるのですね」

「そうだ。その装置も、洞窟本陣にあるはずだ。スネークと二人で行ってくれるか」

「しかし、ここは」

「ここは大丈夫だ」

 しばらく沈黙が続いた。

「わかりました」

「終わったら、直接朝日岳にゆけ」

「はい」

 次郎吉は、後ろ髪を引かれる想いで、再度東山の地下の洞窟に向かった。

宇田川源流

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