「日曜小説」 マンホールの中で 4 第三章 9

「日曜小説」 マンホールの中で 4

第三章 9


 そのころ、郷田と正木たちは、バス会社を出て、八幡山に向かっていた。

「八幡山ですか」

「ああ、あそこに一つ目のカギがあるはずだ」

 郷田は自分のカバンの中から書類を取り出して、そして言った。しかし、その書類を見ながら、少し怪訝な顔をした。

「おい、誰か、俺のカバン開けたか」

 バス会社の中のバスで移動している郷田連合の若い衆たちは、互いに顔を見合わせた。先ほどまで、ゾンビに囲まれていたのであり、また、郷田は自分の部屋に戻っていたのだから、誰もカバンなどは触っていない。そもそも、普段でも、もっておけといわれれ場その時にカバンを手にすることはあっても、まさかそのかばんを開けて中身を見るような者はいるがはずがない。そんなことをすれば、ただでは済まないことを、誰もが知っていた。

「まさか、誰も開けませんよ」

「だろうな、ということは・・・・・・」

 郷田は黙った。その目線の先には、書類が見えていた。その書類の端、ちょうどページが代わるところに、かすかな折り目を見つけたのである。

 そういえば、時分はいつ寝たのかよくわからない。それに、なぜかカバンの中の拳銃は、弾が抜かれていた。おかしいと思いながらも、自分たちがゾンビに囲まれているから、なんとなく頭を押さえながら、事務所に向かったのである。しかし、あの頭の痛さや、微妙な吐き気は、何か薬を盛られたのに違いない。つまり、自分が寝ている間位に誰かが忍び込んで、この書類を見たということを示しているのである。

 ではなぜ自分のことを殺さなかったのであろうか。いや、目の前で殺すことはしなくても、そこに拘束しておけば、ゾンビに噛まれて自然と死ぬことになる。しかし、書類を見た人間は、誰だかわからないがそのようなことはしなかった。

 何故だ。

 郷田は、その理解できない行動についてそのように思った。つまり、自分の感覚では理解できない相手が、なぜか自分のカバンの中の書類を見て帰ったのである。

「おい、正木」

「はい」

「東山の地下壕に行かせた奴はどうした」

 郷田は思い出したように言った。

「そういえば連絡ありませんね」

「行先を変更しろ。まずは東山の地下壕」

「へい」

 郷田たちを乗せたバスは、路線を変えて東山の地下壕に向かった。

「それにしてもひどい有様ですね」

 正木は何気なく街の中を見た。先ほどから補強されたバンパーに何度も何かが引っかかっているが、このバスは止まろうとはしない。誰も気にしないが、ゾンビをひき殺しているのである。一見普通の町で普通の人が歩いているようにみえるが、しかし、そこにいるのはほとんどがゾンビであり、もしも生き残っている人がいたとしても街の中に出てこれる状態ではない。もちろん、すでにこのような状態になって何日もたっている。この辺りは、一番初めにゾンビが出た、といううか郷田がゾンビを出した肥料工場からかなり遠いので、まだそれほど被害が広まっていない状態かもしれないが、しかし、それでもゾンビというか、人体に入り込み脳を食べる寄生虫の被害は確実に迫ってきていることがよくわかる。

 だいたい、通常の人間ならば、このような車道でバスの前に飛び出してくるはずがない。一見普通の人に見えるが、そこにいるのは人間ではないのである。もちろん彼らは暴力団の構成員であるが、それでも目の前で人の形をした生き物を殺すことなどは、そうめったにあるものであはない。そのように考えれば、あまりいい気持ちはしない。運転している若い衆は、なるべく見ないようにしながら運転しているのがなかなか印象的である。

「まあ、この辺まで寄生虫が来ているのだろう」

 その言葉を聞いて、一番後ろの席に座っている和人は、眉をひそめた。寄生虫よりもここにいる奴らの方がずっと人間らしくない。いや、人間の皮をかぶった悪魔か何かに見える。目をつぶれば、いまだに一緒に逃げてきたはずの幸三が、幸宏に食べられてしまう光景が目に浮かび、幸三の断末魔の悲鳴が聞こえるようである。

しかし、ではここで自分一人が何かをしたところで、郷田に敵うはずがない。あのバス会社で一人で裏口に行ったとき、そこの扉が壊れていて、ゾンビが入ってきていた。しかし、何者かに殴られ、そこで気を失っていて全く動かなかったことから、和人はゾンビに食べられなかったのである。

自分は非常に運が良い。そのことはなんとなくわかっていた。しかし、ではここで郷田に対抗し、幸三の仇を討ったところで、その後自分一人でどうすればよいのか。このバスの中の郷田の部下たち、いや、このバスの後ろにもバスが付いてきている。そいつら全部を敵に回して勝てるはずがない。和人はただおとなしくしているしかなかったのだ。

「ボス、東山の地下壕の入り口です」

 郷田は、カバンの中から拳銃を取り出すと、その中に弾がしっかり入っていることを確認した。そして何人かが前に降りたところで、降りて、中に入っていった。

 郷田も何度も来ているのか、入り口から迷路のような地下壕を地図もなく歩いてゆく。自分たち以外に動くものはいないはずであるから、何かが動けば、そのまま銃で撃って進んで行った。

「正木、これ見ろ」

 司令部と思われるところの入り口に、郷田の部下の二人が首筋をかまれて死んでいた。

「やられていたんですか」

 正木は、仕方なさそうい言うと、一応手を合わせた。

「いや、そんなんじゃない」

「なんですか」

「ここだ」

 郷田は壁を指さした。

「なんでしょう」

 そこには棚があり、その棚の奥から何かを撮ったのか、埃がきれいになくなっていた。

「こいつら以外に誰かがここにいたということだな」

 郷田は難しい顔をした。

「ついてこい」

 郷田は、そういうと、部屋を出て廊下を少し進んだ。そしてそこに元々は岩壁であったであろう出入り口を見つけたのである。

「隠し部屋か」

「そうみたいですね」

 ただ相槌を打つしかない正木を苦笑いしながら見て、そして郷田が先頭に中に入った。

「凄い場所ですね。図書館ですか」

 正木の後ろにいる男が、郷田に何かあってはいけないとすぐに駆け寄ってそういった。

「馬鹿だなあ、司令部だよ」

「司令部って、さっきあったじゃないですか」

「まあ、あっちがおとりで、こっちが本物だな」

「そうですか。さすがはボス、何でも知っていますね」

 そう言いながら、銃の先についている懐中電灯を様々なところに向けた。入り口に立ったままの郷田はその光の動きに合わせて目を動かした。ここに危険、というよりはゾンビがいないことはなんとなくわかる。しかし、この部屋を見つけた誰かが、ここに何か仕掛けをしているかもしれない。そのものは、自分を部屋の中で眠らせて、そして書類だけ見て帰ったのだ。この事は、郷田にとっては「お前のことをいつでも殺せる」というようなメッセージにしか受け取れなかったのだ。

「おい、ついてこい」

 郷田は、そういうと、奥にある机のところに行った。多分東山将軍の座っていたであろう机であるる。

「正木、外にいるものを全部中に入れろ」

「なか、ここにですか」

「外にいると死ぬぞ」

「へい」

 正木はすぐに外に行き、そして男も女もすべてここの部屋の中に入れた。郷田はどこから探したのか、ガスマスクをしている。

「何人かあるからそれをつけろ」

 その言葉には、誰も逆らえないすごみがあった。皆が付けるか付けないかの間に、郷田は机の横にかくしてあり、まだ次郎吉たちが見つけていなかったレバーを引いた。

 壕の奥の方で、何か機械音がした。70年以上前の機械が今でも動くのかと思うほどの重たい音であった。そして、その後、ガスが漏れる音がする。

「郷田さん、なにが」

「街の中にピンクのガスで充満させているんだよ」

「そんな」

「平等に寄生虫の餌食にしてやらなきゃかわいそうだろ」

 郷田には、ここに自分より前に来た人間たちに対する復讐のつもりであった。いや、そいつらも今頃町の中で何か作業をしている。そうすれば自分の計画は終わってしまうのだ。その前に、その者たちを全て排除しなければならない。しかし、それが誰なのかはわからないし、どこにいるかもわからないのである。その敵がわからない状態で、敵を排除するためには、この寄生虫をばらまき、全てを殺すしかないのである。

「郷田さん、それはやりすぎでは」

 さすがの正木もそういった。

 しかし、その正木の声に、郷田は不敵な笑みを浮かべているだけであった。

宇田川源流

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