「宇田川源流」【宇田川大河ドラマ考】 経済効果という数字に惑わされるな!本来大事なものは他にあるはず
「宇田川源流」【宇田川大河ドラマ考】 経済効果という数字に惑わされるな!本来大事なものは他にあるはず
毎週水曜日は、本来は今年の大河ドラマである「青天を衝け」について書いているのであるが、何しろ先週からオリンピック休暇になってしまっていて前半3週、パラリンピックで2週、放送がお休みになってしまう。そのことを考えるとこのような時にどのようにしたらよいのか困る。まあ、一応今回は「大河ドラマ考」として、普段大河ドラマに関してなかなか書けないことに関して思い切って書いてみようと思う。
なお、来週に関してはいつもの通り「お盆休み」である。普段は「お盆休みのエロ」を行っているのであるが、今年はそうではなく、また例によって「備中聖人山田方谷」に関して様々なことを、「私の個人的な偏見」で書いてみたいと思う。
まあ、反対の人も賛同の人もいるであろうが、その内容に関して歴史的な山田方谷という人物から、現在の大河ドラマ誘致活動、しいては山田方谷というよりも歴史的な人物を使った町おこしということも含めて、その内容を書いてみたいと思うものである。まあ、そういうことを書いていると、これでとりあえず一回の休みは何とかなるので、残りの4回の休止をどのように過ごすかということになるのである。まあ、何か知恵を使わなければならないということになろうか。
さて「町おこし」「地域興し」を行えるほど、実は大河ドラマというのはかなりの経済効果がある。もちろん、大河ドラマの誘致というのは、この「経済効果」を狙ってのことであるといって過言ではない。もちろんそれでよいのかということは様々な感覚からあるのであるが、今回はそのような話ではなく「経済効果」ということに関して考えてみたいと思う。
そう思ってみてみると、経済効果そのものをどのように計算するのかということがまずは課題になる。本来は「観光収入」や「グッズ収入」というものがあり、そのうえ「観光関連収入」や「旅費」など、そこに広告宣伝費や雑誌やマスコミの掲載費というものを加味し、または自動車できた人のガソリンや日用品、敷いては関連図書などの販売など、その拡大経済効果までいれれば、かなりの数字になる。まあ、どの部分をどのように切り取るかというのは、その計算書に様々記載があるはずなのだが、基本的には数字だけが独り歩きすることになるのである。
渋沢栄一の「経済効果」8・2億円増 大河ドラマ影響
NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」の主人公、渋沢栄一のロゴマークや肖像写真を使った商品の昨年度の売上額などを合算した「経済効果」が約8億8800万円に上ったことが、渋沢の出身地の埼玉県深谷市の調査で分かった。令和元年度の約6700万円と比べ、実に約8億2100万円もの伸びを示した。
市の担当者は「大河ドラマが放送されている影響で大きな経済効果が生まれている」と分析する。その上で「渋沢の肖像が採用された新一万円札が流通すれば、また効果が見込めそうだ」と期待を寄せている。
市は、申請をすれば無料で使用できる渋沢栄一のロゴマークを用意している。「経済効果」は、このロゴマークをパッケージなどに用いたお土産、野菜といった商品の売上額と、名刺をはじめとする非売品の制作費用を足し合わせて算出した。
内訳は、商品の売り上げが約8億6900万円、非売品の制作費用は約1900万円だった。使用申請があった市内外の208事業者を対象に調査し、150事業者から回答を得た。(中村智隆)
2021/7/8 18:55 産経新聞
まず当たり前の大前提として「経済効果」というのは、個人の懐に入るカネではない。単純に純利益ではないのである。そんなことはわかっているという人が多いのであろうが、はっきり言っておくと、数字だけ独り歩きしている場合は全くわかっていない人が少なくない。
「経済効果」とは「ある出来事が起こることで特定の国・地域にどのくらいの経済的な好影響があるのかを予測し、金額で示したもののこと。実際の経済効果の算出では、計算対象を設定した後、その結果直接的に生じる需要額(直接効果)を過去の事例などを参考に推計し、産業連関表の産業部門に当てはめ、逆行列係数に乗ずることで経済波及効果を求め、その合計を経済効果とする。新たな施策や事業の効果を金額によって明快に表せることもあり、様々な経済効果の試算が行われるが、実際に測定される値でなく、計算の前提としてどのような需要を盛り込むのか、また2次波及効果まで考慮するのか否か等恣意的な運用が可能であり、注意が必要である。」という定義がある。
まあ、その辺の数字の出し方などは、そのうち別な話をすることになると思うが、実際には、「経済」ではなく本来は「街そのものが盛り上がる」もっと言えば「地域の活性化」ということが重要であり、経済というのはその副産物的なものであるといえる。それにもかかわらず数字ばかりを追い求めてしまうのは、なんとなく違うのではないかといつも思ってしまう。
そもそも、大河ドラマは当然に「ドラマ」でしかない。史実をそのままドラマ化しているのに過ぎないのである。その内容をいかに考えるかということが非常に大きな問題である、同時に大河ドラマというのは、1年間しかやらない。つまりそのドラマが終わってしまえば、当然にその後は次のドラマになってしまい、忘れられてしまう存在になるのである。ましてや視聴率が低くあまり話題にならなければどうなるのかということになろう。
視聴率15%の青天を衝けで、上記のような経済効果、それもグッズ製造に関して、2月から7月までの5か月間でこれだけであるということになる。しかし、これが来年も続くとは限らない。
つまり、その内容に関して大河ドラマの誘致をしながら「いかに大河ドラマから独立した町おこしを行うか」ということにかかっているのではないか。実際にその町おこしは様々な目的があると考えられる。観光収入を増やすのか、あるいは産業を誘致するのか、町の名前を全国に知られたいというものだけかもしれない。しかし、その効果をいかに持続させるかが最大の問題であり課題なのである。
京都の亀岡市のように「麒麟が来なかった」例もあるので、ドラマは「誘致したというような気になっていても、自分たちの期待通りのドラマになるとは限らない」のであり、そもそも自分の町の町おこしは自力で行う。大河ドラマはドラマとして楽しみながら、補助的に考えるということが筋なのではないかという気がするのである。
少々言いすぎなのかもしれないが、ドラマにあまり過大な期待をするのはよくないことなので、一言付言をするものである。
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