「日曜小説」 マンホールの中で 4 第三章 5
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第三章 5
東山の家のあたりも、ゾンビがいることに変わりはない。東山という戦時中の日本海野情報将校の家の地下から、八幡山の下までの広大な地下に、その当時の一億総特攻の実戦部隊として、残された日本軍の兵を集めて、この町で抵抗線を作るということを考えていたようである。
戦争をするということは、二つのことが必要になる。まさに他の戦場とは異なる「市街戦」になる。つまり、町に住んでいる人をすべて避難させるということが一つ。そして、その街の中に基地を築いて兵を組織運用して敵に対して戦うという事がもう一つである。
しかし、太平洋戦争において、圧倒的な航空兵力と爆撃、そして沖縄戦で見せられたような艦砲射撃を喰らえば、地上に様々な施設を作ってもすぐに破壊されてしまうということになる。そのような情報が先に入っていた東山将軍は、この町の地下に広大な基地を作り、そして、硫黄島と同じように地下塹壕戦を繰り広げるつもりであったらしい。その一つの基地が、東山将軍が自ら住んでいた家の地下にその本拠があり、そしてそこから八幡山の下まで通じているのである。単なる司令部というよりも、本格的な軍隊を置くことのできる広大な基地だ。
そして、もう一つが、今「鼠の国」というような名称になり、犯罪者の逃げ場所になっている地下迷宮である。いや、他にもあるはずだ。多分その一つが、もともとの正木の家のあたりにあったのではないかと想像できる。東山の家、時田の家、正木の家この三つの家が、中心になり、陸上では家になりながらも、地下では大きな兵力の保存と武器を隠すことのできる場所となっているのである。
この地はもともと、石垣の石や石灰石を切り出す場所として江戸時代から鉱山が多く存在した。そのことは、平時には突然穴があったり、何か危険な洞窟ができてしまって子供などが行方不明になったり事故を起こしたりすることになるうえ、何か、開発をするときに、そもそも硬い石の岩盤はが邪魔をしてなかなか深く地面を掘り基礎工事をしたりトンネルを作るなどができないということになってしまうのであるが、しかし、東山将軍のように、ここを舞台に戦おうと思えば、伏兵を入れるところも、住民を避難させるところも思うままである。そもそもアメリカ軍が突然上陸してきても洞窟のすべてを把握できるわけではないし、当時の上空からの観察では地下の要塞を見ることはできないのである。
「それにしても広い地下だなあ」
次郎吉とともにきているスネークが、声を漏らした。
「まあ、そういうなよ」
次郎吉は、ここに何度も盗みに入っている。そもそも現在の東山の家の人々は、この地下の存在を知らない。地下室は物置になってしまっていて、その陰に郭城扉があることすらわかっていないようだ。戦後70年もたってしまうとそのようなものであるのかもしれない。この洞窟が東山の家の下にあるという事実を見つけたのも、実は次郎吉なのである。
「しかし広いなあ」
「昔の一つの師団が入るくらいであったみたいだ。一万人くらいは入ることができたのではないか」
「そんなに」
「ああ」
このように話しながらであっても、いつゾンビに襲われるかもわからない。そもそも、ここで出てくるゾンビたちは、映画に出てくるようなゾンビとは異なり、寄生虫に脳を食べられてしまっているだけであるから、筋肉なども普通に動き、普通の人間と同じように来るのである。ただし、理性が無いだけである。走ることもできるし、追いかけてくるときに声も上げる。そんな相手が音のする方向に向かって突進してきたらよくない。
そのようなゾンビであるから、次郎吉一人ではなく、スネークがついてくることになった。八幡山の穴から入ってきているので、東山の家のあたりのことっはよくわからない。しかし、そのゾンビが入り込んでいないとも限らないのである。自然と二人の声は、小さな声になる。
「次郎吉さん、これは何ですか」
「これは」
岩をくりぬいた大きな部屋に、大きなタンクがいくつも並んでいる。一つのタンクは、ちょうど石油を運ぶ貨物列車のような大きさだ。それがいくつも並んでいる。
「人をゾンビに変えるガスかもしれない」
「まさか」
「いや、東山将軍ならば、それくらい考えそうなものだ」
そういうと、そのタンクの繋がっている管を調べた。タンクからは厚い岩盤に管がつながっている者の、その岩盤から先がどこに繋がっているかわからない。しかし、その中の一つは、この豪の中に入ってきているのである。つまり、この豪に敵を誘い込み、そして日本軍の兵もろともアメリカ軍の兵士の多くをゾンビに変えてしまうという恐ろしいものに違いない。それどころか、この岩盤につながった管は、町中に繋がり、市街戦で戦っているつもりになっているアメリカ兵を容赦なくゾンビに変える計画であったに違いない。
しかし、逆に町をこれだけ全てゾンビに変えることができるのであれば、当然にそれを中和する設備もあるはずだ。
「スネーク。この豪の中に、他にタンクがあるかどうか調べよう」
「ええ、次郎吉さん。このいつゾンビが出てくるかわからない状態で、こんななところで探し物するんですか」
「ああ、そこに、カメラで見たあの中和剤があるはずなんだ」
「それなら司令部にいて、この地下の見取り図を見たらどうですか」
スネークはそういうと、次郎吉の肩を叩いた。
「いや、あの中和剤、カメラには映っていなかったが、郷田のカバンの中には、鉄パイプにふたをしたようなものがいくつか入っていた。あれを見ているのは、こちらでは俺だけなんだ。だからあれを探さなければならない。それに、ここから先に進むにしても、それがあった方が良いに違いない」
「確かに、それもそうですな」
スネークは頷いた。
「ところでスネーク。お前ならば、このガスがここにあった場合、中和剤を近くに置くか、あるいは最も遠い所に置くか、どちらだと思う」
「そうではなく、守りたい人の近くに置くでしょう」
次郎吉からすれば意外な言葉が出てきた。
「守りたい人の近く」
「いや、家族とかそういうわけではなく、まあ、子供たちとか避難させた町の人を守るための戦いでしょう。それならばそちらに近い方に置くと思いますよ」
「なるほど。それならばここにはないということであろうか」
「そうですね。でも、何か事故があった時のために、中和剤はあるでしょう。本格的な消火設備ではなく、消火器くらいのものであれば、事故が起きやすい所にあるものです」
「それも道理だな」
もう一度タンクの部屋に戻ると、その中にある「緊急」と書いてある箱の中に、鉄パイプを斬ったものが8本入っていた。
「これか」
「はい」
二人はそのケースをそれぞれ一つ持った。その他にもいくつかここにあることを確認している。
「司令部に行くか」
「もうこれがあれば大丈夫ですね」
二人は、タンクの部屋を後にした。
0コメント